第10話-見えないものを視る体験

「よく見てみてと言われましても……」

「彼の身体の中心にあるのが今世の魂。そして背後にいるのが、前世の魂だよ」


ヨゼに耳打ちされ、祈吏は熱心に靴カタログを眺める福田を凝視する。

すると確かに福田の腹の辺りには、緑色のきゅうが輝きながら渦巻いていた。

前世の魂らしいものは、福田の背後に。大きな人型がくっきりと、紫か赤か分からない光の靄<もや>に包まれ佇んでいる。


(!?!?)


祈吏は驚いて声を上げかけたが、遮るようにヨゼがサングラスを外す。

そしてすかさず祈吏の手元に福田のカルテを表示したタブレットが渡された。


「これからカウンセリングを始めるから、目を通しながら聞いててもらえるかね」

「あ、あの。あのあの、こ、これって、いわゆる……心霊」

「大丈夫、何も恐いことはないよ」

「わっ、分かりました……」


(ホラーは絶対無理なのに、どうしよう、見ちゃった……!!)


早鐘を打つ胸を押さえ、震える手の中のカルテに視線を落とした。


【世前夢見カウンセリング 相談者記録】

氏名:福田俊明(ふくだとしあき)

年齢:37歳

住所:神奈川県海老名市

職業:水質管理系企業の設計士


◆症状

・悪夢、睡眠中の中途覚醒からくる不眠

・日中の不快感


◆夢の内容

・妻に暴力をふるい、怒りに支配される夢

・大きな濁流に呑まれて息ができず、絶望する夢

・オレンジの屋根の家が連なる、西洋風の街並みの夢をたまに見る


◆その他備考

・賃貸の2DKマンションに会社員の妻と2人暮らし。

・基礎疾患はなし。

・現在子供はいない。共働きのため生活していくのに不自由はない状況。


----以上----


「福田さん。その後、お加減はいかがですか」


ヨゼの言葉に祈吏はハッとし、福田のカルテから目の前の本人へ視線を上げる。


「悪夢と不眠はあまり変わりませんが、世前先生からいただいたアロマを焚いてからは、気持ちが落ちつけて過ごしています」

「以前いらした際は心療内科の方にも掛かられていると仰っていましたが、今もご通院を?」

「はい、しています。眠剤があればある程度はマシなので。とは言っても、悪夢を見た日は眠気が残りますが」


(この方の症状、自分とすごく似てる……)


祈吏はカウンセリングの様子を伺いながら、ひとまず自分を落ち着かせようと目の前の最中に手を伸ばす。

薄い皮がさくっとしていて中の餡はすべらかだ。思わず頬がゆるむ。


「それで、なのですが……やはり何をやっても悪夢が消えないので、今日は以前勧めていただいたあれをお願いできればと」

「入眠療法ですね。はい。以前お越しいただいた際に伺ったので、ご準備は整っています」

「その前に…もう一度、最近の福田さんの御心境など、改めてお聞かせ願えますでしょうか」


ヨゼは優しい声色で、福田の方に少し身体を傾ける。


「生活の中でふとした際に抱く些細な感情や、常に心中に渦巻く感情があればそういったもの。どんなものでも構いません」


その言葉に福田は一瞬逡巡したが、ヨゼを信頼しているのか、語り始めるのに時間はかからなかった。


「どうしても……妻を、疑ってしまうんです」

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