第11話-妻への猜疑心

「妻は僕より5つ年下で、優しくて友人も多いです。絶対そんなことあるはずはないのに、その……」

「妻が浮気をしてるんじゃないかと、どうしようもなく不安になる時があります」


ヨゼが深く頷き、ゆっくりとした口調で問う。


「そうなのですね……。具体的にその感情が強くなる時はありますか?」


「妻がスマホを眺めている時や、帰りが少しでも遅くなると、どうしようもない不安がよぎります」

「そういった時、決まって僕が強く当たってしまいます。この前なんて『あり得ないことを言わないで』と激怒されました」


額に手を当てて唇を噛みしめる福田の姿から悲痛な思いが伝わってくる。


(なんとなく奥さま側の話に引っかかる部分があるけど……今は福田さん側の気持ちを想像しよう)


『疑う』という行為自体、祈吏にも多少は経験はある。どれも生きた心地はしなかった。

当時の心境を思い出しつつ、2個目の最中に手を伸ばした。


「そうだったのですね。そちらはいつの出来事ですか?」


同情の色はないが、ヨゼは優しい声色を落とさずに話を続ける。


「一昨夜の出来事です。ちょうど夕飯時でした……。そのあと妻からは一切口を聞いてもらえていません」


「なるほど……。 ちなみに、福田さんは奥さまが今どんな御心境だと思いますか?」


「きっと怒っていると思います。けど、今朝弁当は作ってくれてました。今日は仕事に行くていでこちらに来ましたので」


(奥さまに不眠症のことはお伝えしていないんだ)


「僕は妻を信じていますし、愛しています!けれど、僕が弱いせいであらぬ妄想ばかりが浮かんでしまうんです」


拳を握りしめ、そう言い切った福田を凝視する祈吏。

その哀しげな様子から夕食時の争いを想像してしまい、暗い感情が心を掠める。

だが手元の最中を頬張り『ここは冷静にいかないと』となんとか正気を保った。


(福田さんの気持ちはなんとなく分かった。だけど……奥さまの言葉が、少し気になるな)


(『あり得ないことを言わないで』って言葉を信じれば、奥さまは浮気なんてしてないだろうし……もしかしたらお2人のコミュニケーションに何か問題があるのかも)


そんなことを推測しながらほうじ茶を一口含む。

口内の甘さがほうじ茶の焙煎された芳ばしい香りで優しく緩和される。最高だ。


「お話、ありがとうございました。福田さんの御心境、さぞお辛いことかと存じます」

「睡眠不足に陥ると、人は判断力が鈍り、猜疑心さいぎしんが高まることもありますので。それは福田さんの心がそうさせるのではなく、脳の仕業ですよ」


「そう、ですよね……ありがとうございます」


「ええ。では、これから入眠療法へ移らせていただきます」


「どうぞこちらへ」


後ろで控えていたティパルが福田を別室へと連れていく。

パタンと扉が閉まると、ヨゼがにやりと呟いた。


「その最中、神がかった美味しさだろう」

「はい、大変美味しかったです!」


ヨゼもようやく手元の最中を一口かじる。やはり相談者の手前我慢していたのか、嬉しそうに両足をぱたぱたさせた。


「んー、おいち! 祈吏くん、カウンセリング初体験はどうだった?」


「まさか、初めてがする側の立ち位置になるとは想像していませんでした」


「ふふ、それもそうだろうね。 福田さんの話を聞いた印象は?」


「奥さまとのコミュニケーションの質に課題があるのかな……と感じました」


「ご名答。彼は自分の心模様に敏感でよく気が付く。そのせいか、外側を見るのは苦手なようだ」

「そういった癖も全て、前世の未練が関係している」

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