第18話 悠馬への質問
「皆さんが今のようにお互いに思い出しながら話をして下さると、昨夜の状況がより鮮明に浮かび上がってきます。どうもありがとうございます。
それでは、次は薫さんの話題に出て来た話を続けて行きましょう。
悠馬さんは、薫さんと彼女の部屋の前で別れた後に、お父様の部屋にはすぐに行かれたのでしょうか?」
姫子が今度は悠馬にたずねた。
「はい。部屋で荷物を取ってからすぐに行きました。
私自身も、まだ父に話したいと思っていた案件が残っていたので、父が食後にも話したいと言ってくれたのは、むしろ好都合だったものですから。
先程刑事さんにも説明しましたが、父と話したのは、颯斗の話だけではないのです。
いやむしろ颯斗の話は、父とした話の中では、最後の方に少しだけ出てきた話題だったのです。
その前に話していた仕事の話の方が、昨夜の父との話の中心だったのですから。」
悠馬は、姫子の事を見つめながら話をしていた。そして、話題が出てきた時にだけ大野の方を少しジッと見つめてから、また姫子の方に視線を戻して、話をしていた。
「もし差し支えが無いようでしたら、どの様な内容だったのか、昨夜のお仕事の話を伺ってもよろしいでしょうか?」
姫子が聞いた。
「ええ、もちろん大丈夫です。お話しましょう。
父と話していたのは、ホテルがこの秋に向けて行うキャンペーンの企画内容についてでした。
ちなみに私達が別荘に遅れてくる原因になった昼間の会議で話していたのも、この企画内容についてでした。
今年のキャンペーンでは、芸術の秋をメインテーマに持ってくる予定なんです。
若手の画家の個展をロビーで開催するのが、現在の一番の有力案です。
それぞれのホテルのロビーの雰囲気に合わせた画家を既に何人かピックアップしていて、その方々に打診をしている状況です。
各ホテルの画家が決まれば、ホテルの料理長にも、その方の作品のイメージに合わせたコース料理を考えるように指示を出す予定でいます。
そうすることで、食欲の秋とも言われているこの時期に、毎年ホテルで提供を開始しているコース料理も、今年はより味わい深くなるだろうという狙いなんです。
昼間の会議では、今お話ししたような企画の枠組みが決定しました。
そして食後の父の部屋では、会議では説明出来なかった画家の経歴について、詳しく説明をしていたんです。
実は、昼間の会議が終わってから会社で郵便物の確認をしていたら、依頼していた画家からの返送が届いていたので、それをこの旅行に持ってきていました。
父に封筒を見せると、彼はすぐに開封しようと言い出しました。
父もイベントの中心になる画家の事が気になっていたのでしょうね。
でもいざ開封しようという時に、父のペーパーナイフが見つかりませんでした。
よく使う物なのでいつもは机の上に置いてあるのですが、ここは別荘ですし、しかも到着した当日だったので、前回来た時に片付けた場所がちょっと分からなかったんです。
そこで、私がいつも持ち歩いているペーパーナイフを自分の部屋に戻って、取ってきたんです。
それを使って私が開封してから、父に書類を渡しました。
ですから、刑事さんにも申し上げましたが、ペーパーナイフはその時に持ってきた物だったのです。
父の部屋に忘れたまま自分の部屋に戻ってしまったのは、最後に颯斗の話題になった時、いつまでも父の強い口調で言われ続けるその話を聞いていたくなくて、部屋を逃げるように出て行ってしまったからなんです。
今思うと、あんな口論になってしまったのも、僕も父も一日の疲れが出てイライラしていたんでしょうね。」
悠馬が最後の方は、少し言い辛そうに話してくれた。
「ホテルの秋のキャンペーンですか。
とても素敵な企画ですね。話を聞いていたら、私も行きたくなってしまいました。教えていただいてどうもありがとうございました。
そういえば、巌さんの机の上には、その書類が開いたまま置かれていました。
先程、巌さんの部屋の状況を確認しましたので、間違いありません。
どうやら悠馬さんが部屋に戻られた後も、巌さんはまだ書類をご覧になっていたようですね。」
姫子が静かに答えた。
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