助手くんさん-3

 妹の言葉が深く突き刺さる。声色はマグのことが心配だから故の恐怖と憤怒だった。

 マグはノリアを背負いながら危険が常につきまとう大樹海に入っただけでなく、マグはその奥地へと進んでいたのだからノリアの不安も大きい。


 確かに考え無しに行動していた節があったとマグは思う。しかし、ノリアの言動に対して少なからず譲れない部分があった。

 ノリアの傍まで駆け寄ってそっと手を握ると、マグは重い口を開ける。


「ノリア、俺は……」

「なんでお兄ちゃんは自分のことを考えないの!? 私は昔から病弱だからいつか野垂れ死ぬことは覚悟してる! もっと自分を気にしてよ。目に隈も出来てるし……もう、ボロボロじゃん!」


 そう言ってマグの頬の傷を撫でる。ノリアの本音にマグは口を閉ざすほかなかった。


「ノリア」

「だから私もそれ、一緒にやる!!」

「これはノリアを学園に入れるために俺がやらないと」


 ノリアはシニカの摘んでいる種を指差して、強い視線を向ける。

 マグの思考は完全にストップしていた。今やるべき事はノリアのために稼がねばならない。そんなマグを差し置いて、嬉々として思いを語るノリア。


「体調もなんだか軽いし、出来ると思うの」

「──そっか」


 何が出来るのか詳しく聞くことはしなかった。妹のやる気を削ぐような真似はしたくはないとマグは口を噤む。


「そうですね。私は全然構いませんよ。ただ……少しだけお願いがあります」


 シニカはノリアの頼みを条件付きで快諾する。


「条件って、なんですか?」

「月に一度、血を数滴で良いので分けてください。最近はシーナに血を分けてもらう機会も減りましたから」

「う……」


 複雑な表情を浮かべるシーナを横目にシニカはぼやく。

 今までは助言を与える対価に血を分けて貰っていた。しかし最近はシーナがいることでシーナが質問する度に血を貰っていたのだ。

 だが、それにも飽きのようなものが出てきてしまった。勿論、シーナが賢くなって質問する回数が目に見えて減ったのもそうだが。


「わかりました。ちょっと怖いけど、今やってみます」


 ノリアは袖を捲り、手首に果物ナイフで傷を入れる。傷から顔を出した鮮やかな赤色がシニカの根に落ちる。

 血の味に違いなんてあるのかとシーナは首を傾げるが、当のシニカはどこか満足そうに伸びをしていた。


「…………くっ」


 誰かの口の中で、嫌な音が鳴る。


 ***


 シニカから沢山のことを学び、樹海に茂る植物についても大分詳しくなってきた。

 この頃のシーナは十九、マグとノリアはそれぞれ十七と十一の歳。特にノリアは他の同年代よりも自然について詳しいと言えよう。

 だから、日に日にマグの望みは大きなものになっていく。


「ノリア。お前、本当に学園に通う気はないのか?」


 マグは再度、ノリアへ質問した。ノリアは呆れたように口を開く。


「……何度も言ったと思うけど、私はここで頑張ってみたいの。お兄ちゃんは応援してくれないの?」

「うっ」


 マグは返しづらいノリアの言い回しに口ごもる。ノリアの決意は変わらず、パープレア大樹海で生活することに不満はないようだ。


「そこまでにしてくださいね。これから魔法の時間ですよ」


 シニカが二人の口論を止めた。そして手を二度叩いて注目を集める。これから始まるのは魔法の講義。魔王であるシニカが直々に魔法の何たるかをく時間だ。

 マグとノリアは目を輝かせると、シニカに期待のこもった眼差しを向ける。

 

「いいですか。魔法という技術は魔法陣の組み合わせで何通りもの効果をもたらすことができます。例えばこの陣なら、陣の内側にある図形を変えることで威力や速度、命中率を変化させたりできますね」


 シニカの説明に、二人揃って顔が死んでいた。

 否、こればかりは結果しか話していないシニカの物言いが問題だろう。シニカは自慢の魔王スマイルを浮かべると、噛み砕いた説明を始めた。


「じゃあそれぞれの魔法陣について説明していきましょうか。ぼうっとしている時間はお終いですよ」


 手を二度叩いて視線を集める。


「まずはこの属性陣。火、水、風、土の四つの元素を操るために使います」


 そう言ってシニカは四属性の陣を枝で描いてみせた。図形を一言で説明するなら火属性は荒々しく、水属性は滑らかな曲線、風属性はギザギザの折れ線が特徴的。そして、土属性は幾何学模様に似た形であった。

 それぞれ形の異なる魔法陣にマグの瞳が輝く。


「そこに魔力を流し込むことで、こう……このように陣が光り出します。この中身をどこか別の場所へ移すために先程の方位陣があるんですよ」


 先程シニカが見せた、図形を変化させることで威力を調整できる陣。魔法は基本として、属性陣と方位陣を組み合わせることで発動するのである。

 ただし、例外もつきものだとシニカは伝えた。


「その例外についてはまた今度、お話しましょう」


 そう言ってシニカはまた、眼を閉じる。

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