岡崎弘子誘拐事件

キエリボウシミミズク

第1話

 その日は4月の第二木曜日、夕方6時から有隣堂のYouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』の生配信が予定されていた。この日のテーマは⦅新社会人にお勧めしたい文具はこれだ。間仁田VS岡崎、有隣堂文具バイヤー対決⦆というテーマで、有隣堂伊勢佐木町本店のスタジオでは、ブッコロー、プロデューサー、広報の渡辺郁、文具バイヤーの問仁田亮治の顔ぶれが集まり段取りの確認などが行われようとしていたのだが。

「あれ~、岡崎さんまだ来てませんよね。どうしちゃったのかな。」郁が気にし始めた。「岡崎百貨店に寄ってからこっちに来るって聞いてたんですけど」

「遅れるなんて、ザキさんにしては珍しいっすね」ブッコローも言う。

 郁が岡崎の携帯に連絡しようかと考え始めたところで急に内線電話の音が響いた。郁が受けると、総務の人間の叫ぶような声が飛び込んでくる。

「大変です。岡崎さんが…、岡崎さんが誘拐されたらしいです!」

「えっ?」とっさに事態を呑み込めないでいる郁に対し、さらに言葉が続けられる。

「犯人が郁さんを指名して電話をかけてきてるんです。とにかくそちらに電話を回しますから!」

 郁がそのまま聞いていると、受話器から聞き覚えのない声が流れてきた。

「もしもし、郁さん?」どこかふざけたような調子で話す若い男の声に、郁は不快なものを感じた。「俺たちさぁ、おたくの岡崎さん誘拐しちゃったんだよねぇ」

「すみません。お話の内容がよくわからないのですが。うちの岡崎がどうかしましたでしょうか?」

 郁のただならない様子に、室内にいる皆にも緊張が伝染する。そばに座っていたブッコローがとっさに電話のスピーカーボタンを押した。

「だからぁウチラが岡崎のおばさんを誘拐しちゃったんだってば。わかるぅ」

 尋常ではない内容に顔を見合わせる一同。郁の隣に座っていたブッコローが急いで電話の録音ボタンを押した。

「あの…、誘拐と言われましても、にわかには信じがたいのですが」こんなときでも一社会人として言葉遣いをくずさないところが郁らしさである。

「しょうがないなぁ。はい、おばさん」会話がいったん途切れ、今度は慣れ親しんだ声が聞こえてきた。

「もしもし、岡崎です」

「岡崎さん! 本当に岡崎さん、誘拐されちゃったんですか?」

「そうなんです」それは間違いなく岡崎の声だった。しかし、日頃の穏やかな口調の中にも緊張感が感じられた。「なんかこの人たち、私を誘拐したらお金になると思ってるらしいんですよ」岡崎が話しているそばで誰かがクスクス笑っているような気配がする。「でも会社に迷惑かけるわけにはいかないから…」

「余計なこと言うんじゃないよ、おばさん」岡崎の声が若い女の声で乱暴に遮られた。そしてまたさっきの男の声がした。

「最近さぁ、おたくの会社YouTubeで人気が出て儲かってるんでしょ。だからその儲けをいくらかウチラにも分けて欲しいなって。だからさぁ、この岡崎さんの身代金として5億円欲しいんだよね」

「5億円‼」

「じゃあ、また夜にでもかけるから、お金用意しといてねぇ」

そこで一方的に電話が切れた。

「どうしましょう……」

郁は放心状態でつぶやいた。

「まずは社長に連絡とったほうがいいんじゃないかな」と間仁田が言う。「我々だけで判断できる問題じゃないからね。それから、やっぱり警察だよね」

「警察に報せてしまって大丈夫でしょうか」郁は不安そうに言うが、それに明確な答えを与えられる者はその場にいなかった。


 事態を知らされた時、有隣堂の松信社長は戸塚の営業本部にいた。松信はまず警察に連絡することを郁に指示した。素人がうかつに対処できる事態ではないと考えたからである。そしてもう一つ、松信が指示したのは今日の生配信を予定通り行うことである。非常事態ではあるが、配信を楽しみにしているファンをがっかりさせることは避けたかったし、犯罪者たちのために動揺させられていると考えるのが業腹だった。

