第2話 三人目を探して
イタリア。リアルト橋周辺。レストラン店内。
水路沿いにある店に、ラウラとジェノは訪れていた。
四人席のテーブルが多く、机には白いテーブルクロスがかかる。
座席数は三十人が座れるぐらいで、中世風の絵画が店内には飾られている。
「まずは、腹ごしらえからだ。そっから考えんぞ」
リアルト橋と水路を一望できる窓際の席。
そこに座るラウラは黒いメニュー表を開き、そう言った。
「いいのかな、こんな悠長にしてて。このままだと殺されるんじゃ……」
窓際に背を向ける形で座るのは、ジェノ。
眼鏡職人が拉致られたことをいまだにひきずってるらしい。
「殺すつもりだったら、さっき殺してる。価値があるから拉致ったんだよ」
前置きを挟むのも面倒だ。
察しの悪いジェノに答えを教えてやる。
「あ、そっか。それなら、今、焦っても仕方ないかもね」
すると、すぐに考えを改め、メニューを確認していた。
(地頭はそこまで悪くないはずなんだがな、こいつ……)
アメリカでジェノと戦った時のことを思い出す。
あの時は、頭の回転がどちらかというと早いように感じた。
もしかすっと、極限まで追い込まれねぇと、力が出ないとタイプなのかもな。
「決まったよ。そっちは」
「僕ももうとっくに決まってる」
まぁ、今はとりあえず、飯を食う。話はそれからだ。
すると、ジェノは片手をあげ、「すいません、店員さ~ん」と呼びつける。
「ご注文は、お決まりです?」
現れたのは、長い灰色の髪に、赤い制服を着たウェイトレス。
腰には黒いエプロン風のスカートをつけ、綺麗な生足が見えている。
十代後半ぐらいの小柄な見た目、声は高く、口調からは可愛げが感じられる。
(こいつ、僕にないもん全部持ってんな)
ぱっと見の佇まいだけで分かる。育ちがちげぇ。
異常なまでに姿勢が良く、それに、愛想と愛嬌がある。
マフィアのゴロツキどもと一緒に育った環境じゃ、まず無理だ。
(ま、どうせ、住む世界が違う。今は飯だ。飯)
ラウラは視線を落とし、メニュー表を見る。
そこに書かれてるお目当てのものに指をあて、言い放つ。
「「日替わりランチ、肉抜きで」」
声が完全に重なる。どうやら、ジェノも同じ
◇◇◇
ランチはキノコが入ったリゾット。
皿は綺麗になっていて、すでに完食している。
「……お前、肉を食えなくなったのは、具体的にいつからだ」
食事中、分かったことがある。
肉嫌いは先天的じゃなく、後天的らしい。
もしかすれば、ジェノも同じ状況なのかもしれねぇ。
「たぶん、12月25日の一件以降、かな」
やっぱり。予想通りだ。だとしたら、原因は一つ。
「間違いねぇ。きっと『白き神』の影響だな」
白き神――去年の12月25日に起きた儀式で復活した神。
ジェノを宿主として、千人越えの生贄と共に顕現した存在。
あんときは何も知らずに止めようとして、白い光に触れちまった。
肉を食べると吐いちまうようになったのは、それからだ。無関係とは思えねぇ。
「あぁ……あり得そう。すごい腑に落ちたよ。でも、それがどうしたの?」
「僕もあの時、『白き神』に触れた。そっからなんだよ、肉食えなくなったのは」
お互い人ならざる存在に触れた。それが体に影響を与えてる。
あくまで仮説だが、状況から考えて当たってる確率は高そうだった。
「状況は同じ、か……。確かに偶然とは考えにくいな……」
「ああ。何か体に異変が起こったら報告しろよ。お互いのためだ」
同じ病を持つ者同士の経過観察。みたいな奇妙な間柄だった。
話が重すぎたせいか、そこで会話は途切れ、場には自然な沈黙が流れる。
「失礼します。食後のワインをお持ちしましたです」
そこにやってきたのは、先ほどの灰色髪のウェイトレス。
右手のお盆の上に持つのは、頼んだ覚えのない、赤ワインだった。
「おい待て。そんなの頼んでねーぞ」
当然、止める。昼間から酒を飲むほどの余裕はねぇ。
目的の職人が拉致された状況で、呑気に飲めるわけがなかった。
