べびべびベイビー大パニック⁉︎
火村屋敷、ある日の昼下がり。普段は住人たちがで賑わう広間も、今はがらんとしている。
「いやあ、平和でございやすねぇ」
屋敷の使用人――
「そうですねえ」
火村家夫人の
「この桃、甘くておいしい」
「
「あらま。私たちだけで頂いちゃっていいのかしら?」
「全員で食べるにはちょいと少ないんで。皆様方が帰ってくる前に片付けてしまいやしょうぜ」
「ふふふ、そうしましょうか」
いつもは
「
事件もトラブルもない、穏やかなひと時。
「助けてくださぁ〜い!」
静かな屋敷に、男の悲鳴が響き渡った。
悲鳴を聞いてからものの数分で、屋敷は大混乱に陥った。
「こらこら、おとなしくしてちょうだい」
「まうあうあー」
はいはいで座敷を駆け回る赤ちゃん。
「あなたはちゃんと服を着なさい!」
「キャハハ!やー!」
庭園の木に片っ端から登る幼児。
「ううっ、ぐすっ……」
ポツンと部屋の隅でうずくまる少年。
「するってえと
「そうなの」
少女が頷く。
「私と
「ホントに変なヤツですねぇ」
「それで、私たちみんな子供になっちゃったの。私ひとりじゃみんなをつれて帰って来れなかったから、近くにいた
「ど、どうも〜……」
桜子の隣で、長髪を無造作に括った青年がぐったりとしている。
「そうだったの。ありがとうねぇ、帆斗くん」
環が唄羽をガッチリ抱き抱えて言う。ベビー唄羽を追いかけ回していたせいで着物はメチャクチャに乱れている。
「いえいえ、このくらい……。ちょっと一ヶ月ぶりの全休を棒に振ったくらい、なんてことありませんって」
帆斗が乾いた笑いを漏らす。
「……桃、食べやすか?」
薬研が帆斗に桃の乗った皿を差し出す。
「あ、いただきます」
しょぼしょぼと桃を
「あーうー」
「あーっ!困りますはーちゃん!どいてってばー!」
「にぁー?」
「ほら唄羽ちゃん、こっちにおいで」
見かねた環がベビー唄羽を抱き上げる。
「よしよし、良い子良い子」
「んー」
しばらくウトウトしていた唄羽。
「んゔぅ……」
しかし、急にぐずり始めた。
「あらら、どうしたの?ミルク?おむつ?」
環が慌てて廊下に出る。
「ん?」
そこで折悪く、お昼寝から起きた香と鉢合わせしてしまった。
「あー!あかちゃんだー!」
屋敷に響く大声。
「ふえ……」
大人から見れば無邪気なものだが、小さい子供にとってはただの騒音だ。
「びぇえーー‼︎」
月齢児の全力の泣き声が、山を揺らすほどの音量で鳴り響いた。
さて、こうなってはいよいよ屋敷は大混乱である。
「ゔえっ、うえーん!」
「あーあー。泣かないで下せえ、武坊ちゃん」
薬研は古ぼけたティラノサウルスのぬいぐるみを持ち出す。
「ほうら、てぃらのすけ君でございやすよう」
ぬいぐるみの背びれを持ち、小さく左右に揺らす。
「あ……。てぃらのすけ……」
チビ武がおずおずと手を伸ばし、ぬいぐるみを抱きしめる。
「ぐすっ、ぐすん……」
そのまま広間の隅に縮こまってじっとしている。
「おまえ、たけるか?それにしてはなきむしだな」
香がチビ武に話しかける。
「あっ、え……えっと……」
チビ武は顔をぬいぐるみで隠した。
「ちゃんとおへんじしないとだめなんだぞ。オヤゴサンにおしえてもらわなかったのか?」
「えぅ……」
「こらこら、香お嬢ちゃん。あんまりいじめちゃあ可哀想ですよ」
「ほんとのことだもーん」
香は拗ねて頬を膨らませる。
「ありゃりゃ」
薬研は苦笑して頭を掻いた。
