局地的犯罪増加傾向

Localized Crime tends to Increase

　警察官を名乗る男は早速、猫背の老人に問うた。

「用意出来ましたか？」

「はい？」

　テレビの音が玄関先までけたたましく響いて来るので、会話は勢い大声になる。

「キャッシュカードと暗証番号を書いた紙をと先程の電話で……！」

「あぁ、そうでした」

　見た目以上に頭は耄碌してやがる、と取って返す老人の背後で男はせせら笑った。

　事前の電話で警察を騙（かた）ると、老人は簡単に用心の箍（たが）が外れ、自分の銀行口座が国外脱出者に不正利用された疑いがあると畳み掛けられると、更に理性の回路がふっ飛んだ様子だった。

　社会情勢のきな臭さは、犯罪者にとって恰好の契機である。

『国連の平和維持軍が海上を封鎖して一週間になりますが、首脳会談は今尚、平行線のまま――』

　相変わらず背を丸めた老人が、よろよろと戻って来る。

「あのぅ、本当に警察の方ですか？」

　男の風体はジャンパーにスラックスで、警官らしさはない。

「目立たないよう私服に着替えて来たんです。何処かで犯人が様子を窺ってるかも知れませんから」

「はぁ……なるほど」

　老人は再び奥へ引っ込んだ。

　男は腕時計を見た。不意の来客でもあったら面倒だ。

『予断を許さない状況が続いており、今後の――』

　あのジジィ、よっぽど耳が遠いらしい、と耳障りなニュース番組が男の苛立ちに火を点ける。

　老人が再びよろよろと現れる。

「置き場所が判んない。最近、忘れっぽくてね」

　男は反射的に舌打ちをした。

「一緒に捜しましょう」

　男は賭けに出た。本来こういう不測の事態に深入りしないのが鉄則だが、今回の獲物（カモ）はかなりの資産家と調べが付いている。

　男はそそくさと上がり込み、ずかずかと奥へ入って行く。テレビの音がより一層耳に痛い。

「何かしら心当たりはないんですかぁ?!　どの部屋に仕舞ったかだけでも――」

　振り返った男の後頭部に、大振りのバールが振り下ろされた。男は、傀儡（くぐつ）の糸が切れたようにテーブルを倒しながら床へ突っ伏したが、テレビの音に搔き消された。

「どいつもこいつも面倒を掛けやがって」

　背筋を伸ばした老人は、隣室に縛り上げてある三人組を睨んだ。蛇の如き眼差しが、次はお前達だ、と物語っている。

「おぉおぉ俺達は少しの金で充分ですっ、貴方の分まで盗りませんっ」

「警察に垂れ込む心配はあぁあぁありませんからぁ」

「同じ犯罪者の誼（よし）みで、みのみの見逃して下さいぃぃぃ」

「同じ犯罪者……？」

　口は災いの元を実践してしまった仲間を、殺るならどうぞこいつを、と他の二人が小動物の眼で訴えた。仲間と言ってもＳＮＳで知り合ったばかりの関係である。

「お前等みたいなちんけな詐欺師やこそ泥と一緒にされて堪るか。俺は殺し専門だ」

　男が押し入れの襖を開けると、本当の家主が死に顔を晒しながら横臥した。

　ほんの一時間前の事である。

　殺し屋が侵入した直後に偶（たま）さか三人組の窃盗団が侵入した。

　殺し屋は素早く三人を叩きのめし、先に殺しの依頼を遂行した後、いよいよ窃盗団の口を封じようとした矢先、警察を名乗る詐欺師が現れた――。

「ここのジジィは悪どい稼業（やりかた）で儲け過ぎた。芸能界のドンだか何だか知らねぇが、裏社会を甘く見るとどうなるか、お前等もよぉく覚えて……今更、説教垂れても遅いか」

　殺し屋はテレビの音量を更に上げると、バールを振り被った。

『最新の情報が入りました！　官邸で緊急記者会見が――』

　次の瞬間、犯罪現場を中心とする数キロメートルの空間が熱線に包まれた。

　どんな犯罪者も戦争犯罪人には敵わない。