錬成失敗し続けて、僕は至高の<科学者>になった

山田たかふみ

第1話 少年は<錬金術師>

「オイ!まだか、ちんたらすんな!ファイ」

「急いで、白魔法にはこれ以上出来ないんだから!」

「初級でいいから、とにかく回復薬を作ってくれ!追撃が来たら耐えられない!」

「「「早くしろ!!!」」」


 怒号が飛び交うゴブリンロードとの戦闘中。

 その一帯だけは別空間にあるような静けさだった。

 風呂敷の上にはビーカーやフラスコ、濾過装置に天秤などが並ぶ。

 まるで研究室の一角を切り取ったような光景。


「ここにカリント草のエキスを5ml加えて【錬成アルケミッド】・・・ふぅ、これで完成・・・」

 フラスコの中でコポコポと泡立つ苔色の液体。

 それを眺め、恍惚の表情を浮かべる少年の名はファイ・アーケイン。

 ファイが神託により与えられた職業は<錬金術師>。

 この国の<錬金術師>とは回復薬を錬成できる唯一無二の職業。

 その回復薬は神秘の雫とも呼ばれ、人智を超えた効果を持っている。


 つまり、先程ファイが錬成した沸沸と煮えたぎる苔色の液体・・・沸沸?煮えたぎる?おや?

