月夜に蠢く黒い影

 るるるるるるるる......かっかっか、るるるるる

 一台の黒き馬が月夜に照らされ、草木を照らしながら走っていた。

 思うよりガタガタだった夜道は、暗さによってよりゴテゴテに感じる...

「あばっ! いててててぇ」

 一人が椅子の無い後部座席から叫んだ

「す、すみません思ったより!」

 次いで運転席からも軽く悲鳴が上がる...静かなのは助手席だけだ。

 この車には三人の旅人が乗り込んでいる。

 一人は監視級と呼ばれた眼鏡にオーバーオール、そして帽子を中々崩さない少女、キャディ。

 一人は西洋の人形のような恐るべき身体能力を誇る、嘗て見たものを震え上がらせた狂種バーサーカーのピシー。

 一人は華奢が過ぎるがあまり、直ぐに少女と間違えられる元発掘師...そしてこの物語の主人公...

 少年ルアは歯を食いしばる。


 がっこぉぉぉん!

「ぎゃああああ!! 急に運転荒いっすよぉ!」

「うるさい」

「だぁー! んだと! 寝てたらそんなの分からんだろっぴ!」

「...うるさい。」

「うわあああああ!! 少年くんまでっ!」

 ばっふぉ────ん!

「ぎゃああああ!!!」

「まって」

「待てるか!」

「いや、ピシーさんの言うとおりに!!」

「え?」

 ばっふぉ────ん!

 すぱぁあん!

「うたれてる」

「撃たれてる...。」

「撃たれ、撃た...えぇ、えぇぇぇ!? ま、まずいですまずいです! なんかしらないですけど撃たれてますよっ!」

「くっぅ...!」

 突如の襲撃。それは闇の中彼らと狙ったものだけしか知らない短く、長い...そんな闘いの幕明けだった。


「こっちにライフルとかは無いですし...。キャディさん運転は? バイクできますよね?」

「できませんでえきません! そこらへんはなんか合わないっぽいですぅ!」

「うーん...。」

 ちらと耳を澄ませるピシーを見るが

「できない」

 カツカツ! とさっきまで寝ていたファネも同意する。

「こればかりはしょうがないかぁ...。」

 こうもきっぱり断られると...そう悩んでいる間に

 ばっふぉ────ん!

「この音とかそのあたりから対物ライフルっぽいですね!!」

「少年くんそう言うの分かるんだ~すげぇ、うぉ!」

「危ないこの足場と環境じゃあなぁ。こっちはライトで場所がばれてる癖に、あっちは狙うだけですから...。不利ですよ!」

「んああ! いいこと思いついたっ! ピシーさーん!」

「うるさい」

「力を貸してくれませんかぁ?」

「...なに」


 闇に紛れたスナイパーは、2,3射ごとに位置を変えていた...移動の足はオフロードバイクの古代異装掘り出し物で、真っ黒に塗りつぶされたペイントが世界に溶け込む。

 ぐぁああああああああああん!! どぅるるる、ぐぱぁあああああああああん!!!

 ルアの駆る馬と同じ、ツーストロークエンジンによる(仕組みがおなじだけだが)高回転の心臓エンジンから発せられる独特な音はその距離もあって目標には届かない。

 移動先ではその威嚇する狼のようなグルルルル...という音を耳当てで聞こえないながらバックにして狙撃に専念する。と、目標が突如姿を消す。

 ライトを消したのだ。

 だが、そのまま走るのは無理だったのか...再びライトが点灯。勘で追っていた部分ピンポイントにそれがスコープに映るとためらうことなく引き金に指をかけた。


 ぱちゅううん! 

「あぶない...ぐぅう。頼みますよう?」

 その後部座席と助手席に、人の姿は無かった。ついでに小さな銀のバイクも無かった。


 そして、スナイパーの目の前には!

 ぶるるるるぐぅうん!!

「どらぁあああ! 往生せいやぁ!!」

「...うん」

 銀の小さなバイクに跨ったメガネの少女と、二対のダガーを構えて飛び上がる少女二人の姿があった。


 52秒前のこと、

「作戦は後ろからライダー作戦!」

「で?」

「概要は?」

「えと、まずハイビームで前方100キロを確認! 障害物が無いとわかったらライトを消して後部ドアを開きラダーを下ろします!」

 ラダーとはバイクを車に載せたり降ろしたり、差のある段差を楽に移動させるためのスロープだ。そして、本来停止中に使うものだ。

「もちろん走ったままで! ピシーさんは私の後ろに頑張って乗ってもらって...でリフトオフ! マズルフラッシュから相手を特定します!」

「なるほど、で、僕は?」

「暗いままブラインドで走ってくださいませ!」

「あ~うん。頑張ります...。」

「ではいきます! 次撃たれてからっ!」

 そしてバイクの心臓エンジンに火を灯す。

 どぅるううん!

 間を置いて、

 ばっふぉ────ん!

「開始!」

 ライト消灯、開かれた後部ドアからラダーが下りる。がりがりと音を立てながら跳ねようとするそれをバイクと体重で抑え込み、

「...いってきます」「発進ッ!」

 そのまま滑るように車の後方へ、倒れる前にアクセル全開! バランスを保つと銃の発した火の方へ。

「ピシーちゃん夜目は効くかな?」

「きいたら?」

「ナビして!」

「わかった、まえちょっとさきにいわ」

「おうよ!」

 ライトもつけずに一人のナビゲーションだけで進む。そして!


 ぶるるるるぐぅうん!!

「どらぁあああ! 往生せいやぁ!!」

「...うん」

 がっ!!

 構えていた対物ライフルは、切れ味の無いダガーによって銃身が90度曲がってしまった、そしてようやく、このスナイパーは直ぐ近くまでこのバイクに乗った少女二人の接近を許してしまっていたことに気づく!


『ちっ!』

 舌打ちをすると、暗殺者は少し距離を置き、直ぐにナイフを見せとびかかった!

 ピシーにはコロシアムで培われた感覚が手に取るように相手の動きを伝える...


 と思いきや、その感覚は役に立たなかった。


 暗殺者はそのとびかかった勢いを真っ直ぐ後ろに向かう力に変え、綺麗な後方宙返りを決めると、颯爽とエンジンかけっぱなしで唸り続けていた愛馬に跨り、アクセルを捻りタイヤを乾いた地面に擦る。飛び散った砂は彼女達に彼の代わりに襲い掛かり、牽制、そして足止めの役割を遂げた。

 ぐぱぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁん.........

 甲高い音を撒きながらその襲撃者は去っていった。


 るるるるる...かっかっか、るるるるる!

「みなさん!!」

「こちとら無事でい! でも逃がしましたっ!」

「......」

「まぁ無事ならいいですよ。早いところ行きましょう。」

「くるまぶじじゃない」

 見れば後部座席横の壁に穴が開いている。

「......。じゃあ。」

「直しましょうかっ! 次の街で!」

「...うん、よろしく」

「てやんでい! 腕がなるぜぇ!!」

「改めて...では行きましょうか!」

「はいっ!」「わかった」


 彼らは後ろなんて振り向かず、ただ前を向いて走り出した...もちろんラダーは閉まった上で。

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