阿頼耶識メイド残歌
甘々エクレア
第1話 在りし日の日常
今より遡る事500年前、異世界ユグドラシアに降り立った勇者が魔王を討ち果たし、世界に平和をもたらした。以後世界は平和を取り戻し、徐々に繁栄の一途を送っていた。
しかし、平和な日常が続く中で、世界は少しずつ腐敗を始める。
戦争、飢餓、格差、秩序、様々なものが綻びを始め、ついにはこれに呼応するように、一度は滅びたはずの魔王が、世界のどこかで復活を果たそうとしていた。
少しずつ世界が混沌に包まれようとしていた時、絶えず受け継がれていた勇者の血筋から、大いなる使命を背負って、新たな勇者が再び生を受ける。
しかし、その者は勇者でありながら、宿命のように禁忌に手を染め、己を、国を、世界を狂わせる。
今より語られるこの物語は、そんな勇者の物語とは少し離れた、禁忌に染められし者がが手にした、彼女達の在りし日の記憶。
世界を暴き、世界に矛を向けるために組織したとある組織、阿頼耶識に属する彼女達。
時にメイドとして、時に使命を帯びた禁忌の使いとして、己を捧げて忠義を尽くした彼女達の在りし日の物語である。
阿頼耶識。構成員は数百名と未だ発展途上であり、勇者によって戦争孤児や奴隷などから解放された、女性を中心とする陰の組織。
情報集、密偵、時に暗殺など、行動範囲は多岐に渡り、表には絶対に姿を現さず、絶対に痕跡を残さない。
絶対にして最強。日に日にその勢力を拡大しつつある彼女達の中で、とある屋敷にメイドとして勤める、名を与えられた者達がいた。
陰に生きる彼女達も、今日も今日とて掃除や洗濯、食事の支度や身の回りの世話などをこなし、ここノルン王国王都領、名門アッシュ家にて、メイドとして誠心誠意忠義を捧げていた。
「ギニャー!ニャー達は悪くないのニャー!」
「お黙りなさいアクア、マリン!今日こそは許してはおけませんわ!」
屋敷の廊下に響き渡る怒号と悲鳴。阿頼耶識遊撃隊、海のように透き通った青髪の、小さな猫族のメイドの双子であるアクアとマリン。アッシュ家メイド長補佐であるサファイアの逆鱗に触れ、今日も屋敷の中を駆け回る。
「何でにゃーまで……」
この光景は、毎度行われる恒例行事のように他のメイド達に刷り込まれており、見る者は皆ため息と苦笑いの表情を浮かばせる。
「まったく、朝っぱらから想像しいな。せっかく阿頼耶識のネームドが久々に集結したというのに」
ため息を溢すのは、阿頼耶識メイド長兼、阿頼耶識統括ルビー。ルビーは頭脳明晰、高身長、容姿スタイル抜群、腰まで伸びた真紅の髪が特徴的で、阿頼耶識随一で皆の憧れの存在である。
今日は月に一度あるかないかといった特別な日。構成員数百名、その中からルビー以下、阿頼耶識の名を与えられた戦闘員である、ネームドと呼ばれる彼女達が一同に集まっていた。
残念ながら全員とはいかないが、任務で他国へ潜入調査を行なっている者や、やもえない場合を除いても、かなりのメンバーが屋敷に集結していた。
「まったくもって同感です。任務に出ている者もおりますが、それでもこれ程のメンバーが揃う事は滅多にないので」
ルビーの横で腕を組み、鋭い視線を向ける女性。ルビーに次ぐ実力を持つ、阿頼耶識副メイド長、阿頼耶識副長、ダイヤモンド。
ルビーには劣るが、長い白銀の髪が特徴的で、こちらも容姿スタイル抜群の才女である。
広大な屋敷に住まうメイドは数十名。交代制で、その全てが阿頼耶識の構成員であり、多くはネームと呼ばれる名を持たないメイド達が主だった雑務などの仕事をこなし、ルビー達のようなネームドと呼ばれる阿頼耶識の幹部達は、アシュ家次期当主、クロト・アッシュ直属のメイドとして仕事をこなす。
「明日非番なんだけど、ダイヤモンド様が潜入任務に無理矢理連れてくって休日出勤……」
肩を落としてため息を溢すのは、阿頼耶識随一の狙撃手、淡い緑の髪が特徴的なエメラルド。狙撃の腕の他に、視覚聴覚が優れており、潜入任務の腕をダイヤモンドに高く買われ、彼女に振り回される事が多い。
