閑話 天魔無為


「セーンパイ。待って下さいよぉ。ハイヒールでダンジョンは辛いですってば」


「誰もついて来いとは言ってないぞ。と、いうか帰れ」


「健気な後輩に対して酷くないですか!」


 青木ヶ原樹海ダンジョン上層3階。

 陰陽庁所属の京極弥杜と、その後輩である九頭龍イブキは、歩いていた。


「もうっ。分かりましたよ。大人しく帰りますからエッチしましょう。子種くれたら、帰りますっ」


「……」


「ダンジョンなら奥さんにもバレませんって。

こう見えても私って処女ですよ。初物ですよ。たまには奥さん以外の人とシッポリするのも、――――!」


 イブキの髪がパラリと数本床に落ちた。

 弥杜は腰に差している日本刀を抜いたモーションはしていない。

 もし抜刀でもしていれば、イブキは気がついていた。


「――それって娘さんが創造した「終焉(エンド・オーダー)」じゃあないですか

『月の雫』のアーカイブ動画で見ましたよ」


「ああ。今回の事で初めて蘭を怒ったら、心配掛けたお詫びという事でくれた業物だ。

官庁の支給品と違って、中々に良い」


「いやいや。当然ですよ。それって伝説や神話に出てくる武器を10000以上合成して作られてるんですら、官庁の支給品なんかと比べたらその刀が可哀想です

そもそもそんな特級危険物な刀を私に向けてこないで下さいよ!!」


「なら、帰れ」


「酷いっ。こんな健気で可愛い尽くす小悪魔系後輩に向けて、そんな態度……。

出るところに出たら、今のご時世だと懲戒免職ですよ! 良いんですかっ」


「属性過多でどれだけ自己評価が高いんだ、お前は。

出るところに出てくれ。辞めたくて辞めたくて仕方なかったんだ、このクソブラック公務員はな!

娘との時間が年に数回とかとれないとかふざけるなっ」


 怒りに任せて地面を足で叩き付けると、ダンジョンが地震のように揺れ地面には穴が空き亀裂が奔る。

 弥杜は正直言って陰陽庁を辞めたくて仕方が無かった。

 そもそも弥杜の場合は、辞めたとしても、他の所から様々なアプローチが必ずある実力者。

 日本最強陰陽師。神も魔も、この者の前にはあってないようなものと言われる実力から、二つ名が「天魔無為」と称されるのだから、辞めたところでお金に困ると言った事はまずない。


 実際に辞めようとした事はあった。

 陰陽庁に属する陰陽師は、自衛隊と同じく国防の任に当たる事がある事から、一年に何度か自衛隊との合同訓練があった。

 ちょうど蘭の誕生日と重なってはいたが、事前に有給申請の手続きや業務を終わらせ、久しぶりに自宅に帰っていた所を、上司である陰陽庁長官が防衛省側の要請で緊急出勤を依頼してきたのである。

 当然、弥杜は断固として断ったが、妻の雅が蘭に耳打ちをして弥杜を懐柔したことで、しぶしぶと出向くことになった。

 当然、娘の蘭の誕生日を向こう側の一方的な呼び出しで台無しにされて機嫌が最低なところに、とある防衛省の幹部達が


『国防の訓練の時に娘とのふれあいを優先したいとか、ふざけてるのですかな

陰陽師は気楽な職業でいいですなあ』


『いやいや、京極さんは少し周りから最強だと崇められて、少々勘違いをしているのではないですかな? 所詮は個の力など、軍艦の前にはたいしたことはありませんぞ』


 陰陽庁と防衛省は政治的観点から仲が悪い。

 その為に出た発言であるのだが、弥杜はぶち切れた。

 ぶち切れたとは言え、弥杜もいい大人である。その場で暴れるような子供じみたマネはしない。――今にしていえば、その場でぶち切れられ、防衛省幹部を半殺しにでもしてくれた方が良かったと、経緯を知る者達は言う。

 では、弥杜が何をしたかというと、防衛省幹部が自慢していた軍艦の前ではとの発言を見返すかのように、単騎で軍艦8隻を八艘飛びで沈めたのだ。

 無残に沈む8隻の軍艦を一別もせずに、視察に来ていた陰陽庁長官と総理大臣を前にして、辞表を叩き付けたのである。


――「天魔無為」陰陽庁を辞職――


 日本の情報秘匿の無さから、その情報は外国に筒抜けとなった。

 同時に日本周辺海域に、外国の船や戦闘機などが、弥杜が辞める前と辞めた後では、目に見える形で数倍に膨れ上がり、危機感を抱いた総理達は、非公式ながら弥杜に土下座をして復職を願い出て、弥杜は妻の雅の説得もあり、しぶしぶと復帰した。