一方で松信は考えうる限りの方法で金策に努力することを約束した。しかし、5億円という金額は一企業をもってしても簡単に用意できるものではないのは明らかだった。


 郁からの通報を受けた神奈川県警はすぐさま刑事たちを派遣してきた。なにしろ有隣堂本店には日頃から老若男女の客が大勢訪れる。なにも変装らしきことをせずともスーツ姿の刑事たちが出入りするのに全く違和感がなかったのは幸いだった。

 刑事たちは最初に郁たち関係者から岡崎の行動について聞き取り調査を始めた。しかし、皆が知っていたのは岡崎が桜木町駅近くにある有隣堂の店舗STORY STORY YOKOHAMA、通称スト横内にある岡崎百貨店で仕事をしてから伊勢佐木町に来る予定だったことだけだった。そして岡崎が予定通りの時刻に岡崎百貨店を出ていることも捜査員によって確認された。そして、スト横の販売員の中に商品をほとんど眺めることなく岡崎にばかり注目していた若いカップルがいたことを覚えていた者がいた。彼女は数日前から同じカップルが何度も来店していたことも証言した。しかし、最近はYouTubeの影響で岡崎ファンが増えていることを承知していたため、特別熱心なファンなのかと考えていたそうである。警察はその店員に協力を要請して、その不審な客たちの似顔絵の作成に取り掛かった。


「えーっと、生配信始めちゃっていいですか。大丈夫ですよね。」ブッコローが手探りな感じで、配信スタートを告げる。

 出演者席にはブッコロー、もともと出演予定だった間仁田に加え、横浜駅西口店から急遽呼ばれた寺澤篤子もスタンバイしていた。寺澤も聞かされた事情が事情だからか、久しぶりのYouTube出演だからか、いくらか緊張した面持ちをしている。

 スタッフ席では刑事がひとり待機している。彼はもともと『有隣堂しか知らない世界』のファンだったそうで、自らスタジオ待機を志願した。今も好奇心を隠そうともせずに、配信の様子を眺めている。

「今日は新社会人に向けてお勧めの文具を紹介するということで間仁田さんと岡崎さんの対決を企画してたんですけど、急にザキさんがバイヤーの仕事で出かけなくちゃいけなくなっちゃったので、ピンチヒッターとして生粋の文具っ子・寺澤篤子さんに来てもらってます」と説明すると《えー、ザキさんいないの~》《そりゃ本業のほうが大事だよね》《どんな用事なんだろう》《でも久しぶりの寺澤さんもうれしい》《同期対決?》《間仁田さんと寺澤さん、なんか対照的》などと、コメントが書き込まれていく。

「なんでも、これまで取引のなかったガラスペン作家さんが急にザキさんに会いたいって連絡をくれたんでしたっけ」とブッコローが言うと、間仁田が「そうなんですよ。もともとガラス工芸家の方でね。まれにガラスペンも手掛けてる程度なんだけど、業界では有名な作家さんで。岡崎も以前からもコンタクト取りたがってはいたんですけど、なんか最近のブームと岡崎の評判を聞いてくれたらしくて向こうから連絡くれたんです」

 岡崎といえばガラスペンとインクのイメージが強く、中でも良質なガラスペンはひとつひとつが手作り品なだけに、岡崎も職人たちとのつながりを大事にしている。そのことを承知しているファンも多く、一番納得してもらいやすい口実として、皆で知恵を絞った筋書きである。視聴者も《ガラスペンのためじゃしょうがないか》《そりゃ岡崎さん、そっちに行くわ》《どんなガラスペンなんだろう》《仕入れ出来たら、またYouTubeで紹介してもらえますよね》とコメントを入れてくる。

 とりあえず視聴者が納得してくれたらしい様子にブッコローもひと安心して番組を進行させようとした。

「それでは新社会人にお勧めしたい文具対決、第一回戦は筆記具対決~。まずは間仁田さんから…」

と、そこでブッコローは一つのコメントに目を奪われた。

《2時間ぐらい前、海ほたるで岡崎さんを見かけましたよ》

それを読み上げたブッコローは「海ほたるって、あのアクアラインの?」と問いかける。アクアラインとは神奈川県川崎市と千葉県木更津市をつなぐ有料道路で、海ほたるはその途中にあるサービスエリアの愛称である。

