加護-2
残りの講義が終わり帰路に着く。大通りを三人で歩く中、シーナは大きく溜め息を吐き出した。
「ねぇマグ、ノリア。さっきの話なんだけれど」
「さっきの話? ああ、もしかして加護の話か?」
「ええ」
マグはシーナの意図を察すると「家で話そう」と返答する。その隣ではノリアも口元をぎゅっと結んでいた。
若干、話したい『欲』のようなものが見え隠れしていたが。シーナと目が合ってノリアは苦笑する。
帰ってから話さなければならない理由をマグへ尋ねると、二人曰く「秘匿しなければ危険が伴う」とのこと。左手の指輪模様を見つめ、シーナはごくりと唾を飲み込んだ。
陽は傾き、空は茜色に染まる。空へ
「目指すは魔法薬をマスターすること。加護だか何か知らないけれど、かかってらっしゃい!!」
指の隙間から差し込む夕陽に向かってシーナは宣言してみせる。
すなわち、どんな試練が来ようと乗り越えてみせると。
「おーい、早くしないと置いていくぞ」
「シーナさん、早く行こ」
すっかりと置いていかれたシーナ。眼前では二人が大きく手を振っている。さながら
「うん、今行くわ!」
家へ到着し夕飯を済ませる。食器を洗い全てを終えると、兄妹はテーブルの椅子に座った。そして二人の向かいに着席するシーナ。
早速、質問をする。
「加護って一体何なの?」
「加護っていうのは認めた者に対して精霊が与える力の一部だ」
「精霊の、力?」
マグの説明にシーナの双眸は見開かれていく。
「シーナさん、精霊に認められることは確かにすごい。でも、だからこそ社会的に危険が付き纏うの」
「そうだな。具体的には……精霊を信仰する国々に拉致されるとかだな」
「ちょっと怖い事言うのやめてよ!?」
両肩を抱くように身を引くシーナ。
この場にシニカがいればニンマリと笑みを浮かべていただろう。この場にいなくてもシニカは魔法で眺めているだろう。
そんなシニカの姿が目に浮かび、シーナはどこか安心感を覚えていた。マグはシーナの傍まで近づくと、両肩に手を乗せて視線を合わせた。
「シーナ」
「っ!? は、はいっ!?」
マグの突飛な行動に思わず、上擦った声が漏れる。赤面するシーナと真剣そのもののマグ。
顔が近い。唇と唇がくっついてしまいそうな距離である。シーナはゆっくりと唾を飲み込んだ。
「加護のことは絶対に口外しないこと。気をつけてくれよ」
「え、ぁ……あぁ。分かったわ」
不機嫌そうに俯くシーナの様子にキョトンとするマグ。
「はぁ、お兄ちゃん。私のいる前でキスでもするつもりだったの? 全くこれだからお兄ちゃんは……」
と、呆れ顔のノリア。
シーナの顔とノリアを交互に見つめて、自身の犯してしまった過ちに気がつく。
――気がついてしまったのである。
途端に湯立つ顔と速くなる鼓動。焦りに滲み出す冷汗。マグの様相は二転三転する。
「ごめん」
内心で一悶着があったのだろうか。マグの口から発せられた言葉は「ごめん」の一言だけであった。
「……ごめん」
「うん」
シーナは俯いたまま、謝罪を受け入れる。
***
数日明けて、ゲオルグはシーナを訪ねた。深々とフードを被り、ローブの袖先から杖が顔を覗かせている。
目元は窺い知れず、傍から見れば怪しい人物であることに違いはない。
何故家の場所を知っているのか。シーナの顔色は若干青ざめていた。
すると、ゲオルグの淡々とした答えが返って来る。
「家の場所はリンフィア殿に伺った。件の話は家の中で説明したい。入ってもよいか?」
「えぇ、どうぞ……」
シーナはゲオルグを招き入れた。リビングの椅子にそれぞれ腰掛けて、早速ゲオルグは本題を提示する。
「さて、加護のことだったな。まずは儂の精霊をここに呼ぶとしよう」
ゲオルグは杖を空中へ掲げ、魔法を唱えた。すると魔法陣の中から、スルリと何かが顔を出す。水色の肌と半透明の身体、人の姿を
「やはり先生は、精霊使いだったんですか?」
「ああ、そうだとも」
マグの問いに大きく頷くゲオルグ。精霊に何かを伝えているのだろうか、手先で杖が弾んでいる。
やがて精霊はシーナへ目を合わせる。
「これから儂の精霊がシーナさんに話をしてくれる。心して聴くと良い」
「はい、分かりました」
シーナは一度、深呼吸する。心の準備を整えると精霊の話へ耳を傾けた。
――。
――――。
精霊と交信するシーナ。言語は分からないにせよ、その意味合いは自然と解る。加護の詳細を伺うと、シーナは目を見開いた。それからまもなくして、その目には影が落ちることとなる。
「儂からの話は以上だ。そろそろお暇させてもらうとしよう」
ゲオルグはすぐに身支度を整えて、帰路に着いた。
シーナが賜ったのは【救済の加護】。その精霊曰く、自分以外の誰かを救おうとした時に力を貸してくれる――とのこと。
マグとノリアは大層喜んでいたが、シーナの表情は暗い。
その夜、ひとり自室のベッドサイドに腰掛けるシーナ。指を丸め込み、両手を膝上に乗せる。
「魔法薬について学びに来たのに、精霊の加護で解決してしまうなんて……悔しいわ」
とても喜ばしいことではある。しかしそれ以上に、自分のゴールが別の形で達成されてしまったことが悔しい。
シーナは人助けのため、魔法薬を学びにヨークインまでやってきた。しかし魔法薬の講義はまだ始まってすらいない。精霊の加護で解決してしまうのなら、北の大地までやって来た意味も揺らいでしまう。
「はぁ」
ベッドに横になる。天井へ手を伸ばし、シーナは紋様を眺めていた。紋様の中に精霊がいて話しかけてくれる訳でもなく、振り子時計の音色が響くだけである。
重くなる瞼にシーナはそっと目を閉じた。
森の導の植物少女 文壱文(ふーみん) @fu-min12
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