Joke?

yokamite

It's no joke.

 小学生の頃は良かったよな。世間に蔓延る偏見や差別なんてものは、その存在すら気にも留めずに、友達たちと色んな冗談を言い合ったりして、誰かを虐めて泣かせたとしても若気の至りだと済まされた。どんな失敗も、ただ子供であるという理由だけで許されたんだ。


 だったらさ、大人たちの社会にしか存在しないはずの偏見や差別ってのは、何処から子供の世界に入り込むんだろうな。それとも、俺たちが成長するにつれて大人の世界に入門したことで、いつの間にか純粋に正しいものを信じようとする無垢なる瞳から視力が失われて、色眼鏡をかけなくちゃ生きていけない人間に仕立て上げられちまうのかな。



 ¶



「おー、おはよ! チビ助!」


「あ、うん、おはよ……。」


 こいつは昔馴染みの親友だ。かつては同じ目線から揶揄い合って不細工な笑い顔を突き合わせていたはずなのに、すくすくと成長していったこいつとは対照的に、俺の身長は伸び悩み続け、高校生3年生となってしまった。確かこの日は待ちに待った、この居心地の悪い高校の卒業式だったっけか。


 こいつは俺が小さな身長にコンプレックスを抱いていることを知ってか知らずか、冗談のつもりでよく俺を「チビ助」という。こいつはクラスのムードメーカーなんだ。こいつが俺に「チビ助」なんて仇名を付けるもんだから、クラスメイトは挙って俺を「チビ」と呼ぶ。そんなきっかけを作ったこいつは、正直なところ堪らなく憎い。だが、幼少期は苦楽を共にした親友のはずなんだ。そしておそらく、こいつに悪気なんてものは微塵もない。ただの冗談のつもりなんだ。


「なぁ、明日他校のサッカー部と卒業試合があるんだけど、お前来るか?」


「行かないよ。分かってるでしょ。」


「わりぃ! お前はどうせベンチだもんな!」


 こいつは、一切の他意もなくサッカー部で万年補欠扱いを受けている俺の恥部をクラスメイトの前で曝け出す。俺はサッカーが大好きだった。有名なサッカー選手だった父の背中に憧れてボールを蹴って十数年、練習量だけは誰にも負けなかったんだ。俺はもともとゴールキーパーの選手として幼少期から研鑽を積んできたが、伸びない身長を理由にレギュラーを下ろされた。それでも、足元の技術を買われてスポーツ推薦で入学したこの高校のサッカー部で、俺よりも技術の低いこいつがレギュラーを張り続け、低身長の俺はどれだけ努力しようが終ぞ日の目を見ることなく、ベンチウォーマーのまま青春の幕を閉じた。


 俺がサッカー選手として公式大会などでもっと出場機会があったのなら、どうなっていたかは誰も分からない。だが、こいつは少なくとも高身長を生かした打点の高いヘディングなどでコンスタントに結果を出し続けていた。高身長というだけで掴んだチャンスを生かしたこいつを追い抜く機会は、俺には与えられなかったというだけなのだ。



 ¶



 大学の図書館にこういう本があったんだ。確かタイトルは『小さな巨人たち』だったっけか。身長が低くても、それを言い訳にせず、大成することができた有名人たちの伝記を纏めた1冊だったような気がする。当時の俺は、無意識のうちにその本を手に取って、夢中で読み漁ったよ。


 低身長でもプロ野球選手として活躍するアスリート、映画俳優として名を馳せた著名人など、多くの成功例が所狭しと紹介されていたんだ。だけどそんなものは、世間の偏見や差別を跳ね除ける力の無かった俺の惨めさを強調するだけだったんだよ。


 なあ、ルッキズムって聞いたことあるか。良く言うよな、女性は高身長の男性に魅力を感じるだとか、スタイルの良い男性でないと似合わないファッションがあるとか、まあ色々だよ。近頃はアイドルのコンサートなんかに行かなくたって、SNSとかで簡単にカッコ良い男女が見られるだろ。そこでチヤホヤと持て囃されている男女は、往々にしてスタイルが良く、高身長なんだよ。


 それだけだったらさ、別に自分の劣等感を煽るようなコンテンツなんて見なければ良いという話だろ。だけどさ、世間の偏見や差別ってのは難儀なもので、やれ低身長男子には人権がないだとか、やれ3Kはモテる男の必須条件だとか、根拠薄弱かつ過激な言葉で誰かを攻撃しようとするんだよ。どれだけ目を塞ごうとしたところで、野次馬やメディアが火に油を注ぐようにその手の言葉を拡散して、俺の耳までご丁寧に届けてくれる。全く、ありがたいことだ。



 ¶



 いつまでも払拭できない自分の身長に対するコンプレックスを忘れようと、この前1人で場末のバーの隅っこで酒を嗜んでいたときだ。ある見知らぬ女性が俺のもとに現れて、1杯奢ってくれたんだ。珍しいこともあるもんだろ。人生に希望を見出せずにペシミズムに浸っていた俺は、別に毒が盛られていようが、美人局に引っ掛かろうがどうでも良いと思って、一気に酒の入ったグラスを呷った。その酒は、人生で味わった物の中で一番美味かったな。経口摂取した水分が、全て目から流れ落ちて行った。折角酒を御馳走になったのに、女々しくも涙を流し続ける俺を女性は黙って見ていてくれた。俺はその頃から、彼女に恋をしていたんだ。


 だけどよ、小さな頃から低身長を理由にチャンスを与えられなかった俺にとって、そんな機会は初めてだったんだ。身長が低いから友達や恋人に拒絶されることを恐れて、他人と一定の距離を保ち続けていた俺の中に、一歩踏み出す勇気なんて何処にもなかったんだよな。気が付いたら、彼女は俺のもとを離れて行ったよ。



 ¶

 


 気持ち悪いよな。社会人になった今でも低身長を言い訳に世間の差別的な態度を恐れ、自分自身を受け入れることができず、コンプレックスを常に意識し続けてるんだ。怯える必要のない何かに怯え、考える必要もないことを延々と考え続けている。こんな俺は、気持ち悪いよな。


 だから今日、そんな気持ち悪い俺はその苦悩から逃れるために、この世を離れようと思うんだ。両親はとっくに他界している。もともと俺の死を悼む者は誰も居ない。俺が身長による差別に苦しんでいたことを知る者なんて、何処にも居ないだろう。美しいものは讃えられ、醜いものは淘汰される。ある意味、これが自然の在り方なんだろう。なあ、大人たちよ。


 ──それじゃあ、地獄で待ってるよ。寂しいから早く仲間を連れて来てくれ。俺と同じように、社会から醜いものとして扱われた憐れな人間たちよ。

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