 ブッコローの問いかけに対しコメ主から返事があった。神奈川から千葉県の自宅への帰り道、アクアラインを利用し海ほたるでトイレ休憩をした際に、駐車場で車内にいる岡崎に気がついた。最初に見つけたのは幼い娘で「YouTubeのおばさんがいるよ」と親に教えたのだそうだ。せっかくなので一緒に写真を撮らせてもらえないかと考えたのだが、そばにいた若いカップルに睨まれて断念したらしい。

 若いカップルというのは、先ほどの電話から受けた印象と一致している。この情報はマジだ、とブッコローは感じた。

 気づくと待機していた刑事の姿が消えている。どうやら、コメントのことを報せるために席を外したのだろう。おそらく神奈川県警から千葉県警へ協力要請が行われるのだ。

《アクアラインを利用してるってことは工房は千葉県?》《木更津あたりかな》《房総半島全域、可能性あるでしょ》《ザキさん、車で移動してるの?》《若いカップルと一緒って、幻のガラスペン作家はまだ若い人ってこと?》

 コメント欄には岡崎の行先についての様々な感想や推理の書き込みが続く。

これはもしかしたらチャンスかもしれないとブッコローは感じた。

「ザキさん、今日は車で移動してるんですか」と問いかけると、寺澤が「なんでも工房の場所もわかりにくい場所で、たまたま職人さんの息子さんが横浜に用事があるから、そのついでに迎えに来てくださるって聞いてますよ」と機転を利かせる。

 なるほど、と相槌をうちながら、ブッコローが「でも、ゆーりんちーのみんなもザキさんの行先、気になってるみたいですよね」と言った。そして「じゃあ、こういうのどうです?本日のサブテーマとして、題して『ザキさんを探せ‼』っていうの。リアルタイムでザキさんを見かけたとかそういうことを聞いたら、コメントで報告してもらうの。どうでしょう?」と呼びかけた。

 家や職場でTVやPCで観ている視聴者は動けないだろうが、中には移動中にスマホで配信を観ている者もいる。また、こういう企画を立ち上げればSNSを利用して情報収集してくれる者も出てくるのではないかという期待もあった。

 案のリアルで人探しゲーム?《なんか面白そう》《さっきの目撃者さん、車のヒントとかないですか》《ザキさんの写真添付して千葉県内の友達に聞いてみます》などの書き込みが飛び交う。《そんなことしたらガラスペン職人さんのプライバシー侵害になっちゃうんじゃない?》という良識をもったコメントも見受けられたが、全体的には面白がっている視聴者のほうが多い印象だった。

 その一方、連絡を終えスタッフ席に戻ってきた刑事は、郁から状況を聞いて、なんてことをしてくれるんだ、という表情を見せた。


 この時の心境をのちに間仁田はこう振り返る。「正直、焦りました。もしも犯人が配信観てたらどうするんだろうって。年長者である自分が止めるべきなのかとも思ったんですけど、いったん言葉にしてしまったことはひっこめられない。確かに手掛かりが集まるのかもしれないし、ここは腹をくくるしかないかと思いました」


「それではメインテーマの文具対決にもどりましょうか。まず問仁田さんから」

予定されてたプログラムもこなしつつ番組は進行され、一回戦の筆記具対決、二回戦は手帳やノート、附箋などの紙対決が終了。対戦成績は1対1となっていた。

間仁田は緊張のためか説明を噛むシーンが普段より多く、ブッコローに突っ込まれることもその分増えていたが、視聴者にはいつも通りに見えたかもしれない。一方の寺澤にも緊張の色は隠せず、さらには「岡崎さんのセレクトは私には少々個性的過ぎて…」と戸惑いを見せる様子もあったが、そこは豊富な文具知識できちんと対応していた。

 対決の途中途中には岡崎らしい人物がいたらしいという視聴者からのコメントが時折紹介されたりしたので、全体の進行は決してスムーズとは言えず、配信時間は1時間ほどの予定だったが、二回戦終了時点ですでに予定時間を過ぎていた。しかし配信中に岡崎の消息について有益な情報が得られることを願って、誰も疲れを隠して頑張っていた。

