とわずがたり〜かみよもきかず外伝〜

鴻 黑挐(おおとり くろな)

激闘⁉︎言霊師VSトロピカル因習アイランド

 奥多摩山中の火村ほむら屋敷。敷地内にけたたましく半鐘はんしょうの音が鳴り響く。

「お、モノノケか」

たけるがPCから顔を上げる。

「珍しいな、真っ昼間だぞ」

清森きよもりが自室から出てきた。

「騒がしいな、全く。……はあ、二ヶ月ぶりの休日だったのだがな」

守ノ神もりのしんがため息をついた。

「これ、右手さんが書いてくれた地図。ここから近いね」

武たち三人が広間に行くと桜子さくらこ座卓ざたくに地図を広げていた。

「早う行きましょ!」

唄羽うたはが息巻く。

「んじゃあ、行きますか!」

清森が唄羽に応える。

「元気だな、お前ら……」

武が呆れたように言った。

 唄羽が胸元に黒色の短刀――守護刀まもりがたなを構える。

「『祖より下りて鳳凰ほうおう麒麟きりん四神しじん八方はっぽう五行ごぎょう。我はみやこより来たりし手奈土てなづち言霊師ことだまし。宿せし気は、授かりし名は唄羽なり』!」

口上こうじょうを唱えると唄羽の体が光に包まれ、調伏ちょうふく装束しょうぞくを身にまとった。

 赤い襦袢じゅばんに黄色の小袖こそでと緋色のスカートタイプの袴。足には白い脚絆きゃはんを巻き、履物は足袋たび草鞋わらじになっている。顔は雑面ぞうめんで隠されていて、面には手奈土家の家紋が書かれている。

 他の四人も口上を唱え、調伏装束に着替えた。

「さあ、行くよみんな!」

桜子が気合いを入れる。

「はいっ!」

「おう!」

「行こう」

「おー……」

言霊師たちはモノノケの元に向かった。


 関東某所。

「おっかしいなー。この辺にいるはずなんだけど」

清森が周りを見渡す。

「うーむ、モノノケの気配はあるんだがな」

守ノ神も首を捻る。

「せやったら、あるいは姿の見えないモノノケかも……⁉︎」

突如として周囲の風景が市街地から南国に変わる。

「しまった、結界か!」

守ノ神が叫んだ。

「げっ、服もいつものに戻ってんじゃん」

清森が自分の服を見回す。

「武装解除と結界って……。相当やばいんじゃない?今回のモノノケ」

桜子が心配そうに言う。

 困惑する言霊師たちを、南国風の服を着た人々が取り囲む。

「〆♪€#!〆♪€#!」

日本語の音声をサンプリングしてむちゃくちゃにミキサーにかけたような、意味不明な言葉だ。

「見てください清森さん、何や歓迎してくれはってるみたいですよ」

「おい唄羽!のんきな事言ってんじゃねえ!ここはモノノケの腹の中だぞ⁉︎」

「カリカリするなよ清森。カルシウム足りてる?」

武はビーチチェアに寝そべってココナッツジュースを飲んでいる。

「お前は逆にくつろぎすぎだろ!ふざけんのはそのクソTシャツだけにしとけよ⁉︎」

「ハハハ、みんなもこっち来いよ〜」

武が他の四人を手招く。

「全く、アイツ……」

「まあ待て桜子。武なりに考えがあるんだろう」

武の周りに四人が集まる。

「……ここはおそらく『因習村』だ」

武が愉快なデザインのサングラスを下ろして囁いた。

「インシュームラ?」

唄羽が首をかしげる。

「ああ。ホラーの舞台でよくあるヤバい村だ。見たところここは南国の島だから……さしずめ『トロピカル因習アイランド』か」

「名前はともかく。その『因習村』というのは一体どんなものなんだ?」

守ノ神が尋ねた。

「色々パターンはあるけど。外から来た客を生け贄にしたりとか、外から来た客が村に封じられたヤバいものの封印を解いちゃったり」

「それで?このモノノケを倒すにはどうしたらいいの?」

桜子が武を問い詰める。

「んーと。映画だと、だいたい外から招かれた客がみんな死んで終わる」

「ふーん。……ダメじゃねーか!」

「落ち着け清森。策はある」

「策ぅ?」

「ああ。……おそらくこのモノノケは、人間を招き入れて『全員死んで終わるホラー映画』みたいな行動をさせる。そして生け贄になるとか、それに近しい状況まで追い込んだところに本体が出てきて人間を喰うんだろうな」

「つまり?」

「みんなでこの島をエンジョイする!そして本体が出てきたところで核を叩く!以上」

そう言うと武は再びココナッツジュースを飲み始めた。

「ほな、うちは島をぐるっと探検してきます」

唄羽はワンピースの裾を翻して走っていった。

「なるほど一理あるな。よし、遊ぶか!行こう桜子!」

「やったー!シンくん、あっちに屋台あったよ!」

「屋台か!行こう!」

守ノ神と桜子は腕を組んでウキウキで島に繰り出していった。

「くそー、リア充め……」

武がつぶやく。

「まあ、守ノ神アイツ超人気演歌歌手だし。あの夫婦が堂々とデートできる機会とか皆無だし。許してやれよ」

清森がそっと武の肩を叩いた。


 ココナッツジュースを飲み終えた武が立ち上がる。

「よし。じゃあ俺はフラグ探しに行ってくる」

「フラグ探し?」

清森が困惑する。

「うん。ほら、よくあるだろ。ほこら壊しちゃったりとか、聖域で馬鹿騒ぎしたりとか」

「あー。よく出てくるよな、そういうアホ」

「それを全部やる」

「はぁ⁉︎」

あまりにも突拍子のない提案に、清森は素っ頓狂な声を上げた。

「止めてくれるな!Let's!祟られRTAじゃーい!」

武はものすごい勢いで走り出して行く。

「ちょ、待てって!」

清森の制止は全く意味をなさなかった。

「はぁ……。一体どうしろってんだよ」

頭を抱える清森の肩を誰かが叩いた。

「♪4€(!♪4€(!」

いつの間にか島の人々に取り込まれていた。人々は酒の入った壺を携えている。

「えっ何、宴会⁉︎いや俺まだ18ですけど!未成年!ノーアルコール!あっ聞いてねぇなコレー⁉︎」

抵抗も虚しく、清森は宴会の席に引きずられていった。


 一方その頃。

(うーん、ちょっとまずっちゃったかな)

桜子と唄羽は丸太小屋の中に閉じ込められていた。

(両手を背中で縛った上に、口を塞ぐめん。モノノケのくせに言霊師対策をしてくるとは)

面の隙間から周りの様子を見渡す。唄羽も桜子と同じように拘束されていた。

(シンくんと露店を見てたら私だけ路地裏に案内されて、その後意識が飛んで。……私たちをここに閉じ込めて、一体何をしようっていうの?)

小屋の中に人々が入ってきた。男ばかりだ。

「→…+〒(」

「☆☆→…〒」

男たちが桜子に群がる。

(嫌!やめて!離しなさいよ!)

叫び声をあげようとするが、口に詰まった木材がそれを邪魔する。

「〜〜!(このっ……!)」

桜子は男を蹴り上げた。ジーンズを剥ぎ取られたが、そんな事を気にしている場合ではない。

「〜〜!〜〜!(私はともかく、唄羽に指一本でも触れてみなさい!その脳天かち割ってやるから!)」

回しり、かかと落とし、ひざ蹴り。桜子はゾンビのように群がってくる男たちを次々と蹴散らす。

(量が多い、さばき切れない!唄羽は……)

唄羽は床に横たわっている。起きてくる気配もない。

(ダメ、戦力外!私一人でやらなきゃ!)

とはいえ、男数十名対桜子一人では分が悪すぎる。蹴りのするどさも疲労でどんどんにぶっている。

「っ……⁉︎」

男の手が桜子の足首をつかんだ。

(蹴りが止められた⁉︎)

