憎しみの螺旋

賀来リョーマ

第1章、襲来

第1話「ヒューマノイド」

『緊急襲撃速報、緊急襲撃速報。超大型ドロイド兵機『タイタン』の出現を確認。–––住民の皆さんは、直ちに防空壕へ避難してください。もう一度繰り返します。超大型ドロイド兵機――――――。』




––––––––––俺たちは、あまりにも無知だったんだ。奴らが何者で、俺たちの存在が何であるのかを。


そして、思い知らされたんだ。世界の真相を、人類の真実を。


【二ネン前】


「なぁケイ、またトウキョウでヒューマノイド事件だってよ。今年に入って何件目だろうな。どうするよ?ここも襲われたら。」

「今中は本当にそういうの好きだな。ヒューマノイドが狙うのなんて主要都市だけだろ。こんな何もない田舎襲ってどうするよ。」

 あくびが出る話だ。人間によく似た機械『ヒューマノイド』がどうも人類を騒がせているらしい。らしい・・・というのも、それは俺たちのような田舎者にはどうも関係のない話のようで、奴らは世界の主要都市だけで事件を起こしている。それも大規模なテロなどではなく、発電所を一時的に乗っ取っただけの事件だ。誰が何の目的でやっているのかは未だに分からないが、あまりにも世界で多発しているため、宇宙からの侵略者だのなんだの、訳の分からない噂がネットでは絶え間なく流れている。


 今この世界は、『ヘルシャフト』によって制御・管理されている。ヘルシャフトと呼ばれるその超高性能コンピュータは、政治・経済など、人類維持のために必要なあらゆることに関して、その最適解を演算によって導き出し、各地域に提供し続けている。紛争や災害が起ころうが、このヘルシャフトによって世界は最適な道へと修正される。

 仮にヒューマノイドが世界の主要都市を抑えようとも、世界の支配権を奪うことなどできない。ヘルシャフトがある限りは、世界が元通りになるのだから。

「でもさぁ、ヒューマノイドなんて使って誰がなんのために発電所なんか攻撃してんだ? ちょっとだけ乗っ取って、一日も経たずに元通りなんてよ、おかしな話だと思わね?」

「おかしいね、おかしいけど。わかる必要なんてないんだよ、ヘルシャフトはこの件に何も関与してこない。つまり、何もする必要がないってことだ。」

「そんなもんかねえ。」

「そんなもんだよ。」

「ヘルシャフトってさ、なーんか不気味だよなぁ。何考えてるかわからないっていうか何ていうか。」

「そりゃあAIだからな。人智を超えた存在ってやつだよ、俺らに分かるわけない。」

「そんなんでいいのか?俺は時々腹が立つんだよな、あいつのいう通りにすると、ことが全部うまく運ぶ感じ。」

「いいことじゃないか、何の問題もない。」

 今中の言う通り、ヘルシャフト主導の政策が失敗した事例は一つも聞いたことがなかった。昔、『国』と呼ばれる地域があった頃は、国と国とで戦争が起き、多くの人々が命を落としたのだという。今となっては信じられないような話だが、当時は『人を殺す』という行為は犯罪ではなく、国を守るための正当な行為として認められていたらしい。俺たちの住む世界では、殺人なんて起こりようがないし、想像もできない。このように世界が変化したのは、ヘルシャフトが世界を統治し始めてからである。それから人類は、ありとあらゆる決定をヘルシャフトへと託し、今に至る。確かに、今の人類はヘルシャフトを盲目的に信じすぎている節はあるが、それはこれまでその『唯一無二のAI』が導いてきた決定の結果としては妥当であった。

 

 

 

 

 

【一ネン前】

 


 3月も中旬になり、マフラーを巻いて登校するほどの季節ではなくなってきた。俺のなんの変哲もない高校生活は、明日で終わりを迎える。進学するにしろしないにしろ、それぞれが別の道を進むことが決まり、いよいよ卒業を間近にしたクラスは少し浮き足立っているように感じた。

