毒は時に金なり-1

 木の葉が空を隠す、薄暗い森の中にシーナはいた。

 細長い木に実った、紅く小ぶりな果実。種子を取り除き、果肉だけを取り出す。シーナはジュジュの実を探しては、魔法で枝先を切り落とす。草の上に落ちた枝から果肉──偽果ぎかを採取する。

 偽果を軽く水洗し素早く乾燥させる。火の属性陣で水分を一気に飛ばし、額の汗を拭った。シーナは草影のほうへ視線を向ける。斜めに飛び出たくせっ毛に、ぴくんと跳ねた長耳があわせて四つ。


「二人とも、何をしているの?」

「「なっ……!」」


 フィーロとアーレが草むらの中から双眸を覗かせていた。


「あ、えーっと。ちょ、ちょっとねぇ~」

「シーナを手伝いたいのは山々なんだけど、なんだか気が引けちゃって」

「ぁ……」


 フィーロは一言、気が引ける。

 ここで初めてシーナは気がついた。つまるところマグを助けるためとはいえ、シーナは先を急ぎすぎていたのである。日に日に弱っているマグの様子を思い浮かべて、シーナは首を横に振った。

 シーナは内心で思考を張り巡らせる。やがて頬をパチンと両手で叩くと強く開眼した。


「もう一種類、用意するわよ!」

「「え?」」

「だからもう一種類、別の薬を調合するの」


 シーナはエルフ少女二人をじっと見つめる。そして必要なものを述べていった。サイシーの根にフェンドリの根、トリカブトの根。草の根だけを用いる薬だ。


「あ! これならどれも里に生えていると思う!」

「うん、探して来るねシーナ」


 フィーロ、アーレの二人は木々の奥へ姿をくらませていった。残ったシーナはビシャクが生えている場所に目処をつけて、フィーロ達とは反対側へ進む。




 比較的浅い林の中を歩く。土は湿っぽく、クッションのように柔らかい。足袋で土の上を歩けば編み目が下に写る。二人分の足跡を残しながら歩き進めていた。


「ねぇ、アーレ。トリカブトって毒花じゃなかったっけ?」


 フィーロが思わずこぼす。シーナに聞き返すことはなかったが、やはり疑問が残る。


「それ、私も思った。マグを毒殺する訳じゃないんだろうけど、あまり良いイメージないよね」


 一般的にトリカブトと耳にすると、あまり良いイメージは無い。もし花を食べたのならたちまち身体が麻痺して死に至る。

 里の小さい子供でも知っている常識だった。


「でもシーナが言うなら薬になるんだよ、きっと」

「そうだよね、ひとまず探してみよう!」


 フィーロとアーレは寄せ集まった、青紫色の小さな花を探す。背の低い草花であるため、もし生えているとするならば日の射し込むエリアが答えだろう。空と地を交互に見つめながら、二人は歩を進めた。


「「うっ……」」


 ──ふと、目が眩む。

 二人は思わず目を覆ってしまった。しかし斜め横へ注視すれば、陽光が木の幹に反射している。

 澄んだ照明が土の上を照らしていた。


「あ! フィーロ、あれ見てよ!」

「っ!? あれは……!」


 細長い葉の上にちょこんと座る小さな花、その集合体。花弁は紫陽花あじさい色に光っている。二人が目にした花は紛れもなくトリカブトであった。

 見るからに毒々しく、そして美しい花弁。二人の視線は一瞬、釘付けとなっていた。


「確か。必要なのは根っこのほうだよね?」

「うん、シーナはそう言っていたけど……どうやって薬にするんだろう」


 ここにかの魔王、シニカがいたならば毒も薬も同じだと答えるだろう。フィーロの疑問に答えてくれる人物はここにはいなかった。「後で絶対に聞く」と内心、メモをしながら根を掘り出す。十分な量を採取し終えると、二人は互いに目を合わせる。


「これ……どうかな?」

「うん、大丈夫そうだね」


 それから間もなく、二人は来た道を引き返す。


 ***


 シーナは雑木林の中でしゃがみ込む。木々の隙間は比較的広く、足下まで光は届いていた。ビシャクは所謂サトイモのような植物で、ヒョロリと生えていることが多い。

 シーナは目を皿にして探す。


「見つからないわ……」


 探し始めておよそ四半刻と短いが、シーナは嫌悪感に満ちた形相だった。

 一歩進むだけで嫌な音がするのだ。

 粘着質な土と水気。そしてそこに湧いているであろう雑菌。それらを想像すると、ここから先へ進むことがはばかられる。

 それからビシャクを見つけたとしても、土の中を掘り出して茎を採取しなければならない。この粘土が手に付くと考えるだけで悪寒が走った。


「…………」


 思わず顔が歪む。

 ニチャニチャと足裏を引っ付く音と、土を踏んづけた時の嫌な感触。

 シーナの手首は粟立っていた。嫌悪感を覚悟して雑木林を進むと、探し求めていた植物が視界に入る。


「やっと、見つけたわ! はぁ、疲れた」


 足音をたてない、ぎこちない動きでビシャクの生えている場所まで早歩き。魔法を駆使して手早く茎の部分を回収すると、シーナは額の汗を拭った。


 ──そして気づく。


「あ、やばい。これ間違えたわ」


 採取した植物を取り間違えたという訳ではない。シーナの手は既に泥で汚れていたのである。要するに、髪や顔に泥が付着してしまった。


「……帰ったら身体、洗おうかな」


 背中を丸め、苦笑いする。

 シーナは涙目のまま、その場を去っていった。

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