抵抗できない桜子の素足すあしを、男たちの手がで回す。

「〜〜!〜〜!(やめて!やめてってば!)」

桜子が悲痛ひつうな叫びを上げるが、男たちは意にも介さない。


 その時だった。

「おらいおがださわっしゃするたぁえらいふりだな、ハ(訳:私の妻に手を出そうとは良い度胸どきょうだな)」

とびらを蹴破って鬼の形相ぎょうそうの守ノ神が入ってきた。

「このあんこたれどもが!おだずなや!(訳:このれ者どもが!恥を知れ!)」

守ノ神は雄叫おたけびを上げながら、両手に持った農具で男たちをぎ倒していく。

桜子さぐらこ!あんべわるぐねか!(訳:桜子さくらこ!無事か!)」

桜子は守ノ神の目を見て頷いた。

「んだばえがった(訳:そうか、良かった)」

守ノ神はほっとしたような声で呟く。

「%÷!」

「やがまし!」

背後から襲いかかってきた男に、目線すら向けずにくわを振り抜く。

「$(々+€ー!」

致命傷ちめいしょうを食らった男は黒い粒子になってかき消えた。

「無事か唄羽ーっ!」

乱戦らんせんのど真ん中に武が屋根をぶち破って落ちてきた。

「〜〜〜!(アンタねぇ、せめて玄関から入ってきなさい!)」

「お、あねさん。ご無事で何より」

軽口を叩きながら武は桜子の面を外した。

「私の事はいいから、唄羽を!」

「言われなくても!」

武が唄羽をかばうように滑り込む。

「散れ散れ!『続きはファンボックスで!』はゴメンだぞ、俺は!」

武は眠っている唄羽をかつぎ上げて小屋の外に脱出した。


 島は大混乱におちいっていた。

「おーおー、だいぶ終盤の絵面えづらだな」

(そろそろ本体が出てくるはずだな)

武が周囲を見回していると、全裸ぜんらの清森が全速力で走ってきた。

「武ーー!助けてくれーー!」

「どうしたトロピカル全裸マン」

「酒飲まされて、起きたら裸で、は、裸の女の人が」

「わかったわかった昏睡こんすい逆レだな」

武は泣きじゃくる清森を適当にあしらう。

「清森、泣いてるヒマがあったら唄羽預かっててくれ」

「うえっ?うん……」

清森に唄羽を預けた直後、空に巨大な骸骨がいこつが現れた。

「あーもう、このタイミングでお出ましかよ!」

武が二人から距離をとる。

顕現けんげんせよ!『アルティメットハイパーブレード』!」

武の手に巨大な蛮刀ばんとうが現れる。真っ赤な刀身に山吹色やまぶきいろの持ち手。そして長さは武の背丈ほどもある。

「一気にスピード解決だ!」

武がアルティメットハイパーブレードを振りかぶる。

「『消し飛べ』!ウルトラグレートファイナルバスターーッ!」

刀を振り下ろすと斬撃ざんげきのビームが放たれ、骸骨に直撃する。

ちりも残さず消え失せな」

モノノケの断末魔だんまつまが島に響き、結界が崩壊ほうかいした。


 火村屋敷に戻ってきた言霊師たち。

「うう、あんなに取り乱して……。恥だ、無様だ、一生の汚点だ……」

「落ち込んでる守ノ神珍しいな、動画動画」

「やめてやれよ武」

もだえる守ノ神を男子二人が取り囲んでいる。

「聞いてよ薬研やげんさん。今回のモノノケさぁ……」

「ハハハ、そりゃあ災難でございやしたね」

一方の女子たちは屋敷のお手伝いさんと談笑だんしょうしていた。

「それで?手奈土てなづちのお嬢さんはどんなご活躍をなすったんで?」

「うちですか?」

唄羽が考え込む。

「うーん……。お腹いっぱい食べて、いっぱいお昼寝しました!」

「そうですか。そりゃあ良かったですね」

「はい!」

元気に返事した唄羽のお腹が大きな音を立てて鳴った。

「あっ、すんません……」

「あははっ。まあ、モノノケの結界は幻覚げんかくみたいなもんだから。あ、私ももうちょっと食べときゃ良かったな。せっかく太らないで美味しいもの食べまくれるチャンスだったのに」

広間のふすまが開いて、着物の女性が声をかける。

「皆さん、ご飯ができましたよ」

「はーい!」


 これが言霊師たちの日常。彼らはこうやって、人知れずモノノケから人々を守っているのです。


2023年4月

いつものあの界隈の流行りに乗りました。

普段あまり動いてくれない桜子や守ノ神をたくさん動かせたので楽しかったです。

のしさく夫婦もてぇてぇのですが、その話はまた次の機会に。

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