「おーい久坂! これ見てよ!」

3年間同じクラスの今中が図々しくも、屈託のない笑顔で呼びかけてくる。彼は途中他の女子生徒の机に足をぶつけては、すまんすまんと手振りだけでその女子生徒に謝り、急いでこちらへと向かってくる。彼は、手に何やら赤く輝くものを持っていて、それを見せにきたようだ。

「なんだよそれ?」

「聞きてえかぁ? ふふふーん! これはなぁ、ヒューマノイドの核っていう代物らしいんだけど、」

彼は顎の下に手をやり頷きながら、自慢げに赤く光るそれをもう一方の手で掲げる。

「ヒューマノイドの核?何だそれ。そんなのなんでわかるんだよ、てかなんでお前はそれを持ってるんだよ。」

「親父が林業やっててさ、なんか赤え珍しい光り方してるもんがあったからって、拾ってきたらしいんだよな。」

「それで、なんでそれがヒューマノイドの核だってなるんだ?」

「いや、それはネットで調べてそれっぽい記述あったからそうかなと、、な。」

「なんだよそれ、くだらな。」

今中はスマホをポケットから取り出し、例の記事を見せてきた。確かにその記事の写真に映るものは、彼が手に持っているそれだし、ヒューマノイドの核だなんだという記述もある。しかし、仮にそうだとしてなぜそんなものが森の中にあるのか。

「それ、お前が持ってていいもんなのか?」

「いや、わかんね、ダメかもな。」

疑問はいくつも浮かんだが、何となくではあるが考えないほうが良いような気がした。そんなことを思っていると、今中がすぐに話題を変えた。

「そういや、明日卒業式だよな! ユウナちゃんに何かプレゼントでもするのか?」

「いや、特に考えてはないな。まあ、休み中にどっか行こうとか、そんくらいは話してるけど。」

「ほーんそれはいいなぁ。俺もレナちゃんに何かあげようかなぁ。」

「キモがられるだけだからやめとけよ。」

そんな酷いこと言うなよ、としょんぼりする今中を見て、思わず俺もニヤリとする。それを見て、また彼が笑う。この何か作られたようで、何気ない高校生活も、明日で終わりだ。

 

 

 高校の卒業式というものは案外味気ないもので、小中学校に比べて友達と離れる寂しさとか、そういったものがあまり湧いてこない。もっとも、それは俺みたいな冷めた人間に育ったやつに限った話で、周りの女子はワンワン泣くし、男どもは膝に肘をおき手を額に添えてすすり泣いている。どうせまた誰かしらが『同窓会やるよー』とか号令をかければすぐにでも会えるというのに、卒業という言葉が、『最後』という言葉がそんな涙を誘うのだろう、きっと。そんな第三者みたいな思考を巡らせながら、来賓だの校長だのの長ったらしい話の時間を乗り切り、卒業式は終了した。

「やっほーケイ! 今中くんも!」

今中と2人で校門近くで喋っていると、中学からの同級生の彼女が手を振って走り寄ってきた。

「おっユウナちゃん! 目の下赤いね。」

「いやぁさすがに泣いちゃって。」

「久坂に慰めてもらえよぉ。」

「そうするね、ふふっ。」

「だってよ、彼氏くんよお、羨ましい!」

今中はそう言いながら、加減のできないデカい手でバチんと俺の背中を叩いてくる。流石に『いっっって!』 と周囲の人間が振り向くほどの大きさで叫んだ。しかし、ユウナはただ微笑みながらこちらを見ているだけだ。『いや助けろよ、、、。』と表情で訴えかけたが、彼女はそれに気づいた上で、ふふふっ、とさらに笑みをこぼした。それを見て俺は呆れながら笑いをこぼした後、ドヤ顔で立つ今中に不意打ちの反撃を仕掛けた。

 俺は仰向けになって倒れていた。視界がぼやけているが、今中に返り討ちにされたみたいだ。桜の花が、上から左目の横へとこぼれ落ちてきた。汗で濡れた肌に、ぴたりと花びらがくっついて離れない。俺の高校生活は、終わってしまったようだ。

 

 

 

