ストリートキング
木山碧人
第四章 イタリア
第1話 始まりはベネチア
イタリア。水の都ベネチア。
建物と建物の間には、道路の代わりに水がある。
それを小型の船――ゴンドラで行き来し、街を散策できる。
その行きついた先。狭いアパートには、作業服を着た茶髪の男。
長机には、手作業用の機材とフレームとレンズ。――眼鏡職人がいた。
目的はある『眼鏡』を加工してもらうこと。しかし、職人は難色を示している。
「三人一組の異種格闘技トーナメント。ストリートキングで優勝してくれないか」
眼鏡加工の交渉の末に出された条件。それが、全ての始まりだった。
◇◇◇
イタリア。ベネチア。リアルト橋周辺。
明るい日差しが、石造のアーチと水路とゴンドラを明るく照らす。
「けっ、足元見やがって。別のやつ、探すぞ。ジェノ」
狭いアパートから出てきたのは、二人の男女。
男勝りな口調で、黒服を着る青髪短髪の女性ラウラ。
「待ってよ、ラウラ。少しぐらい話を聞いても良かったんじゃ……」
その後を追いかけるのは、青い制服を着た黒髪の少年、ジェノ。
褐色の肌に左頬には刃物傷があり、銀のスーツケースを手で引いている。
二人は組織『ブラックスワン』の指令によりイタリアで眼鏡職人を探していた。
「あ? 知らねーよ。代わりはいくらでもいるだろうが」
「いやでも、千年前の技術を引き継いでるのは、あの人だけだって聞いたよ?」
いっちょ前に反論してくるのは、後輩のジェノ。
同じ『ブラックスワン』に属し、諜報要員の
(リーチェ、か……)
こいつの目的は師匠――リーチェを復活させること。
どうやら、去年の12月25日に起きちまった『血の千年祭』。
そこで、リーチェは過ぎた力を使って、再起不能になったらしい。
(なんか、複雑だな……。親父を殺したかもしれねぇ相手のために動くのは)
子供の頃、イタリア系マフィアのボスだった親父は殺された。
リーチェは、親父を殺した犯人かもしれない、いけ好かねぇやつだ。
推測なのは、親父を殺した漆黒の鎧には鎧兜があって顔が見えなかったせいだ。
(ま、あいつが復活すれば、親父の死の真相にも繋がるかもしれねぇか……)
組織に属するのを決めたのは、親父の死の真相を知るため。
どうやら、組織が所有する機密文書に、手掛かりがあるらしい。
ただ、閲覧制限があって、幹部クラスにならねぇと見れないときた。
となりゃ当事者に聞くのが早い。恩を着せりゃ、嫌でも答えてくれるだろう。
「……ラウラ?」
黙々と考えていると、ジェノは小首を傾げて、尋ねてくる。
「気が変わった。まずは、話だけでも聞きにいくか」
ラウラは考えを改め、踵を返すと、再びアパートの中へ入っていった。
◇◇◇
アパート内。三階。細々とした物で散らかった工房。
その汚い机で作業しているのは、先ほどの茶髪の男だった。
作業に没頭していて、モノクルで自身が仕上げた眼鏡を確認している。
「……ストリートキングのことを教えろ。どうして優勝しなきゃなんねぇんだ」
その背中に語りかけるのは、ラウラだった。
男は聞こえていたのか、モノクルを置き、振り返る。
戻ってくるのが分かってたらしい。鍵が開いてたのもそのせいか。
「優勝者には『シビュラの書』と呼ばれる予言書が与えられる。それを悪用されたら困るんだ。もし、ストリートキングに参加予定の『あるチーム』が優勝してしまうと、イタリアは……いや、世界はとんでもないことになる」
つらつらと語る男の表情は暗い。
どうやら、訳アリってとこみたいだ。
「予言書、ねぇ……。僕たちを騙して、手に入れようって魂胆じゃねぇだろうな」
ただ、話に乗せるための演技かもしれねぇ。
ある種の職業病だ。ここまで人を疑うことが多すぎた。
ほいそれと話に乗っかるより、探りを入れるぐらいがちょうどいい。
「いるか、あんなもの! この手で燃やしてやりたいくらいだ」
そこで初めて、男の感情的な部分が見えた。
その必死さから見て、嘘をついてるようには見えねぇ。
過去に悪用されて、嫌な目にあったってのが、妥当なラインだな。
