第14話 仮採用
サンドイッチを食べながら、店長の女性――鵜久森(うぐもり)飛鳥(あすか)と雑談をしながら時間を潰した。
「ウイッチクラフト」に入店してから1時間近く経っただろうか。
出入り口の扉についた鈴が音を鳴らすと、永久と女性が1人入ってきた。
ネタシャツだと思われる「働いたら負け」とプリントされたシャツと、髪を研いでいない為かぼさぼさの髪が目に付く。
一瞬。ほんの一瞬だけど、女性と目が合った。
一秒もない刹那の瞬間。女性の黒い瞳が、虹色に光り輝く眼に変化した。
――あ、私という存在のネガを、本質を見られた。
この女性の前では、どんな変装も、取り繕いも、猫被る事も、全て無意味。
直感で理解してしまった。
「ごめんね、蘭。ちょっと輝夜ちゃんに折檻……おしおきしていたら遅くなっちゃった」
「大丈夫。鵜久森さんと楽しく話が出来たから、別に構わないよ」
頭を何度も下げてくる永久は、隣にいる女性を紹介してきた。
「それで、こっちが「アンダーテイカー」の所長、阿頼耶識(あらやしき)輝夜(かぐや)ちゃんです」
「どーもー。飛鳥ー。サンドイッチを私にもお願いー」
「…………ふぅ。輝夜。ツケが溜まっているんだけど?」
「ツケってさ。食事をする際の最高のスパイスだと思わない?」
「全く思わないわ。御託はいいからさっさと払いなさいよ」
「払おうとする気はあったんだよ。でも、デリヘルの女の子に払ったら、その、ツケ分を払おうとした分が、不思議なことに消えちゃいました」
「不思議でもなんでもないわよ!」
鵜久森さんは頭に青筋を浮かべると、阿頼耶識さんに怒鳴った。
「だって! 知り合いのデリヘル店長から「可愛い子が新しく入ったんだけど、どう?」って言われたら、付き合いもあるから仕方なくないっ!? ツケよりも性欲だよ。なんてったって人間の三大欲求だもん!」
「…………蘭。こいつはこんなヤツよ。コレの元で働くのは、辞めた方がいいわ。絶対に後悔するわ」
「あ、あはっはっはっ」
はい。もうなんか、少し帰りたくなってきている。
「輝夜ちゃん? 蘭は、輝夜ちゃんの駄目さと好い加減さと屑さを初めて目の辺りにするんだから、ちょっとはセーブしようか? あとで、またデリヘルの下りは二人っきりの時に聞かせて貰うからね」
「……は、はぃ」
どこから取り出したのか、見ただけで先日私が造り出した「終焉(エンド・オーダー)」の格に近いハリセンを手に持っている永久は、阿頼耶識さんに言うと、大人しくなる阿頼耶識さん。まるでペットと飼い主のように見える。
コホンと場の空気を切り替えるかのように言うと、阿頼耶識さんは私のテーブル席の前に座った。椅子の後ろにはハリセンを手に持ち、いつでも出せるように構えていた。
「……永久から聞いているよ。私の所で働きたいってことでいいのかな」
「はい」
「よしっ、仮採用決定! おめでとう。パチパチパチパチ」
「ええぇ……。あの普通は、志望動機とか、色々聞いたりするものと思うんですけど?」
「女子中学生がアルバイトする動機ってお金に困っている事以外であるの? ないよね?
社会経験してみたいとかいう、上辺だけの取り繕った理由はいらないなぁ
それにちょうど実力のある奴隷(アルバイト)が欲しかったところだったから、即採用だね」
「実力――分かるんですか」
「分かるよ。キミもある程度は、私との差が分かる程度には強いでしょう」
分かる。分かってしまう。
前世、超魔神皇と呼ばれていた時の私なら間違いなく勝てる。
でも、今の私だと勝てる可能性は0に近い。特に今は超魔神皇の力を行使したことで、バランスが崩れて弱体化している私では――戦いになるかすら怪しい。
まさかダンジョン以外でも、これほどの実力者に会うことがあるなんて……。
「……そんなにギラギラとした獰猛な目で見てこられてもバトッたりはしないよ。
面倒くさいからね。私を斃せる実力まで昇ってきてくれたら、――――戦おうか」
「――約束ですよ。あと、アルバイトのルビがおかしくなかったですか」
「現代社会のアルバイトは、似たようなことだから気にしないでね!」
「……」
そう言われれば、そうかも知れない……。
「時給は1200円。――大丈夫。安心してくれていいよ。未払いなんてことはしないからね。永久が凄く怒ってきそうだから」
「当たり前です。私の友達だから、そんなことしたら許さないよ?」
「はっ、はい! それにっ、もし払えなかったら、身体で払うから心配しないで!
