泥田坊

やざき わかば

泥田坊

商売に成功した俺は、子供の頃から興味のあった農業に関わることが出来ないかと思い、畑と田んぼを購入した。とりあえずの実験地として、ここでいろいろ試してみるつもりだ。


購入地の隣近所にあいさつ回りをしていると、数件目のお宅で不穏な噂を聞いた。俺が買った田んぼに、夜な夜な怪奇なものが現れるという。訳わからない叫び声を上げ、一晩中田んぼの中を徘徊するのだという。


あまり気にせずあいさつ回りを済ませ、いよいよ本格的に、敷地内の設営を行う。


敷地内に休憩所兼仮眠室とトイレ、シャワーは絶対に欲しかった。ここに泊まることも視野に入れていたからだ。業者さんも良い仕事をしてくれて、綺麗な拠点が出来上がった。ちょっとした別荘だ。


俺は小ぢんまりとした家具やパソコン、プリンタなどを持ち込み、ここでも仕事が出来るようにした。


さて、もうすっかり日も落ちてしまった。今日はここに泊まるとしよう。先程近所の商店で買ってきた惣菜と酒で、一人祝杯を上げ早々に布団に入った。


夜中、どこからか声がして目が覚めてしまった。声がするのは敷地内、それも田んぼのあたりのようだ。先程のお宅の件だろうか。少し怖いが、買ったばかりの田畑で訳の分からない者に好き勝手させるわけにはいかない。


俺は上着を着込みヘッドライトを装着し、外に出た。


すると、田んぼの真ん中で「田をかえせ、田をかえせ」と叫んでいる者がいる。ヘッドライトで照らすと、人間の形をしているものの、明らかに人間ではないものが田んぼの中心で田んぼへの愛を叫んでいる。


待てよ…。そうか、これは泥田坊だ。昔々、息子のために田んぼを遺して死んでしまった老人がいたが、その息子は毎日酒を呑んで遊び呆け、農業を蔑ろにする放蕩息子に育ってしまい、その恨みを「田をかえせ」と夜な夜な叫んで表したとされる妖怪だ。


辛かったろう。良かれと思っていろいろ用意したのに、全てを台無しにされたのだ。


その瞬間、俺は泥田坊に恐怖を一切感じなくなった。俺は泥田坊に駆け寄り、「田んぼを返してほしいのか?」と聞いてみた。明らかに泥田坊は驚き困惑していたが、「返してほしい」と答えた。


「わかった。しかし今は夜中で詳しい話も出来ない。明日、昼間に来てくれるだろうか」

「昼間は苦手なんだが…わかった。次は日が高い内にお邪魔しよう」


次の日、泥田坊は約束通り昼間に俺の前に現れてくれた。そこで俺は泥田坊に自分の正体を明かした。


「実は俺は数々の企業の立ち上げや経営再生を成功させてきた経営コンサルタントだ。スタートアップ案件も数多くこなし、全て成功させてきた。最近は仕事が安定してきたので、子供の頃から興味のある農業に携わり、何か出来ないかとこの田畑を購入したんだ。泥田坊、君は元々農業者だろう。俺に力を貸してほしい」


泥田坊は意味を理解していなかった。


「あー…俺は豪農。君を雇いたい。OK?」

「…田はかえしてくれるのか?」

「田畑の実質監督者は君だ。俺は手伝いとして君に従うから、農業のイロハを教えてほしい。それからは農場経営の裏方にまわるから」

「喜んで」


こうして俺と泥田坊の共同経営は成った。


興味があるとはいえ俺は初心者だし、泥田坊は現代の最先端農業に手間取っていたようだが、さすが元々農業に携わっているだけある。メキメキと実力を上げているのが素人の俺でも解る。


何より、人間の三倍は働く。疲労することがないようで、常にイキイキとしている。しかもとくに休憩や食事も必要ないようで、放っておいたら一日中働いている。さすがにそれはいけないので、確実な休憩をとらせた。俺もいろいろと話を聞きたかったから、というのが本音だが。


それと、御神酒を朝昼夕とお供えしておいた。満足してくれているようである。


田んぼに余裕が出来てきたので、隣の畑でも野菜を作り始めた。ここでも泥田坊はよく働く。実験用に買ったはずの田畑が、またたく間に実りある立派なものになった。


種子の配合によるオリジナルブランドも、二人三脚でやってきた。美味しいレタスが出来たと思う。


予想よりも早い段階で、農協に入り利益も確実に上がってきている。

敷地を広げ、泥田坊のために家を作った。家と言っても御社のような感じだが、とても喜んでくれた。


あの「田をかえせ、田をかえせ」と訴えているだけの泥田坊はもう存在しない。

今居るのは、さわやかに汗をかき、農業と収穫の嬉しさに顔をほころばせる俺の仕事仲間だけだ。


ちなみに彼は最近、しきりに「嫁がほしい、嫁がほしい」と言っている。

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泥田坊 やざき わかば @wakaba_fight

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