二人で生み出す魔法-2

 シーナとマグが横に並び、大声でエルフの注目を集めた。お腹を手で押さえたり、しゃがみ込んで腹痛に耐えたりと人それぞれだが、苦しそうだというのは共通している。

 皆の前で、マグは口を開く。


「皆、お腹の調子が悪いと思うけど、少しだけ耳を貸して欲しい。シーナが話したいことがあるみたいなんだ」


 大衆の視線は瞬く間にマグからシーナへと移り、シーナの肩が緊張に強ばる。


「大丈夫だシーナ。俺も傍にいるし、この里の皆は……そんなに攻撃的ではないよ」

「え?」

「交流をってた分、警戒心はあるかもしれないけど」


 咄嗟にサポートに回るが、冗談交じりにマグは言葉を続けた。


「皆、聞いて欲しいの。私は──」


 心のどこかで腹を括る自分がいることにシーナは目を丸くする。

 そして、シーナの口は踊り出した。


「私の用意した薬は本来、下剤で用いることが多いの」


 突然のカミングアウトに、困惑が場を支配する。下着に便が付着しただの、耐え難い腹痛だっただの、激怒する者も様々。

 シーナは怒声に耳を傾けながら、大きく息を吸う。

 やがて大声ともに、肺の空気を強く吐き出す。


「この里で取れるものだけで薬湯を作ると、どうしても厳しい面があった。でも、あの薬は腫れをとることができる! だからどうか、許して欲しいの」


 最後の方になるにつれ、声は震えていた。


「まさか、こうするなんてな」


 真っ向から向き合う姿勢にマグは驚嘆する。マグの考えに反して、シーナは謝罪の道を選んだ。


「だからあとほんの少しだけ、私たちを信じて欲しいの。お願い!!」


 シーナの凛々しい姿にマグは、心の中で拍手を送る。



 しっかりと水分を摂らせ、安静にさせておく。同じ姿勢を保ち、重心軸を捻るような運動は控える。シーナはそれらを徹底させることにした。


「お嬢ちゃん、これで本当に治るのかい?」

「本当にごめんなさい、配った薬湯が多かったというのが原因だったと思います。そして今、必要なのは、水分補給です」


 桶一杯に入った水を見ながら女将は首を傾げる。

 女将の質問に、正直なところを話すシーナ。シーナ曰く、新鮮な水を桶に掬い近くの川から運んできたのだそう。


「そうかい、そうかい。病気が治っていない訳ではないんだね。一安心したよ」


 女将はけらけらと笑っている。


「……エルノさんは怒ってないの?」

「そりゃあ疑心暗鬼にはなるさね! でも、アンタたちが頑張るのを見るとね、信じようと思えてくるのさ」


 女将の口から飛び出た疑心暗鬼という言葉。それに続けて女将は思いの丈を口にする。


「少なくとも、元気は沢山もらえたね。どうもありがとう、シーナ」

「うぅ、うぅぅ……」


 女将エルノの温かさにシーナは思わず泣き出してしまう。その間、女将はシーナの背中を優しく撫でていたのだった。



 シーナの奮闘が実を結んだのかは定かではないが、里のエルフはシーナを信じてしっかりと静養している。脱水にならないために水を飲むのもそうだが、それ以上に食事と水分を共に摂取することが重要だ。


 ──その結果、たった数日で足の痛みを含め、体調は完全に戻ったのだという。


「おねーちゃん、助けてくれてありがとう」

「こらシュナ、お嬢ちゃんも困ってるじゃない。抱きつかないの!」

「嫌ー」


 数日後、小さな子供が突如としてシーナに抱き着いた。「女将の娘さんだろうか」とシーナが困惑する中、エルノが扉を開けて顔を覗かせる。その手は「こちらへおいで」と手招きしていた。


「あ、お邪魔します。エルノさん」

「ごめんなさいね、うちの娘が」

「これくらい、大丈夫です!」

「そうかい? 気を遣ってくれてありがとね」

「はは……」


 お茶に口をつけ、まったりと談笑する。女将の娘シュナはどうにもお転婆なそうで、シーナと握手しては、手を振り回す。


 そんな中、エルノは本題へと移った。


「──で、マグとはどうなんだい?」

「ぶぶっ!?」


 口の中でお茶がせる。その表情をニマニマと見つめるエルノ。シーナは冷たい目でエルノを睨んだ。


「……そのやり方、どこかの魔王みたいだわ」

「あら。魔王だなんて、酷い言われ様ねぇ」


 シーナとエルノは思わず笑いが零れた。


 ***


 空を泳ぐ鯨が雲海の中へ顔を突っ込ませる。そこには国境も存在しない。鯨が自由に泳ぐための場所だ。

 偶然にも雲の下、背の高い木々すれすれを泳いだ時、鯨はを発見した。


「ふぅむ。あの少年おもしろーい、ねぇ」


 真っ白の巨躯に青い眼。人間の街へ影を落としながら、空を泳ぐ鯨。ひれを上手く動かし、気流を制御する。


「しばらくしたら、会いに行ってみよーかぁ!」


 空高く舞い上がり、雲海の中へ姿を隠した。

 空飛ぶ白鯨──人はそれを『孤高の魔王』と呼ぶ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る