第3話-眠剤が効けばよかったのに

あんずの言い分はあまりにも真っ当だった)

競馬場の地下通路階段で落ちかけた時にリフレインした言葉。


『休学の上にギャンブル通いなんて、あり得ない!』の言葉には続きがある。


『――その夢遊病、早く病院で診てもらった方が良いに決まってるわよ!』


小学校からの幼馴染、千切杏ちぎりあんずは同じ大学の美術学科(油画ゆが)に通う女の子で、祈吏の親友と言っても過言じゃない相手だ。

夢遊病の件を最初に相談した相手も杏だった。ちなみに両親には一切話していない。


(にしても杏の言葉は少し語弊ごへいがある言い方だったな)


厳密げんみつには好きでギャンブル通い……公営競技こうえいきょうぎきょうじているのではなく、仕方なく生活費を稼ぐためにしている。ということにしておいて欲しい。

それに休学は春休みが終わっても治らなかった場合考えているだけで、まだ休学はしていない。


(杏、多めに見てください。バイトも出来なくなっちゃった今、手段的にはこれしかなかったんだ……)


実家からは仕送りを現物支給で定期的に送ってもらっている、大変ありがたい。

しかし家賃や他の生活費については全て自分でまかなうのを前提に都内で1人暮らしをさせてもらっているため、どうにかする必要があった。


元々はスーパーの品出しのアルバイトをしていた。

けれど夢遊病に悩まされ始めてからまともに働くのが難しくなり、職場に迷惑をかけるのは嫌だったので事情を話し辞めた。

それで休学(予備軍)の無職、奇怪きっかいな夢遊病に悩まされ――心療内科へかかり睡眠薬を処方されたが、夢遊病が治る気配は微塵みじんもしなかった。


競馬場から小1時間電車に揺られ、乗り換えをする。

ホームに降り立ち暮れた夕空を見上げると、春先と言えども肌寒い。


だが懐は暖かかった。


(今日のレースで勝ち金は12万と4800円か。眠いせいかあまり好調じゃなかった。でも3連複さんれんぷくの大穴、賭けてやっぱり正解だったなあ)


最初は1200円しか入っていなかった財布の中がホカホカだ。これだけ当たればまあいいかと頷く。

はたからみたら大勝ちとも言えるこの状況は、祈吏にとっては想定内の事象だった。


(にしても……本当にこれからどうしようかな)


今は喜びよりも不安の方が大きく、祈吏は大きく溜息を吐く。


(公営競技だから稼ぎすぎると税申告が必要になるし、何より休学したい上にバイトをせず競馬や競艇で勝ったお金で生活しているなんて、お母さんにバレたらなんてドヤされるか……)


想像するだけで胃がきゅっとなる。


(どうにかして、この不眠を解決しなくちゃ)

(……あぁ、そういえば)


ピンと昼間のことを思いだし、斜め掛けかばんのサイドポケットに入れておいた紙を取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る