「懐かしいですね。私、あの時のセンパイの雄姿を見て、絶対にセンパイとの間に子供を作ろうと決意したんですよっ」


「――なんでそれでそうなる」


「友達の葛之葉が、ちょっと前に子供が出来た事を自慢してきてウザかったので、マウント返しです。あ、きちんと育てますよ。責任取れとか一切言わないんで、ここでやっちゃい」


『先程から見てアナライズしましたが、間違いありませんね。1000年以上前に、マンダラ中層「魔」から地上へ出た九尾の狐とバハムート。内のバハムートであると確認。

もしも帰郷なさるのでしたらオススメは致しませんよ。

1000年前とは人のありようも変わり、普遍的無意識であるマンダラは貴女がいた時とはだいぶ変容している事でしょう』


 イブキが弥杜に迫ろうとした時、銀色の球体――クエビコが現れた。

 2人がダンジョンに入ってきた当初から観察を行い、弥杜の事は以前に蘭にスマホで見せられて知っていたのだが、ツレのが人外の気配を感じてアナライズを続けていた結果が出た事もあり姿を現したのだ。


「クエビコか。お前に会うためにここまで来た」


『おや。私にですか。何用でしょうか』


「――お前を俺の式神にしたい。

そうすれば蘭が、今回のことのように無茶をしそうな時は助けに来る事が出来る」


『確かに私はランとは式神契約はしてないので、式神契約をする事は可能ですが……

いいのですか?』


 クエビコが蘭と式神として契約を結ばなかったのは、蘭が結ぼうとしなかった事もあるが、クエビコが式神契約は契約者自身と魂が結ばれ、何か不利益が生じる可能性があるためだ。

 例えば「ナイトメア」級以上のモンスターを乗っ取ることができる超次元生命体。

 乗っ取ることは「ナイトメア」級と言っていたが、乗っ取り以外のことは「ナイトメア」級以上でないと出来ないとは言及していない。

 蘭にマンダラ深層まで踏襲の可能性を見いだした事で、自分の存在を識るためにも、余計な干渉は極力減らしたい事からクエビコは式神契約をしたいとは言わなかった。


「問題無い。あの存在が俺を通して蘭に危害を通そうとするなら――自刃する」


『……一昔前のサムライですか。その覚悟、キライではないです

分かりました。式神契約を結びましょう

私は今まで通りランの側で視てればいいのですか?』


「そうだ。俺と式神契約を結び、蘭には代理行使契約をさせる。

そうすれば、なにかしらの干渉があれば、俺の方で食い止める事が出来るだろう

それに式神契約すれば、地上でも自由に活動できるぞ。術者の範囲内だがな」


『地上ですか。一度は出てみたいと思ってました。では、宜しくお願いします』


「ああ」


「ちょぉぉぉぉぉと待って下さい!

それが私が1000年前にマンダラから出て行ったバハムートという超重要情報を喋ったのに、それに関しては無視ですか。無視なんですか!!」


「――俺はお前に一切興味がない。俺は妻一筋なんだ。諦めろ。

そもそも1000年以上生きてるのに、そのキャラ作りは痛くないのか?」


「うるせーですよ! 日々時代にあった感じにアップデートしてるんですっ

葛之葉みたいに殺生石に引き籠もらずに、人間世界で生きるには必要なことなんでよーだ!」


「そうか。まあ頑張れ」


 それだけいうとイブキを無視してクエビコとの契約を弥杜は始めた。

 涙目になりながらも、イブキは諦めない。

 1000年以上生きている為、様々な小手先の術を習得していた。その中には、こっそりと他人の式神契約に干渉するのも含まれている。

 イブキは弥杜に気づかれないように繊細に術式に干渉する。

 そしてイブキは、成功させた。

 クエビコと共に自身も弥杜の式神として契約する事に成功させたのだ。


 その後、弥杜とイブキは契約の破棄をするかしないかで喧嘩を始め、呆れた様子でクエビコは眺めていた。



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