すでに先ほどのコメ主から岡崎たちが乗っていた車は黒のワゴンタイプで千葉県内S地域ナンバーだったところまで報告されていた。残念ながら番号までは覚えていなかったが、車種と地域がわかるだけでも警察にとっては大きな手掛かりとなるはずだった。

なんかリアルタイムで面白そうなことやってるとの情報が流れたらしく、いつの間にか視聴者数もじわじわと伸びていたが、ブッコローたち出演者も郁も、その数字に気を取られている余裕はなかった。

 そして、ついにその情報は三回戦の便利グッズ対決の直前にもたらされた。

《友達がK市〇〇町で岡崎さんらしい人が黒のワゴン車に乗っていたのを見たって知らせてくれました。若い男性が運転席にいて、後部席から黒いアイマスクした岡崎さんっぽい人と若い女性が降りてきたって》

 これだ、とブッコローは思った。先ほどから情報がもたらされるたびにスタジオを出入りしていた刑事も、このコメントを確認した際にはそれまでになく慌てた様子でスマホを持って飛び出していった。間仁田も寺澤も同じように感じているらしく、落ち着きをなくし始めているのがわかる。

 コメントの書き込みも一気に増えた。《若い男女が一緒ってさっきの話とあってるじゃん》《アイマスクって、なんか怪しくない?》《案内されてるっていうより、拉致られてるみたい》《ザキさん、大丈夫?》《騙されて連れていかれたんじゃ》

 冗談か本気か、黒のアイマスクというキーワードをきっかけに岡崎の身を案じる書き込みでコメント欄がざわつき始める。

 まずいかな、視聴者が感づき始めた。ブッコローは感じた。文具対決三戦目をなんとか始めたが、間仁田たちも先ほど以上にそわそわ感が止まらない。普段は冷静な寺澤まで説明をとちるようになってきた。

 それでも、三回戦がなんとか終わろうかという頃、スタジオに駆け込んできた刑事が何事かを郁にささやいた。郁は驚いたように目を見開いた後、スタジオ中に響き渡るような声で言った。

「岡崎さんが無事に保護されたそうです!」

それだけ言うと、郁は両手で顔を覆い、崩れるように椅子に座りこんだ。逆に間仁田は立ち上がってガッツポーズを見せ、寺澤は胸に手をあてて安堵のため息をついた。

そしてコメント欄は大変な騒ぎとなった。

《無事保護って、岡崎さんどうしたの?》《やっぱ拉致?》《ブッコロー、説明して!》《何が起こってたんだ?》

 ブッコローも安堵のために放心状態になりかけていたが、まずは視聴者に感謝を示さなくてはいけないと強く感じた。

「ゆーりんちーの皆さんももう気づいている人が多いと思いますけど、実は今日、岡崎さんは何者かに誘拐されていたんです。ですが幸い無事に警察に保護してもらえたそうで一安心です。それもゆーりんちーの皆様がくださった情報のおかげだと思います。今は僕も詳しいことがわかっていないので何も説明らしいことができないけど、いずれきちんとお話しできる時が来ると思うので、どうかそれまでお待ちください。中途半端な感じで申し訳ないけど、今日の生配信はここで終了とさせてください。またよろしくお願いいたします」


 誘拐犯たちはやはり二十代前半の男女だった。彼らが取り調べで述べたところによると、事件の10日ほど前に横浜のみなとみらいに遊びに来てコレットマーレのスト横に立ち寄ったのがそもそものきっかけだったらしい。そこで岡崎を囲んで写真を撮っている買い物客を見かけ、ただのおばさんにしかみえない岡崎が人気者なっているのに興味を持った。客たちに話を聞くと「この本、読めばわかりますよ」と『有隣堂しか知らない世界』の本を勧められたのだそうだ。帰宅後、それを読み岡崎がYouTubeでそこそこ知られた人物であること、そして有隣堂という書店がそのせいで好調らしいことを知った。だったら、その有隣堂ってかなり儲かってるんじゃね。あの岡崎っていうおばさん誘拐したら身代金ゲットできるんじゃない? なによりスト横で見かけた岡崎はほんとに普通のおばさんで、あれなら簡単に誘拐できる気がした、のだそうだ。

