助手くんさん-1
少年は喉が渇いていた。
生活は貧しく、ボロボロの服と灰色のスカーフを身につけて街を歩く。少年の足はあまり良いとは言えない血色で、端的に表せば瑞々しさが無い。がさついた皮膚にやや暗い肌色。
実際問題、歩き方にも支障が出ていた。
次の片足を出すときに足元が揺れる。そして通行人と肩がぶつかることもあるくらいだった。
「はぁ、はぁ……」
おぼつかない足取りの中、汗が滲む。陽射しは強くなる一方で、目元のくまが目立つ。
少年は幸福に飢えていた。
──どうも近くの森に、願いを叶えてくれる華の精がいるらしい。
あくまで噂だと、少年は思う。
確かにスラムの噂でも何度か耳にしたことはあった。しかしどうにも馬鹿馬鹿しい。
この近くにある森と言えばパープレア大樹海くらいで、光が限局される上に尖った草木が多く、常に危険が付きまとう。
だから絶対に鵜吞みにしないと、少年は強く念じる。
近くの川まで向かい水を飲む。それから手に持ったバケツに水を掬えるだけ掬い、家に持って帰った。
「リア! 熱は大丈夫か?」
「けほっ、けほっ! お兄ちゃんお帰り……」
「ノリアッ!!」
ぼんやりとした目に赤くのぼせた顔。額に手を当ててすぐに離すくらいの高熱だった。
身体から汗が出ておらず、高熱で温められた水分がさらに悪循環しているような状態だ。
急いでバケツの水に布切れを浸す。水分をしっかりと絞ったものをノリアの額に乗せた。すると一瞬、驚いた表情をするもすぐに楽な表情へと変わる。
「あ……冷たい。ありがとう、お兄ちゃん」
ノリアはそう言いながら、また目を閉じてしまった。
「……華の精が救ってくれるかもしれない」
少年はふと呟く。そして何を血迷ったのか、少年は近くの森を目指した。
川を挟んで向こう岸には木々が乱立し、そのさらに向こう側にパープレア大樹海が広がっている。
妹の命がかかっているのもそうだが、何より自身も危うい状態にある。だから心に余裕が無かったのかもしれない。
少年はノリアを背負って樹海へ向かう。
進む道は険しい。
背負うノリアの華奢な身体が傷つくのではないかと思わず慎重になる。時間に急かされているのもあり、少年は精神をすり減らしながら歩いた。
泥の足場を踏み抜いて、身体をいつでも冷やせるようにと水辺に沿って進む。
「熱い……もう、ダメだ」
必死になって歩いたせいなのか、熱が移ったのかはわからない。ただ一つ言えるのは、少年自身も歩くのが厳しい状態になりつつあるということだ。
妹を背負ったまま、ふらふらと森を彷徨う。しばらくして、前のめりに倒れ込んでしまった。
冷んやりとした地面の温度に身を任せて、意識は遠のいていく。
少年の意識が途切れる手前、聞き慣れない誰かの声が鼓膜を震わせた。
***
「ようやく目が覚めた? 二人とも」
見慣れない部屋に土色の壁──否、あれは土だ。
ならばここは土の下だろうかと、少年は思う。辺りを見回して、すうすうと寝息を立てるノリアの姿に安堵を浮かべた。
「助けてくれて、ありがとうございます。……ええと、貴女が華の精?」
「違うわよ。貴方たちはこの近くの川辺で倒れてたの。すごく熱も出ていたし、流石に焦ったわ」
「あ……」
もう既に熱が引いていることに気づく。何かの魔法なのか、それとも魔法薬を分けてくれたのかまでは分からない。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「そうね。礼を伝えるなら、外にいる華の精にして頂戴」
「外?」
「あー、ごめんごめん。今すぐに開けるから」
黒髪の少女は土壁に手を
「【
土壁の一部がくり抜かれたように、地面に溶けていく。その壁一枚向こう側には、植物のようにわずかな太陽を浴びて伸びをする少女の姿があった。足元を見れば地面に逞しい根を張っている。
「あれはアルラウネ、魔族……?」
「彼女が正真正銘、華の精よ。シニカさんが貴方たちに薬を分けてくれたの」
ふふん、と自分事のように胸を張って少女は語った。
「そうだったのか……だったんですね」
「口調は別に構わないから、早く礼を伝えて来なさい」
「はい!」
それからすぐに少年は壁の外へ駆け出す。シニカは未だに気持ち良さそうな伸びをしているが、少年が来たことに気がつくとパチリと目を開ける。
「シニカさん。俺たちを助けてくれて……ありがとうございました!!」
「いえ、体調が回復したなら良かったです。体力のほうは戻ってますか? まだ街に帰ることは難しいですか?」
「ぁ……」
早く出て行って欲しいのだろうか。やや厳しい言い回しに少年は口を噤んでしまう。帰ったとしても貧しい生活が待っているだけだ。正直、戻っても変わらない。
「街に帰り、たくない」
少年の口から本音が漏れる。
「どうしてですか?」
シニカは問う。
「だって、あの街に帰ったとして何も変わらないんだ。それにノリアも元気にならない!」
「そうでしたか。それならここで生活することを許しましょう」
言葉が何もかも足りていないシニカの一言に、少年の目元は潤む。
「ほらほらシニカさん。もう少し丁寧に説明してあげなきゃダメじゃない。あの子泣いちゃってるから!」
部屋の中から顔を出したシーナは、ため息をついてから微笑む。するとシニカは少年へ謝罪する。
「ありがとうシーナ。言葉が足りなかったようですみません」
数秒後、シニカの双眸がじっと少年を向く。
「……コホン。今から私は貴方に質問をします」
「質問?」
「ええ。貴方が苦しむものについて教えては頂けませんか?」
シニカは「対価はいりませんので」と言葉を付け足す。すると少年は身の上を語り出した。その内容に心がきゅっと締められるような感覚。目尻に溜まった涙を指で拭うとシニカは口を開く。
「それなら私から提案です」
「提案……?」
「ここで共同生活をしてみませんか? ここは光のあまり届かない場所ですが、生きる術を身につけられますよ」
「生きる、術?」
シニカは目をじっと凝らして、少年を見つめていた。
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