第13話-プラネタリウムの寝室

2階に上がり、大きな廊下を歩きながらマテオがヨゼに訊ねた。


「今回の依頼……何時間くらいかかりそうですか」

「2時間程度、眠っていてもらうことは可能かな」

「御意」

「眠る時間の操作なんて、可能なんですか?」

「それがマテオくんの腕の見せ所さ。彼は日本に来る前ブラジルで麻酔科医をやっていてね。そのあたりの調整はばっちりだよ」


にこ、と口端を上げるマテオ。異色の経歴に何が何だかよく分からなくなってきたな、と祈吏は頭をひねる。


「さあ、祈吏くん。吾輩たちもそろそろ行こうか」


ヨゼはとある部屋の前で立ち止まった。その扉には『注意!ミャプたま入室時はアロマNG!』と書かれた手作りの看板がかけられている。


「ミャプたま……?」

「ああ、ミャプたまは今日トリミングに出掛けているのだよ。また今度紹介しよう」


そうヨゼが答えると、マテオが『ああ……』と悲鳴に似た声を上げ手で顔を覆う。

話から察するにおそらく犬か猫……多分猫だろうなと祈吏は思いながら、マテオの案内で部屋に入った。


「わあ……!」


薄明るい部屋の天井はプラネタリウムのように丸く、部屋のいたるところにはサンキャッチャーが吊らされ揺らめいている。

広い部屋の中心には大きな円形のベッドがあり、キングサイズより遥かに大きく、5畳半はあるサイズだ。

一歩間違えば昭和のラブホみたいな部屋だが、装飾品と高い天井のおかげか神聖な雰囲気が漂っている。


そんな部屋で出迎えてくれたのはティパルだった。


「ヨゼさま、祈吏さま。お待ちしていました。準備は整っておりますよ」

「すごいお部屋ですね……!こんな大きなベッド、初めて見ました」

「これからここで昼寝という名の大冒険をするよ」

「祈吏さま。どうぞ、こちらでお着換えなさってください」

「えっ?」


アロマの準備を早速始めているマテオの横で、ティパルから白いパジャマが手渡される。

祈吏は流れのまま受け取ってしまったが、頭の中はハテナでいっぱいだ。


「あ、あの。これパジャマですよね」

「はい。ご相談者さま用のものですが、サイズは女性用なので恐らく大丈夫かと」


『では、ごゆっくり』と案内されるがまま、部屋の横に備え付けられていたウォークインクローゼットの扉が閉まった。


(待って、ヨゼさんが昼寝するって言ってたけど、何でだろう。前世の話まではともかく、これは……?)


手渡された上下セパレートのパジャマはシルク生地で大変滑らかだ。触り心地はとても良い。


(でも、マテオさんのアロマだとすごく眠れるって言ってたな。……少しくらい寝てみるのもいいか)


「お待たせしました、着替え終わりました」


ウォークインクローゼットから出てみると、ヨゼも着替え終わっていた。


「ああ。こちらも今しがた準備が整ったよ」


ヨゼのパジャマ姿は応接間にいた時とは打って変わった雰囲気で。

サングラスを外して髪は下ろし、ふわふわの長い金髪にフリルがたっぷりついた薄紫のワンピース型のパジャマ。

こうして見るとどう見ても少女にしか見えない。まるでフランス人形のようだ。


「わあ……!ヨゼさん、素敵ですね」

「ありがとう。この就寝着はティパルが用意したのだよ」

「本日のお召し物は春をイメージしてデザインしたものですの。 ああヨゼさま、大変神々しいですわ……!」


ティパルがうっとりと甘い表情でヨゼを拝む。

2人の関係がいまいち掴めていなかった祈吏だが、ここにきてやっと『ティパルはヨゼに心酔している』と気付くことができた。


(不思議な関係のお2人だなあ。どういった経緯でここを営まれているんだろうか……)


「さあ。それでは行こうか」


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