 二人はそれから頻繁にスト横を訪れ、岡崎が来るのを待った。しかし意に反して岡崎はなかなか現れず、やっぱやめとこうか、みたいな気になってきたところに運良くか悪くか岡崎が店に姿を現したのである。

 最初は女がひとりで近づいて、岡崎が油断したところで男が大ぶりなナイフをちらつかせて脅した。いつの間にか女のほうもナイフを手にしていて、それを見た岡崎はうかつに抵抗すると周囲の人にも危害が及ぶと考えておとなしくしていたらしい。

 事件の早期解決にはやはり視聴者からの情報がものをいった。千葉県警はK市〇〇町で該当する車両の持ち主から予想される年齢層の人物数人を絞り込んだ。そして家の様子や物音などから、その一軒に岡崎が監禁されていることを確認したのだ。救出方法が検討されているとき、折よくフードデリバリーがやってきた。警察は配達員に協力を要請し、油断した犯人が入り口を開けたところで刑事たちが突入して犯人たちを捕らえ、岡崎を保護したのだった。

 幸い岡崎には外傷などは認められなかったが、心身ともに疲労していることなどを考慮して一晩病院に入院して様子を見ることになったそうだ。


 ブッコローは生配信を利用してやや暴走気味に情報収集したことについて警察からお𠮟りを受けた。幸い無事に済んだからよかったものの、もしも犯人を刺激するようなことになっていたら、どうするつもりだったんだ、ということだ。それに対してブッコローは言った。

「確かに100%までの確信はなかったけど、おそらく犯人たちは生配信を見ていないだろうなとは考えていました。だって僕は普段の配信の中で有隣堂なんてどうせ儲かってないんでしょ、みたいなことをしょっちゅう言ってるんですよ。それなのに5億もふっかけてくるなんて、うちの配信ろくに見てないとしか思えない」

 確かに有隣堂はYouTubeの影響で業績も上向いてはいるらしい。といってもリアル書店が経営に苦しんでいる昨今、有隣堂も例外ではないはず。身代金奪取のターゲットとしては不向きなはずなのだ。そもそも5億などという大金、体積も重さも大変なもののはずで、それをどう受け取ってどうやって運ぶつもりだったのか。どこまでいってもこの犯人たちの考えは浅いとしか思えない。

 それに、とブッコローは言う。

「うちの配信を楽しんでくれてる視聴者ならザキさんに危害を加えようなんてこと、絶対思わないはずなんですよ」ただ一つ「ザキさんの安否だけは、正直最後まで気がかりでした」とも言った。


「ザキさん、この二週間どうでした」スタジオにスタンバイしながら、ブッコローが岡崎に尋ねる。

 この日は4月の第四木曜日また夕方6時から『有隣堂しか知らない世界』の生配信が予定されていた。タイトルはずばり⦅視聴者の質問、大募集‼ 岡崎が答えます⦆

「結構大変でしたよ。警察でも話を聞かれたし、誘拐された場所とか連れていかれた場所とかで現場検証っていうんですか。いろいろと話を聞かれて。それに大勢の方からお見舞いのお電話とかいただいたからその対応もあったし、その間仕事もたまっちゃってたからそっちも忙しかったし」

「大丈夫っすか? 今日も絶対いろんな質問が飛んできますよ。答えられます?」

「うーん、まぁお答えできる範囲で。警察の方から話さないように注意されてる部分もあるので、その辺には気をつけながらですかね。でも、なにより視聴者の方々に直接お礼を申しあげられる機会ですから、できるだけがんばってお話します」岡崎にはいつもながらの穏やかな表情で微笑む。

「そろそろ配信スタートします。お二人ともよろしくお願いします」とプロデューサーの声が響く。広報の郁もにこやかに見守っている。

「それでは10、9、8、7、6……………」プロデューサーからキューのサインが出てブッコローの声がスタジオに響いた。

「ゆーりんちーの皆様、お待たせしました。『有隣堂しか知らない世界』生配信スタートしまーす!」

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