「あれ、この反応は」

 ファイは少しばかりフラスコを傾けた。

 その瞬間、雷鳴のような爆音と共にフラスコは弾け飛び、一瞬の火花を散らして黒煙が上がる。

 爆音にパーティーメンバーはおろか、ゴブリンロードすらも目を丸くして視線を投げる。

 そして、煙の中で髪を燃やすファイ。


 そんなファイに向かってパーティーメンバーは一斉に怒鳴った。

「「「またかよ!!!」」」

「ッゲホッゴホッアボ・・・失敗か」

 そう、ファイ・アーケインは生まれてから今まで14年間。

 一度たりとも回復薬を錬成できたことがない。

 失敗続きの<錬金術師>だった。




 ファイ達は、命からがらゴブリンロードから逃げ延びた。

 そして、冒険者ギルドの食堂で反省会をしていた。

「クビだよ。クビ!今日付けで辞めてもらう」

「え・・・」

 リーダーであるタリント<双剣士>から突然の解雇宣告。

 叩きつけられたファイの時間が止まる。

 ただ、自分の積み重ねた失態がわからないほどファイも馬鹿ではない。

 解雇の理由に思い当たる節が多すぎる。


「まだ、もうちょっとだけ・・・」

「もう懲り懲りだよ。さっさと出て行け!」

「そうだよね。ごめん」

 多少なりとも食い下がろうとしたファイだった。

 しかし、見慣れた雰囲気になってしまったパーティー。

 そんな彼らを眺めて静かに全てを飲み込んだ。


「あなたをこのパーティーに入れたことが間違いだったわ」

「お前のどこが<錬金術師>なんだよ」

 他のメンバーであったマローネ<白魔法師>とザクスタフ<重戦士>がはっきりと小言を漏らす。

 ファイは追撃の言葉を浴びても特に言い返さない。

 三人に頭を下げてゆっくりとその場を離れる。

 彼らの止まらない愚痴を背に受けながら。


 ファイの内心は悔しさに満ちていた。

 ただ、悔しさと言ってもパーティーだったメンバーの言動に対してではない。

 戦闘によって満身創痍な彼らの姿。

 今回も何一つできなかった自分に対して溢れ出た負の感情。

 つまり、回復薬をまともに錬成できない、<錬金術師>として無価値な自分への感情だった。


 <錬金術師>とは回復薬を錬成できる職業。

 それ以外は何もできない。

 だが、それで良い。

 回復薬を錬成できるだけで他の何よりも価値がある。

 それがこの国の<錬金術師>に対する常識。


 ファイはそのままトボトボとギルド受付へ向かう。

 ローブで頭を深く覆い、鼻をつまんだ甲高い声でぼそりと受付嬢に話しかける。

「あの~すみません。メンバー募集中の」

「・・・あのねファイ君、何してるの?そんなことで誤魔化せる訳ないでしょ。顔を見せなさい」

「くっ今日はメリンダさんだったか」

 受付にはファイより一回り年上で、世話焼きのメリンダが座っていた。

 口では当番がメリンダだったことを揶揄したファイ。

 ただ、彼女の少しハスキーな声を聞き、小刻みだった心音が落ち着きを取り戻す。


 田舎育ちのファイがアイル王国の第二都市に上京してきたのは2年前。

 右も左も分からない田舎者に真摯な対応をしたのはメリンダだけだった。

 そんな彼女を信頼しているのは至極当然である。

 ファイは言われた通りに少し俯きながらローブを捲る。


「というか、今回も錬成失敗したんだね」

 赤茶色の毛髪は端々が焦げ、金縁の丸メガネはひび割れ、野暮ったい黒のローブは煤まみれ。

 ファイの全身が大失敗を物語っていた。


「失敗は仕方ないわ。それより、今日はクエストに行ってたんじゃなかったっけ?」

「あのパーティーをクビになっちゃって。メンバー募集中のパーティーリストを借りたくて」

「・・・また!?ウソでしょ!?あのパーティーに入ってまだ1週間も経ってないじゃない。クエストも2つしか受けてなかったよね?たったの2つ。いくらなんでも早すぎでしょ。だって、今回は<錬金術師>として、失敗続きのことを最初に伝えて、それから加入手続きするって約束したよね?それなのに、どうして・・・」

 早すぎる解雇通知に、メリンダは疑問の言葉が溢れ出る。

 約束について触れた途端に目が泳ぎ、もじもじするファイ。

 そんなファイを見てメリンダは大きくため息をついた。


「はぁ・・・約束を破ったんだ。また自信満々に<錬金術師>として自分を売り込んだって訳ね」

 ドスの利いた声にファイの背筋がピキンと凍りつく。

 冒険者として実績は一切なく、戦闘職でもないファイ。

 アピールできるのは<錬金術師>という肩書だけ。

 そんな自分が回復薬を錬成できないと伝えることは、<錬金術師>ではないと公言することと同義。

 そう思ったファイはメリンダとの約束を違えた。


 しかし、冒険者に求められるのは実力と信頼。

 どれだけ腕が良くても不審に思われては意味がない。

 どれだけ聖人であっても弱くては意味がない。

 豪然たる実力と確然たる信頼があってこそ一流の冒険者だ。

 今のファイにはどちらも不足している。

 そして、ファイの信頼は地の底へ向かっていた。


「あのねファイ君、あなたこれで5つのパーティーをクビになったの。わかってる?5つ!こんなに短期間に何度も・・・これまでのパーティーからクレームだって来てるっていうのに」

「えっ」

 早々に解雇されて一喝される想像はできていたファイだった。

 ただ、クレームという言葉に呆気にとられる。

 ファイが信頼を失うことは、在籍させているギルドが信頼を失うことに繋がる。

 つまり、ギルド宛にクレームが届くことは当然と言えば当然。


 メリンダは面食らったファイの表情に少し戸惑いを見せる。

 そして、覚悟を決めたように一呼吸してから数枚の書類を取り出した。

「わざわざ伝えることではないと思っていたけれど、むしろ聞いて理解してもらったほうが良いかもね・・・

 『貴族の血統しかなれない希少な存在の<錬金術師>がパーティーを探していると聞いて、是が非でも我がパーティーにと受け入れた。なのに、蓋を開ければ錬金術の使えない出来損ないではないか』

