第23話-本心を見透かす瞳
「祈吏くん、重くないかい」
「はい、こっちのバスケットはお皿と軽いものしか入ってないんで全然大丈夫です! お気遣いありがとうございます」
「どういたしまして。にしても、あんなことを聞くだなんて想像もつかなかったよ」
『フーゴさんの好きな料理を教えてください!』と言い切った祈吏を思い出し、ヨゼは小さく笑う。
ジョンはどうやらフーゴと元々仲の良い飲み仲間らしい。
妻が出ていき荒れていくフーゴを見ていられず、慰めるつもりでフーゴの妻を愚弄したため、あのような喧嘩が起きた、とのことだった。
「ジョンさん、フーゴさんのこと大好きでしたね。とても心配されてました」
「故に見えないものがあるようだったけどね。どちらにせよ、フーゴさんにとっても彼はかけがえのない存在だろう」
「何にせよ『本当に大事なことは本人の口から聞きたい』と言った祈吏くんには驚かされたな」
「あはは……当事者の認識を知ってからでないと、色んな感情に揺さぶられそうな気がしたので」
ジョンからの言伝を思い出しながら、2人は靴屋の前に立つ。
そして『本日閉店』と書かれたプレートを気にせずノックをした。
「こんばんは。夜分に失礼します。お昼に伺った警察です」
「あの!ジョンさんから伝言を預かってきました!」
そう祈吏が声を上げると、しばらくしてから扉がゆっくりと開いた。
「酒場で俺の与太話を散々聞いただろう」
血色の悪い大男が顔を覗かせ、低い声でぼそりと呟く。
その様子を見た祈吏は、一瞬怯んだがフーゴを真っすぐ見た。
「ジョンさん、フーゴさんに直接謝りたいって仰ってました」
「謝罪を聞いてもらえるなら、いつでも酒場にいるので気が向いた時でいいから来てほしいと」
「……そうか」
「あの、お腹すいてませんか!一緒にお夕飯、食べませんか」
「何故俺に関わろうとする」
「ええと……こんなこと言ったら嫌な気をするかもしれないんですけど」
「フーゴさんを見ていて、誰かに話を聞いて欲しそうに感じたので」
祈吏の言葉に刹那、フーゴは呆気に取られたように口をあけたが、すぐに疑心が揺れる表情に戻る。
「自分はこの警官さんのお友達ですが、この街からすぐに去る予定です!フーゴさんのことを噂にはしません!」
「僕は警察としてご主人のお話を伺いたいわけではないので、その点はご安心ください。もちろん、言えないことは言わずにいただいて結構です」
「別に、警官に知られて困ることなんざありゃしない」
「……入れ」
――良かった、と祈吏の胸が一瞬安堵で満たされた。
だが『フーゴ』の、もとい福田の『前世の未練』の解明のためには、やっと一歩を踏み出したくらいだろう。
2人は促されるまま、フーゴの靴屋へと足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす……」
店内は真っ暗だったが、奥のカウンターの向こうは灯りがついていた。
2人が入ると同時に、フーゴがシーリングランプを点け、店内が明るくなる。
「お忙しいところ突然すみません。食後はすぐに退散しますので」
「……適当に座ってくれ」
店内で3人やっと囲めそうな広さのテーブルに案内される。その上は埃や書類だらけで、フーゴが手早くよそへやった。
靴屋だからかあちらこちらに試着用の椅子があり、祈吏とヨゼは手ごろなものを拝借する。
そしてフーゴ自身はカウンターで使っていたであろう椅子を持ってきて、テーブルに着いた。
「食堂のご主人に作ってもらいました。お口に合うといいのですが」
そう言い、祈吏はバスケットから皿を取り出し、ヨゼは鍋からシチューをよそった。
「……この料理か」
1枚の皿に盛られたシチュー『グラーシュ』と白いパンの『クネードリキ』に、フーゴが眉を僅かに下げる。
それは呆れや嫌悪ではなく、どこか郷愁を帯びた表情だった。
グラーシュと呼ばれた料理は牛肉を煮込んだシチューで、祈吏の目から見るとビーフシチューに似ている印象だった。
クネードリキはスライスされた蒸しパンのような見た目をしているが食堂の主人曰く『茹でたパン』だと言っていた。
どちらの料理も祈吏は初めて口にするものだったが、この時代を生きたフーゴにとっては馴染みのある料理なのだろう。
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