「お前さっき泣いてたよな、久坂くん?」

「まぁ、ちょっとな。」

「なんだよ、そこは『ちげぇよ!ちょっと汗かいただけだし!』とか言えよ、、、、。」

「お前は俺に何を期待してるんだよ、、、、。」

結局のところ、俺も卒業式の流れというか、魔法というか、そんな雰囲気に流されてしまったわけだが、またこうして肌寒い最後の通学路を帰っていると少し冷静にもなる。家も近く大学も実家から通う今中とは、またすぐ会えることを再認識し、先程の涙が悔やまれるようになった。

 

「そういや、昨日言ってたヒューマノイドの核とかいうやつ、あれ結局どうするんだ?」

そう言うと、今中はガサゴソと鞄の中からそれを取り出した。

「あぁこれな、どうしようかなぁ。綺麗だし、家に飾っとくかな!」

「いや、流石にやめとけよ。危険なんじゃないか?」

本当にその赤い塊がヒューマノイドに関わるものなのかは置いといて、持っていて安全なものであるという保証はどこにもなかった。それに、何だか嫌な予感がしていた。

「ヒューマノイドの核?」

ユウナが不思議そうな目をして、その赤い塊を見つめながら尋ねた。

「そう、これが2年前、各地で起こったヒューマノイド事件で使用されたヒューマノイドの核らしいんだよね、綺麗でしょ。」

「本当だ!すっごい透き通ってるね。こんなの初めて見たよ。触ってみてもいい?」

「おう!いいよ!」

彼女が手を伸ばしそれに触れた。その瞬間だった。

 

『–––––––––––––––ドロイド=シヴァ・起動準備–––––––––––––––』

 

「ん? 久坂なんか言ったか?」

「いやなんも、、、って、今中! それすごい光ってるぞ!」

「うわマジだなんだこれ! しかもすげぇ熱くなってきたぞ。」

「今中くんそれ危険! 投げてっ!」

彼がそれを思い切り宙へと投げると、赤い光はさらに輝きを増し、俺たちはその光に視界を奪われてしまった。そして、次の瞬間に、『奴』が現れたんだ。

 

『–––––––––––––––ドロイド=シヴァ・起動しました–––––––––––––––』

 

とてつもない爆風に、俺たちは身を寄せ合い、吹き飛ばされないよう必死で耐えることしかできなかった。そして、皮膚を引き剥がすような風が止み目を開けると、4本もの腕を携えた化け物がいくつもの家を踏み潰し、そこに立っていた。

「やばい、、、、こいつはやばいって! 早く逃げるぞ久坂! ユウナちゃんも!」

「うん、、、!」

奴は無数の手から光線のようなものを次々と放っては、街を焼き尽くしていく。目の前で起きていることがあまりにも突然で、恐怖を感じる暇すらなかった。俺はただそこに立ち尽くし、奴と消えていく俺の街を見ていた。

「おい何やってんだ久坂! お前も殺されるぞ!」

デカい手が俺の頬に強く当たった。数秒が経ち、それは俺がよく知る手だと気づき、ようやく正気へと戻った。

「そうだな、今は逃げよう。」


 走って、走って、走った。

もう俺たちの走っている道も炎に包まれている。

人が死んでいる。

あぁ、数時間前に見た顔だ、名前は覚えてないけど、卒業生だったかな。

あぁ、あの人はいつも行ってたコンビニの店員じゃなかったっけ。

もう顔がはっきり見えないから正確には分からない。

それは、死んでいる人の顔があまりにも生前のそれとはかけ離れているからなのか、あるいは俺の視界が死んでいるからなのか。

そんな人々を見つけては目を逸らし、今日で最後だったはずの学ランの袖で目と鼻を拭いひたすら走った。

ひたすらに走り続けると、暗くてもう何も見えないところまで来た。スマホの灯りを照らし、俺たちは互いが生きていることを確認し、ただ泣き崩れた。

 

 

 突然姿を現した『大型ドロイド兵機=シヴァ』の存在は大々的に報じられた。それは出現しては街一つを一瞬にして焼き尽くしたが、5分も経たないうちに突然姿を消したのだという。死者・行方不明者は千人を超え、目的も手段も不明な大量虐殺は、世界中の人々の心に恐怖を植え付けるには十分なものであった。

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