一方そのころ、帆斗はチビ清森に振り回されていた。
「あーっ!ダメだよ清森くん、落っこちちゃうよ!」
「おしゃかにゃ」
チビ清森は池に手を入れて泳いでいるコイを捕まえようとしている。
「うんうん、おさかなだね!危ないからこっちおいでってば!」
「や」
「や、じゃないの!」
「やーっ!」
帆斗に抱き上げられたチビ清森が大暴れする。
「あっこら、暴れない……のーっ⁉︎」
チビ清森のジタバタを支えきれなくなった帆斗は、チビ清森を抱いて池に転落した。
「うぇっ、ぺっぺっ」
「きぃあ!もっかい、もっかい!」
「やる訳ないでしょうがー!」
帆斗が半泣きで叫んだ。
それから小一時間格闘し、ようやく子供たちはおとなしくなった。
「さて。子供らがテレビに釘付けになってるうちに、あっしはチャチャっと元凶をしばいて参りやすよ」
「えっ、薬研さんって戦えるの?」
桜子がベビー唄羽をあやしながら言う。
「まあ、伊達に長生きてしやせんからね。相手は
「そう……」
桜子が不安そうに薬研を見つめる。
「なあに、ちょっと歳を吸われるくらい
薬研が不敵に笑ってみせる。
「屋敷の事は頼みますよ、お嬢ちゃん」
「うん、気をつけて」
「ええ。それじゃ、行って参りやす」
数時間後、都内某所。
「ぐえっ、ごほっ」
男の
「アンタ、自分のやらかした事わかってます?」
「お、オレは、そんなつもりじゃ」
弁明する男の腹に薬研の蹴りが入る。
「五行家の人間をマトモに動けねぇようにしたんですよ。それを、術解いてくれれば手打ちにするって言ってるんでさぁ。悪い話じゃねぇでしょう?」
「わ、わかった、戻すよ、戻せばいいんだろぉ」
男が震える声で答える。
「だから、さっきからそう言ってるんですよ」
薬研が心底めんどくさそうに吐き捨てる。
「ほら、さっさと戻して下せぇ」
男の襟を掴んで立ち上がらせる。
「フフフ、隙ありーっ!『LET’S!アンチエイジング』ー!」
男が叫ぶが、薬研は何も変化しない。
「術が、効いてなっ……⁉︎」
言い終わるより早く、男の側頭部に回し蹴りが入る。
「ごあっ!」
「ご安心を。アンタの術はきっちり効いてるよ」
薬研が顔を上げる。
「ただねぇ、生憎こちとらン百年生きてんだよ。たった15歳ぽっち巻き戻った所で屁でもねぇのサ」
「そ、そんな……」
地面に這いつくばって見ると、まるで面が笑ったように見えた。
その頃、
「俺は、一体何を……?」
「あれ?うち、お買い物に行ってたはずなんやけど」
「おお、元に戻った!」
帆斗が両手をあげて喜ぶ。
「ほうら。薬研さん、ちゃんとお仕事してくれたでしょう?」
「そうですね」
環と桜子は顔を見合わせて微笑んだ。
「えっ何⁉︎なんで池⁉︎なんで全裸なの、俺ー⁉︎」
ただし、元気に駆け回っていた清森は大いに困惑していた。
「自分で脱いだんでしょうが」
「はぁ⁉︎覚えてないんだけど⁉︎」
「いいから早く服を着なさいな」
その様子を、薬研は玄関で笑って見ていた。
「ま。兎にも角にも、これで一件落着でございやすね」
「ちをふいてからいえ」
「タハハ」
2023年7月
所謂「お約束回」です。
普段はお茶飲んでばっかりの薬研が珍しく戦闘する回ですね。
幼児化した武は、火村の養子になった直後の武くんです。可愛いですね。
チビだった頃の清森はすっぽんぽんで海にダイブしてたので、その流れで池ダイブをしています。
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