私のテクは凄いよ~。今の生では、体験したことの無いような――絶頂を味わせてあげるよ。
どれぐらい凄いかっていうと、アイドルみたいに清純無垢そうな永久が、私のテクの前だと娼婦並みに乱れ、」
「輝夜ちゃんのバカ。馬鹿・バカ。馬鹿。バカァァァァ」
ソファーから腰を浮かせて、指を私の顎に当てて言ってくる阿頼耶識さんの頭に、永久のハリセンが何度も何度も何度も叩き付けられる。
――あ、危なかった。
魅了系の魔術ではないけれど、一瞬、ほんの一瞬だけ、それを味わってみたいという欲が私の中に生まれていた。
それよりも、友達として気になるのが――。
「永久ってそんなに乱れるんだね。意外だなー」
「蘭! さっき輝夜ちゃんが言った戯れ言は記憶から消して! 良いねっ」
「わ、分かったよ」
ハリセンを私に向けて、顔を真っ赤にして涙目の永久がそう言うのだから、私には頷く以外の手段は無いよね?
そもそも本当に永久が持っているハリセンってなんなの。
私よりも頑丈な阿頼耶識さんに普通にダメージを与えているのだけれど? たぶん私でも叩かれたらそれなりのダメージを確実に受ける。
「ぅぅぅ。あ、安心して。永久。仲間はずれにはしないからね。
きちんとする時は、永久も呼ぶから、私、蘭、永久で淫蕩の如くの3Pを、」
「しないよ! ――蘭のお給料はきちっと払うように、私が管理します。
輝夜ちゃん。返事は?」
「か、かしこ、まり、ましたー」
頭を抑えながらも涙目で答える阿頼耶識さん。
「ぅぅ。永久がハリセンをしてくるから忘れるとこだったけど、あくまで今回は仮採用だからね。
この依頼を解決してくれたら、本採用とするよ。
期間は今日から一週間。時間のある時に、解決してくれたらいいからね。まあ、蘭の見たまんまの実力なら片手間な内容だけどさ。
ああ、いつでもでいいとは言ったけど、今日の夜にでも解決した方がいいかもしれないね」
「今日? 阿頼耶識さんの都合か何かですか?」
「ううん。私じゃあない。私からすればどうでもいいことだけど、きっとキミの運命には多少の影響があるかもしれないし、ないかもしれない。ま、占いみたいなものだから、気にする、しないとキミに任せるね」
先程までとは打って変わって真面目な表情で、阿頼耶識さんは言って来た。
凄く気になるけど、このタイプの性格の人は、ツッコんでものらりくらりと躱すだけなのは目に見えている。
私は夏休みの宿題とかは、夏休みの最後まで貯めるタイプではなく、出来るだけ早く終わらせて後は遊びたい派なので、今回の件は早めに終わらすために、阿頼耶識さんの予言めいた事も気になったので、今日の夜に実行する事にした。
「分かりました。今日の夜に、します」
「オーケー。これが今回の仕事内容が入った封筒ね。
今回は初めて(チュートリアル)だから、私の弟を念のために向かわせるから、まあ、気楽に解決してくれて良いよ」
阿頼耶識さんから渡された依頼内容は、ビルの一室に巣くう怪異の討伐だった。
人間となった私は、所詮は、運命という名の蜘蛛の巣に捕らわれている虫と変わらないのかもしれない。
もしも今回の依頼をこのタイミングで、受けなければ――私の人生に間接的に影響があったのは、間違いなかった。
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