不殺の魔王-3

「シニカさん」

「どうしたのですかシーナ?」


 発芽した種に水やりをしながらシーナは突然、とある質問をした。芽は二センチほど伸びたくらいで、まだ茎は黄色が薄い。


「どうしてそんなに人間が好きなの?」

「急に、どうしました?」

「だってほら、魔王ってすごく怖いし。あまり良いイメージがないから」

「強いて言うなら、短い命で繁栄と衰退を繰り返していることに感動したから、でしょうか」


 シニカは真面目に答える。

 シニカはとても長い寿命を持ち、人の六十年など誤差に等しい。だから極端に短い時間の中でどれだけのことができるのかとても興味を持っていた。


「……ちょっとだけ昔話をしましょう。あれは確か、二百年程前でしたか」

「二百年前?」


 あの時、森を訪れた王がふと脳裏を過ぎる。国は滅んだと聞いたが、今となって罪悪感が湧く。助言一つでどのような変化が起こるのか、とても興味がある。しかし、その過剰な好奇心のせいであの国は滅びの道を辿ってしまった。


 ──シニカが感動を覚えたのは、それからだろうか。

 人間を魔法で観察することに躍起になったのは間違いなくその後だ。実際この二百年に森を訪れた者には悪意ある助言をしていない。


「だからこう見えて、昔は悪者だったんです」

「そうだったのね」


 こうして自分の罪とともに人間への執着をシニカは打ち明けた。悪意では無いにせよ大昔にあった出来事にシーナの瞳は見開かれる。

 唐突に訪れた静寂。


「……ぁ」


 その空気を破ったのはシーナだ。とっくに水やりを終えてシニカの目の前に正座する。青い双眸をじっと向けてシニカの反応を待つ。


「ごめんなさい。私の話に失望しましたか? 恐怖しましたか?」

「正直に言えば失望というよりも、怖いよ。人だから理解できないのかもしれないし、育ちの悪さが原因かもしれない。言葉で表すのが難しいけれど、怖い」


 シーナは黒い前髪の奥で拒絶の色が浮かんだのを実感した。


「そうですか。貴女にとってこの環境はあまり、良いものではありません。今すぐに出立した方がいいかもしれませんね」

「それは嫌!」


 シーナは立ち上がり、強く反発する。その瞳は迷うことを知らずとても真っ直ぐだった。


「……は?」


 シニカの口から思わず変な声が漏れる。理屈が通っていない上、自分自身シニカを許せなかった。罪をさらけ出しておいて、それを無理やり容認させるのが怖かった。だからシニカが次に吐いた言葉は、ただの我儘かもしれない。


「どうして出ていかないの。私が怖いのでしょう? ならどうして」

「それはシニカさんに助言をもらったあの日から、感謝を忘れていないから! だから私は、ここでシニカさんを手伝いたいの」


 シーナの正直な想いが紡がれていく。

 それをシニカがどのように受け取ったのかまでは分からない。それでもシニカの目元からは涙が溢れていた。


「シニカさん。私はきっとあなたを幸せにするわ」

「……それは好きな男の子にでも言ってあげなさい。まったく突拍子のない行動といい、少し落ち着きというものはないのですか」


 シーナへの照れ隠しなのか、シニカの言葉は少し遠回り。シーナは迷うことなく、隠れた真意に気づく。

 ──すなわち、「ありがとう」と。


 ***


 シニカの罪を知って数日が流れた。驚きはしたが現状、シーナの態度は一ミリも変化がない。それが意図しての行動ならば、シーナはそのうち大物になるだろうと期待してしまう。

 シニカは限られた陽光を浴びながら、目を瞑る。


「あ、シニカさん。ちょっといい?」

「ん、どうしましたか? シーナ」

「育てている種に変な子がいて……ええと、そう! あの子なんだけど」


 パチリと目を開けてシーナへ振り向くと、そこには畑の傍でしゃがみ込んだまま指を差す姿があった。指先を辿って視線を動かすと黄色ではなく、若干黒ずんだ芽が見える。


「いけない! それを周りの芽からすぐに遠ざけて!! 飛び散る前に早く!」


 表情が一変。シニカの的確な指示で、シーナはその芽だけを引き抜いた。


「そのまま上へ投げて!」


 言われた通りに思い切り、上へ投げる。シニカはその方角へ向けて手をかざした。


「【灰と化せburn up】!!」


 瞬間、爆発が起こる。

 シーナは大きな音に耳を押さえてしゃがみ込み、シニカは大きく息をしていた。


「な、何なんですか今のは!?」

「あれはカビの一種で、一度現れるとしぶといの。だから燃やした方が良い」


 そこまで言って、シーナが目を丸くしていることに気づく。


「どうしたの?」

「いや、ええと……今の話し方のほうがいいなぁ、って思って」


 ここでようやく口調に素の自分が出てしまったことを理解した。


「そ、そうですね。ごめんなさい」

「いや、口調をさっきのに戻してよ」


 シーナは「今のに戻して」と幾度もごねるが、素の口調には戻したくないシニカだった。

 二人の間で眼光がバチバチと鳴り響く。しかしながら、二人を制止する者は誰もいなかった。


 ──パープレア大樹海は今日も至って平和である。

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