(……話に乗ってやってもいいが、どうもきな臭ぇ。まだ何か裏がありそうだ)
ここで話に乗るのは二流のやること。
もう少し、探りを入れた方がいいだろうな。
「お気持ちお察しします! 俺たちで良かったら、力になりますよ!!」
そう思った瞬間、隣にいるアホは話に食いついていた。
(……はぁ。勝手に決めやがって。ま、それがこいつの長所でもあるんだが)
ジェノの良さは、底抜けに明るく、情に厚いところだ。
少し無鉄砲なところはあるが、そういうアホは嫌いになれねぇ。
「しゃあねぇな。力になってやるよ。トーナメントの詳細を教えてくれ」
話に乗るしかねぇだろうな。
なんかあったら、その時に考えりゃいいだけだ。
「……本当か! 助かるよ。詳細は、まず三人一組のチームを結成してから――」
話は順調に進み、まずはメンバー集め。と目的も決まりかけた時。
「――――」
奥にあるベランダ側の窓ガラスが割れ、三人の集団が現れた。
全員装飾された白の仮面をつけ、服は赤、青、黄のドレスを着ている。
身長は赤が低め、黄色は中、青が高い。体格はドレスのせいでよく分からねぇ。
「……っ!? な、なにを」
青色のやつが、眼鏡職人を抱え、赤と黄が立ちはだかってくる。
「止めるぞ、ジェノ!」
「うん、分かってる!」
ラウラの体からは、白い光。ジェノの体からは、銀の光が発する。
それはセンスという生命エネルギーの塊。通称、意思の力と呼ばれる。
こうありたいと思う力が強ければ強いほど、使い手に力を与える戦闘技術。
「――」
「――」
赤ドレスからは赤色。黄ドレスからは黄色のセンスが生じる。
相手はセンスのない素人じゃねぇってところか。上等だ。やってやる。
「加減はしねぇ、ぞ――」
右拳に白いセンスを纏うラウラは、正面の赤ドレスに殴りかかろうとする。
「……」
しかし、敵はすでに懐にいた。
(こいつ、早ぇっ! 右手が駄目なら、左手でぇ!!)
すぐさま、左拳にセンスを込め、力任せに殴る。
「――――」
対し、赤ドレスは白い手袋越しの両手で円を描いた。
手品か曲芸でもやるつもりか知らねぇが、関係ねぇ。もらった。
拳は一直線に赤ドレスの方へ迫り、その気色の悪い仮面をぶち割ってやる。
――そのはずだった。
「……がっ!!?」
視界が揺れ、意識がぶっ飛びそうになる。
(……いってぇ。何を、された)
揺らぐ視線を定め、違和感を必死で探る。
すると、すぐに気が付く。痛みの原因が分かった。
(……ちっ! 殴ったのは僕自身かよっ!)
振るった渾身の左ストレートが、自身の左頬を捉えていた。
円を描く仕草で拳を誘導された。恐らく、この技術は――合気道。
帝国における伝統的な武道の一つ。相手の力を利用して、倒す。柔の技だ。
「……うわっ!!?」
同時に、黄ドレスと対峙するジェノから間抜けな声が聞こえる。
背中を背負われ、そのまま力強く、地面に投げ飛ばされていた。
(こいつら、合気道と、柔道を……)
視線を戻し、もう一度敵を見定めようとする。
ただ、敵はもうすでにベランダの方に撤退を始めている。
「ちくしょう、待ちやがれっ」
すぐさま、後を追いかけ、ベランダから顔を出すが。
「――くそっ、何がどうなってんだ」
ドレス共は人通りが多い街中に消え、もう目で追えねぇ。
時期外れのカーニバルをやってるせいで、街に溶け込んでやがる。
「あいたたた。ラウラ、どっちに行ったか分かる?」
不自然な体勢から起き上がるジェノは、尋ねてくる。
今から追いかける前提で、話を進めようとしてんだろう。
ただ、街を探し回っても、非効率すぎる。追うのは、なしだ。
(三人一組に、武道を扱う集団に……『シビュラの書』と。決まりだな)
追わないなら、一体何をすればいいか。
少し考えを巡らせれば、答えは一つしかなかった。
「――ストリートキングで優勝するぞ。それが、次の行き先だ」
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