第11話

「〝餌〟……についてだ」


 俺はハッとして、隣にいるひまるを一瞥する。


「もう理解している者もいるかもしれないが、親切心として教えてあげよう」


 何が親切心だ……!


「昨日も言ったが、モンスターは餌を求める。本能的にな。故に餌は必ずモンスターを引き寄せる。十分に注意することだ」


 何……だと……っ!?


「ククク、では新世界の恩寵があらんことを――」


 プツンと画面が黒くなる。

 俺は大きく息を吐きながら頭を抱えた。


「にぃやん? どしたの? あたまいたい?」


 ひまるが心配そうに声をかけてくる。


「あ、ああ……大丈夫だぞ。ほら、まだアイス残ってるじゃないか。それとももういらないのか?」

「ううん! たべうー!」


 話題逸らしには成功し、ひまるは再びアイスに夢中になった。

 俺はそんなひまるを見ながら歯を食いしばる。


 ……もしひまるが餌だとしたら、この子はモンスターを引き寄せる存在だってことか?


 そこで思い出すのは今朝のこと。ゴブリンが突然現れ、真っ先にひまるを狙っていた。

 あれは……そういうことなのかもしれない。

 それにひまるにはステータスがない。

 つまりは――。


「ちくしょう……!」


 餌だとしても、安全な場所を見つけて隠れていれば大丈夫だと思った。

 しかし餌がモンスターを引きつけるとしたら、ここに隠れていても見つかるのは時間の問題かもしれない。


 校内には数多くのモンスターがいるのだ。それにこの校舎にだっているかもしれない。

 そいつらが本能でひまるのことを嗅ぎ取ってしまったら……。


 どうする……どうすればいい?


 俺はスッと立ち上がり窓から眼下を覗く。

 そこからはグラウントや他の校舎などが見え、今もなおあちらこちらにモンスターが闊歩している。


 アイツらがひまるの存在に気づき襲ってくるかもしれないのだ。

 この世界でモンスターがまったく近づいて来ない場所なんてあるのだろうか。


 人間だけがモンスター化したというのなら有り得るかもしれないが、木や草などの植物、また石や土などの無生物もモンスター化しているなら、どこにいたっておかしくはない。


 ……ならやっぱり俺自身が強くなるしかないな。


 たとえどんなモンスターが近づいてきたとしても対処できるようにしておかないといけない。


「……じゃあ多少危険でもモンスターハントは積極的にやっていかないとな」


 そうしないとレベルやパラメーターが上がらないから。


 次にレベルアップするためには、KPがあと97も必要だ。ゴブリン一体が3だとして、あと三十三体。……遠いな。


 それでもやるしかない。たとえ相手が元人間だとしても、いずれそいつらがひまるを殺しにくるのなら、俺だって鬼になるしかないのだ。

 できれば信頼できる仲間を集めて、防衛力を高めつつレベルアップを図りたい。その方がひまるの生存率だって上がるから。

 するとその時である。 


 ――ガチャガチャガチャ!


 突然入口の扉から音がしたのだ。

 アイスを食べていたひまるもビクッとして、俺にしがみついてくる。


「ひまる、しー、な」


 静かにするようにジェスチャーを交えて言うと、俺はひまるを連れて部屋の隅へと移動する。


 ……誰だ? モンスターか?


 俺は家から持ってきたサバイバルナイフを出し装備する。

 ゴブリン一体くらいなら何とかなるが、大勢のモンスターが攻め込んできたらヤバイ。


 ……ここは《スペルカード》を使ってでも切り抜けるべきだな。


 《フォルダー》から数枚のカードを取り出して、ある単語を口にしようとしたが……。


「ああ、どうしよう……! やっぱり鍵しまっちゃってるよぉ!」


 ……今の声は!?


 すっごく聞き覚えのある声だった。それこそ土日以外は毎日耳にしていた声である。しかもこの部室の中で、だ。


「あ、あの! 誰もいない……かな? ああ……本当にどうしよう……行くとことなんてここしかないし……!」


 やっぱりアイツの声だった。


「も、もしかして阿川か?」

「……え? その声……ツキオ? ツキオなの!?」

「やっぱお前、阿川か!」

「うん、そうだよ! ああ良かった! もしかしたらって思って来て良かったよぉ!」

「ちょっと待ってろ、今すぐ開けるから!」


 俺は鍵を開けて扉を開けてやると、その向こう側に立っていた人物を見てホッとする。

 だがそいつは涙目になりながら、俺に向かって飛びこんできた。


「ツキオーッ!」

「おわっぷ!?」


 咄嗟に倒れそうになるところを必死に踏ん張って耐える。


「良かったぁ! ツキオ、生きてたんだね! 本当に良かったよぉ~!」

「お、おお、お前こそ無事で良かったよ、阿川」

「ぐす……うん、えへへ。ごめんね、いきなり抱き着いちゃって。でも……ツキオと会えて本当に嬉しくて」


 熱っぽく潤む瞳に、紅潮する頬、そして生温かい息が俺の顔に届いてくる。

 華奢な身体から感じられる柔らかさと、さっきまで風呂にでも入っていたかと思うような良い香り。思わずクラリときてしまいそうになる。

 もうこのまま男の本能に突き動かされ禁断の扉を開けてしまってもいいかもしれない。


 ……いやっ、正気を保て俺! これは禁断の扉なんだぞ!


 そう、何度も言うがもし手を出してしまったら、それは禁断の扉を開けることになるのだ。


 何故か? 理由は明白だ。


 この阿川美国みくには、何と――――――れっきとした男なのだから。



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