「中東系のお客様が頼むランチには、必ずつきますです」
ウェイトレスは耳障りのいい言葉で語る。
だが、肝心の内容が最悪だ。黙っちゃいらねぇ。
「そいつは何か? うちのジェノを差別してるってわけか、てめぇコラ」
ジェノの肌は褐色系。中東出身のように見える。
実際、中東出身かもしれねぇが、んなことはどうでもいい。
生まれの国と肌の色を差別して、カモにしてやろうって魂胆が腹に立つ。
「――っ」
気付けば立ち上がって、その胸倉を掴んでいた。
ウェイトレスの表情は強く怯え、ガタガタと震えている。
(……こいつ、どうなってやがる)
しかし、おかしなことがあった。
普通なら、体勢が崩れてもおかしくない。
――それなのに。
(電信柱みてぇに体が揺らがねぇ。体幹が化け物じみてやがる)
胸倉を引っ張られた状態で、お盆が全く傾いてない。
上に不安定な赤ワインボトルが乗ってるにもかかわらずだ。
「お客さん。暴力は困りますよ。暴力は」
そこに駆け付けたのは、店長らしき、小太りのおっさん。
白いコック帽子をかぶり、でかい体に合わせた白いエプロンを着ている。
(……下っ端と揉めても仕方ねぇか)
すぐに手を放し、視線をおっさんの方へ向ける。
「お前が……ここの責任者か?」
「え……えぇ。そうですけど、何か問題でも」
「見てくれや人種が違うからって、アコギなことすんじぇねぇよ」
その一言に、おっさんの表情が固まる。
心当たりアリって顔だった。とどめ、差してやるか。
「今度同じ事してみろ。このラウラ・ルチアーノが店ごとぶっ潰してやるからな」
凄みとドスを利かせ、言い放つ。
マフィア流の立派な恐喝ってやつだ。
そのせいかおっさんの顔色が青ざめていく。
「……ひぃぃ。それだけは勘弁してください。もう二度としませんからぁ」
そして、おっさんはあっけなく観念し、この件は片付いた。
迷惑料として食事代をタダにしてもらう、というオマケ付きでな。
◇◇◇
イタリア。リアルト橋周辺。レストラン前。
水路沿いの石畳の道に足をつけたのは、ラウラとジェノだった。
「さて、あと一人どうっすか」
異種格闘技トーナメント――ストリートキングは、三人一組。
残り一人をどうにか見つけて、条件を満たさないと話にならねぇ。
それに目指すは優勝だ。ある程度、腕っぷしが立つやつを探さねぇとな。
「……あのさ、ラウラ、ちょっといい?」
なんて考えてると、視線を落としたジェノが声をかけてくる。
優等生のこいつのことだ。さっきの一件のことを説教でもするつもりだろう。
「なんだ、脅した件の説教なら聞かねぇぞ」
「食事代は俺が払ったからいいんだよ。それよりさ」
ほらきた。どうせ、やりすぎだ。とか、脅すのはよくない。
なんて説教を垂れるつもりだろう。こっちは相手を選んでるってのに。
「――さっきのウェイトレスの人、かなり強いんじゃない?」
ただ、違った。どうやら、ジェノも気づいていたらしい。
少し見ねぇ間に修羅場をくぐったのか、人を見る目は養われたみてぇだな。
「あぁ、相当やるだろうな。ただ、カタギ巻き込むのは筋じゃねぇだろ」
問題は、レストランの店員っつーまともな職に就いてることだ。
そんなやつを命懸けの戦いに巻き込むのは仁義に反する。やっちゃいけねぇ。
「まぁ、そうだけど、本人が望んでるなら、別じゃない?」
すると、ジェノの視線はレストランの方に向いた。
「あ? 何言って――」
釣られるように視線を向ける。
「……あの、本物のラウラ・ルチアーノ様だとお見受けしますです」
そこには、先ほどの灰色髪のウェイトレスが立っている。
スカートの裾をぐっと掴み、黒い瞳には闘志たぎらせ、こちらを見ていた。
(おいおいおい。この展開ってまさか……)
「良ければ、ボクと一緒にストリートキングに出場してほしい、ですっ!」
まさかまさかの展開。
ジェノが予想した通りの出来事が起きていた。
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