 『<錬金術師>しか作れない高級な回復薬を無料で使い放題・・・と思ったのにガッカリしたわ』

 『雑用としてはまぁまぁ、<錬金術師>としては役立たず。いつも通り薬草に頼る日々だったね』

 『<錬金術師>なのに田舎産まれと聞いた時に気付かんといけんかった。錬成文字の読み書きすらできんなら、金輪際<錬金術師>と名乗んな』」


「・・・っぐはぁ」

 辛辣で率直な意見の一つ一つが銛のように突き刺さる。


 ファイが先程、解雇された時に感じた見慣れた雰囲気。

 その正体は、自分への失望が積もり積もって重力が何倍にもなったような空気。

 最初こそ<錬金術師>に期待を寄せていたメンバー。

 その心がじわじわと離れていく虚しい時間。

 そんな雰囲気をこれまで何度も体感したファイ。


 だからこそ、クレームによって真意を汲み取る。

 期待させたのは自分で、期待を裏切ったのも自分。

 解雇に悪意はなく、冒険者は冒険と真摯に向き合っていただけだった。


「メリンダさん・・・僕どうしたらいいですか?」

 ファイは怯えた声でメリンダに答えを求める。

 クレームを聞く前から、ファイは自分の状況をなんとなく理解していた。

 理解はしていたが自分を否定する答えに、辿り着くことを拒絶した2年間。

 目の前の大きな壁をぼんやりと眺め、曖昧な思考を続ける。

 そして、パーティー加入と解雇を繰り返していた。


 そんな自分に対する不信感、失望、羞恥心、罪悪感、憂鬱・・・混沌とする負の感情で絞り出た問。

 冒険者を辞めるべきなのか。

 田舎に帰るべきなのか。

 無価値な自分でも冒険者を続けて良いのか。

 <錬金術師>にはなれないと悟るべきなのか。

 漠然とさまざまな答えを求める問。


 ファイはどんな答えでも受け入れる覚悟を決めた。

 そして、涙を溜めた瞳でメリンダを見つめる。

 そんな哀れを誘う有様にメリンダは怒りが収まっていく。

 ファイの頭を撫でて、力強く優しい声色で返答する。


「大丈夫。知ってるわよ、ファイ君が毎日頑張ってること。毎日実験して試行錯誤してるんでしょ。その日々は絶対に無駄にはならないからね!私は実らない努力なんて無いと思うの・・・だから何があっても諦めないで。それに、2年目で軌道に乗れる冒険者なんて殆どいないんだから、まだまだファイ君もこれからよ」

 明確な答えではない。

 ただ、どうしようもない負の感情を僅かばかりでも和らげようとしている。

 メリンダの言葉に、ファイはゆっくりと頷く。


 その相槌を受けてメリンダはにこやかに続けた。

「それと提案なんだけどね・・・回復薬の錬成に成功するまでの間、ソロの冒険者として活動するのはどうかな?もしくは、雑用としてパーティーに入れてもらうとか?これまでのパーティーが言ってた通り<錬金術師>に食いつくのは回復薬のため。初級でも金貨1枚の値が付く、神秘の雫を作れると思っているからなのよね。もし、今まで通り<錬金術師>とアピールしてパーティーを探せば、引く手数多で加入させてくれるパーティーはすぐ見つかると思う。だけど、また同じことの繰り返しになってしまう気がするの。それで、考えてみてくれないかな~と思ってさ。もちろん、ファイ君が<錬金術師>としてこれから成長するということ・・・・・・」


 後付で補填されていく気遣いの言葉。

 ただ、ファイの耳に届くことはなかった。

 メリンダの端的で核心をついた提案を受けて、ファイは顔面に冷水を浴びたように目が覚める。

 今の自分がどう足掻けば良いかと悩んでいた。


 でも違った。

 今の自分を変えれば良いと発想が転換する。

 そして、これからの身の振り方を熟考することで精一杯になっていた。

 少しの熟考の後、ファイは収束しない思考に句読点を打つように口火を切る。

「よし!ヤケ実験だ!」

「・・・・・・今後は困ったら、いや困ってなくても私を頼ってほしい・・・え?ファイ君何か言った?」

「ありがとうございました。どうするか決めて、また来ます!明後日くらいに!」

 ファイは簡潔に感謝を伝え、どこか晴れた表情で一足飛びにギルドを後にした。


 メリンダはドタバタと出ていくファイを眺めて、春一番が通ったような騒がしさに懐かしさを覚える。

「あ!待って!明日からは数日間忙しく・・・って聞こえる訳ないか」

 メリンダはまだ伝えておくべきことがあったようだ。

 ただ、勢い良く開けられて閉まる気のないドアに伝えることではなかった。

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