「そっ、それはお気の毒に……、お疲れ様ですエメラルドさん」
労いの言葉をかけるのは同期のヒスイ。翡翠色の長い髪、落ち着いた雰囲気のクールなお姉さん的立場であり、潜入隠密任務を得意とし、阿頼耶識随一の暗殺者。
「皆さん、紅茶をお持ち致しました。よろしければお茶菓子もご一緒にどうぞ」
屋敷の一室、阿頼耶識のネームド専用部屋に、ガーネットの淹れた紅茶の香りが広がる。
深い赤色の髪、右目に眼帯をした赤眼の女性ガーネット。彼女はクロト専属の世話を任せられており、桁外れの頭脳と魔力を合わせ持つ魔導のスペシャリスト、さらに特殊な回復魔法を操る、世界に類を見ないヒーラーである。
それぞれ一用に紅茶の入ったティーカップを受け取り、香りを楽しみながら舌鼓む。
「うむ、やはりガーネットの淹れた紅茶は美味い」
「同感です。これは北のヴァルハラ国境付近で採れた茶葉の香ばしい香り……、適切な温度管理で香りを増す、高級茶葉メーカー、チャールの成せる技です」
紅茶に口を付ける事なく、鼻高に香りで銘柄を当てて見せるダイヤモンド。
「原産地はノルン王国、地元で採れた安物の茶葉を使用した紅茶にございますダイヤモンド様」
ガーネットに訂正され、ダイヤモンドは赤面する。
「ふふっ、ダイヤの舌を騙せるほどの技術、これはガーネットに一本取られたな」
ルビーの言葉が追い打ちをかけ、ダイヤモンドは顔から湯気が出るほど赤面し、両手で顔を覆い隠す。
それからしばらくして、紅茶の茶菓子にと、凄まじい存在感を放ちつ、様々な旬のフルーツを使用したケーキが運ばれる。
各席に人数分、阿頼耶識のネーム達によって丁寧に運ばれたケーキは、下を唸らす程の甘い香りを放ち、飾られた様々なフルーツは、まるで宝石のように美しく輝いていいる。
「こっこれは!王城直結の高級通りに店を構える、ジョン・マクシマム氏が手掛ける王族御用達、注文しても3年はかかると言われている幻のケーキ……」
口からヨダレを滝のように流し、ケーキに食い付くように瞳を輝かせ熱弁するエメラルド。
「ほ〜う、確かに宝石のような一級品だ。よく手に入ったなガーネット」
関心するルビーに、ガーネットは「主人の成せる技」と伝え、それを聞いたルビーも深く納得の意を示した。
「アクア!あのケーキだけは絶対手に入れるのニャー!」
「手に入れるもにゃにも、アクアは巻き込まれただけ、普通に食べれたのにゃ!」
尚も部屋を駆け回る2匹の猫とサファイア。アクアとマリンは、自身の席に置かれたケーキに狙いを定め、一気に急加速。
追手のサファイアを一気に引き離すと、ケーキ目掛けて飛び掛かる。
「そうはさせませんわ!秘技、超速縛り、双竜撃ち!」
鞭を得意とするサファイアは、華麗な鞭捌きで2人を瞬時に拘束。2人はケーキまであと少しという所で捕まり、机の上に叩きつけられる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叩きつけられた2人は勢い余ってエメラルドのケーキに激突。一口も口に運ぶ事なく消滅したケーキにエメラルドはショックのあまり錯乱し、自前の銃を辺りに乱射する。
「落ち着いて下さいエメラルドさん!」
止めに入った翡翠虚しく、辺りは怒号と飛び交う銃弾、飛び散る家具やホコリによって視界が霞む。
「まったく、こんな時くらい静かに過ごしたいものだな」
「はい。まったくもって同感です」
様々な物が飛び交う中でも、ルビーとダイヤモンドとガーネットは冷静にケーキを堪能する。
目の前の惨状もいつもの事のように捉え、ため息一つで受け流す。
これは彼女達の、日常の一コマであり、彼女達が過ごした、思い出の1ページである。
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