第29話-ランプの灯りに揺らめく推理 2


「時代的に、失踪事件で死亡の報せが来るのは珍しい。事件性があるものだと、行方不明のまま迷宮入りすることもままある」


「事件だった場合、本来なら警察が遺体を確認し、血縁者に連絡を取るのは現代と同じだ。だが今回は警察側が奥方の死亡を把握していない」


ヨゼの虹色の瞳に、祈吏が履いている靴が映る。


「けれど、フーゴさんの元には亡くなった報せが来たと言っていた」

「そう、ですよね……よく考えてみれば、どこからその連絡がきたのでしょうか」

「例えば実家で亡くなった等の何か特別な状況だったから、警察が介入できていない、とかはあるかもね」

「まあ、フーゴさんが嘘を吐いている可能性もあるけど」

「……はい」


フーゴが嘘を吐いている、という可能性があるのは祈吏も気付いていた。

だがその疑惑をなかなか受け止められず、唸るように頭を抱えてしまう。


そんな祈吏を見兼ねたヨゼは、ぱんっと手を叩いて場の空気を整えた。


「何はともあれ! その手紙の送り主なら、何か奥方の事情を知っているはずだ」

「はい……自分、この福田さんの件に関するゴールが見えてこなくなりました」

「おやおや。そもそもゴールがあると思ったのかい」

「福田さんの、前世での未練を晴らすのが目的かなと思っていたのですが……違うんですか?」

「うーん、大体合ってるよ。だけど具体的には晴らすだけでは駄目なんだ」

「本人がその未練を『手放す』必要があるんだよ」

「未練を、手放す……」


『晴らす』と『手放す』がどう違うのか、祈吏は想像した。

何か未練がましいことがあったとして、その未練を晴らすことができたとしても『後味』は残るだろう。

それはポジティブでも、ネガティブな感情でもありそうだ。


「抱えていた未練を晴らせたとして、思い描いていた景色があるとは限らないだろう」


「それは、確かにそうですよね……」


「夢前世は夢だから、決して前世を変えることはできない。けれど、魂が求める答えを見つける手伝いはできる」


「だから未練を果たした先で何を見るかは、本人次第なんだ」


「な、なるほど。……じゃあ、結局のところフーゴさんの未練を突き止める必要があるってことで合ってますか?」


「うん、その認識で大丈夫。現実で出ていた影響からも察するに、奥方がらみの未練なのは間違いないだろう」


「そう……ですね。自分もそれはそうだと、思います」


「……ふわあ」


祈吏が大きな欠伸をひとつすると、ヨゼは優しい苦笑をして立ち上がった。


「祈吏くん、今日はもう寝よう。こっちの部屋が寝室だから、好きに使ってくれて構わないよ」

「あ、ありがとうございます。……でも、夢の中なのに眠くなるって不思議ですね」

「体感、というか魂感こんかんだけど、現実で過ごす疲労と変わらないからねぇ」


「はあ。不思議ですね」


魂も疲れたりするんだ、と思いながら、流されるまま隣の部屋のドアを開ける。

そこにはキングサイズのベッドが置いてあり、ふと夢前世に入る時のことを思い出した。


「ヨゼさん、ベッド広いですよ。これなら一緒に寝られるんじゃないでしょうか」


リビングのソファは座り心地は良かったが聊かコンパクトなサイズだ。今の背丈のヨゼが収まる広さじゃない。

そう思って祈吏は提案したが、ヨゼは困ったように笑い、目を細めた。


「祈吏くん。今の僕は現実と比べると、どう見える?」

「背が大きいですよね! なのでそっちのソファだと狭いかなぁと思ったのですが」

「ああ、そっか。お気遣いどうもありがとう。 ……大丈夫、祈吏くんがベッドを使ってね」


その作ったような微笑で、ようやく祈吏は『気を遣われている』と気が付いて。


「ああ、すみません。こちらこそお気遣いいただいてしまいました……ありがとうございます、ベッドお借りしますね」


「うん、どうぞどうぞ。あ、シーツはこれ使って。ベッド臭かったらごめんね。その時はこの香水吹きかけて誤魔化して」


矢継ぎ早にあれやこれやと渡され、両手に色々と抱えたまま祈吏は寝室に入る。


「じゃあ、ヨゼさん。おやすみなさい」


そして祈吏がドアを閉める寸前、扉越しに穏やかな囁きを耳にした。


「正直な話、君が直接フーゴさんの口から大事なことを聞きたいって言った時、僕は感動したよ」

「君は僕よりよっぽどカウンセラーに向いてる」

「え……そんなことは」

「おやすみ、祈吏くん」

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