毒は時に金なり-2
誰もいない部屋の中、幅広の桶に水を張り火で温める。
ぐつぐつ煮えることのないように軽く熱する。人肌ほどの温度まで達したところで魔法を止めた。やがて服を脱ぎ捨てて湯につかりため息をつく。吐息が湯気にぶつかりくるくると回る。
「はぁ、温まるわぁ」
温まりながらふとこぼすシーナ。細い肩が水面から顔を出している。膝を両腕で抱え込み顎先を湯につけた。部屋の天井には洗って干された自身の服。ショートパンツの裾から滴り落ちた水滴がピチャリと鼻先へ。シーナは人差し指で自身の鼻を拭った。「そろそろ頃合い」といったように、湯船からあがる。乾いた布で水滴を拭い、替えの服に袖を通す。
そして部屋の扉を開けて、シーナは声をかけた。
「エルノさん、湯船を貸してくださりありがとうございました」
「別にいいんだよシーナ。それよりも……マグの様子はどうなんだい?」
エルノ──女将の質問にシーナは言葉を詰まらせる。
日に日に咳症状が悪化している気がするからだ。顔に表れていたのか、エルノはそれ以上追求することはしなかった。
「薬を作っているんだってね。頑張りなよ、シーナ」
「はい!」
「とりあえずアンタの服はここで乾かしておくから、ひとまずそれを着ておきな!」
今着ている服を指差してエルノは笑みを浮かべる。シーナはペコリと一礼して、すぐに薬を保管している小屋へと向かう。残るは土汚れの洗浄や粉末を鍋で煮込む──いわゆる最終段階である。
土を水洗し、水気を完全に飛ばす。風魔法で細かく刻んだ後、粉末となった薬を混ぜ合わせる。すべて混ざり切った頃には緑色とも褐色とも呼べない、いかにも「薬」といったような色合いとなっていた。
鍋の中に水を張り、粉末を投げ入れる。乾燥によって濃縮された苦味、辛味、エトセトラ。それらすべてが水中に溶け出した。
水面はどす黒く、特徴的な芳香がシーナの鼻をツンと刺す。
シーナは顔を顰めた。
──つまるところ、とても臭いのだ。
「はぁ、いつまで経っても慣れないわ……!」
立ち込める湯気の中に顔を覗かせているせいか、頬や首筋を汗が伝う。
重苦しい湿気、高い室温、そして悪臭。シーナからすれば、息を吸うのも嫌になる環境。
じっくりと煮込み、余分な水分を飛ばす。水気を完全に飛ばして
コトコトと音を立てて沸騰を始めたところで、魔法陣の出力を弱めていく。鍋からコップ一杯分を匙で掬い、鍋に蓋をする。
「よし、完成よ!」
出来上がった薬の一杯目をお盆に乗せ、マグの所へ運ぶ。小屋を出て、マグが休んでいる住居のところまで。移動中に顔を顰めるエルフ達が数人いたが、それに気づく余裕を持ち併せてはいなかった。
スタスタ大股で歩き、マグの眠る部屋の前までたどり着くと扉をノックする。
コンコンという物音に反応してか、布が擦れる音が聞こえてきた。
「マグ、起きてる?」
「……ああ。今起きたよ」
「薬が出来たから飲んでもらえる? 扉、開けるわね」
片手でそっと扉を開けた。
マグは布団から上半身を起こした状態で、ぼんやりとシーナを見つめている。
熱が高くなっているのは一目瞭然だ。
「シーナ……げほっ」
「ちょっと待ってね」
床に座りお盆を置くと、シーナはコップをマグのもとへ。マグの手指はひどく熱が篭っている。マグの手に触れてシーナは手渡すのをやめた。
「少し楽な姿勢になって。飲ませてあげるから」
シーナの指示に、軽く背中を丸める。マグの後頭部を片手で支えながら、薬をゆっくり飲ませていく。嚥下する度に喉が動くからか、頭を支える手が震える。
やがて飲み終えるとコップをお盆の上に乗せ、シーナは立ち上がった。
「マグ、また夕食の前に飲ませに来るからね」
去り際に一言呟くと、マグはゆっくり頷く。その様子を確認してシーナは部屋から出ていった。
夕食時。準備した薬湯をマグに飲ませ、一緒に食事を摂る。ゴボウなど、いくつかの根野菜を甘ダレで煮つけたもの。そしてこんがりと焼いたパン、炎で炙った肉がマグの目前に並んでいた。
栄養面で互いに補うことのできるラインナップである。マグは微かに目を輝かせ、皿を手に取った。
「ん……美味いな」
マグが病に倒れてから、シーナはできるだけバランス良く、味覚的にも楽しめる食材を運んでいる。自分の苦労が実ったことを実感してなのか、シーナはいつもはにかんでいた。
「じゃあ私はこれで。ノリアも少しで戻ってくると思うから、それまで寝ていたらどう?」
「ああ。そうさせてもらう、よ……」
マグは再び身体を横にする。
***
最近のノリアは兄に会う頻度が少ない。シーナのことをノリアは応援している。そのため、なるべく二人の邪魔をしたくはないと考えていた。
「お兄ちゃん大丈夫かな」
マグの体調面で心配が絶えることはない。「自分の病弱さが伝播したのか」と根拠のない思考が過ぎる。マグが早くに回復する見込みは無さそうであった。
シーナを応援したい気持ちに反して、兄の体調が心配で仕方がない。それから「様子を確認してこよう」と心に決めるまで、0.2秒。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます