2話 栄花

 診療所のドアを叩く音がする。

彼が出て行ってからそこまで時間が立っていないから戻って来たのだろうかと思うけど……、それなら勢いよく開けて入ってきそうだから違う人だろう。


「……誰か来たみたいだぜ?」

「……急患かな」


 もし急患だったら対応した方が良いだろうと思い急いでドアを開けると弓を持った眼鏡の女性と大剣を担いだ男性の姿が現れた。

どう見ても村の人間ではないその姿に警戒をしてしまう。

それに気づいたダートが直ぐにぼくの隣に来てくれて安心する。

何かあったら助けてくれるだろうし今回はぼくが対応してみるか……。


「えっと……、どなたですか?」

「休診中にごめん!ここがこの村で唯一の治癒術師が住んでる家って聞いたんすけどあってますか!!」


 目の前にいるのに大声を出されて咄嗟に耳を塞いでしまう。

何なんだこの人は迷惑も考えられないのだろうか……、取り合えず急患でないならお帰り願おうか。


「実はで……ボコボコゴホゴホ」


 唐突に声が異音に変わった事に違和感を感じて彼の顔を見ると口を水で塞がれて藻掻いている。

何が起きたのかと周りを見渡すと弓を持っている女性の弓が光っているのが見えた。

弓使いだと思っていたけれど魔術も使えるのか……、それにしても仲間に何てことをするんだ。


「ケイ、耳元で大声を出されるのはしんどいのであなたは暫く黙って反省していなさい……この人がいきなり大声を出してしまい申し訳ございません」

「ほんとだよ、俺達の鼓膜が破れたらどうしてくれんだっ!」


 ケイと呼ばれた男性を突き飛ばしながらダートが弓使いの女性を睨みつける。

ここまで雑に扱われるとなんというか流石にかわいそうな気がするけれど……、気にしすぎたら話が進まなくなるだろうから今は放置させて貰おう。

それよりも彼女の口調が悪くなっている事を教えてあげた方が良いかな……


「ダート……、口調が戻ってますよ」

「やっべ!」


 咄嗟に口を抑えて焦る彼女を見て微笑ましい気持ちになるけれど今はそれを楽しんでいる場合ではないだろう……。

そんなぼく達のやり取りを見て弓使いの女性が口元を手で隠しながら笑いだしてしまったけど恥ずかしい物を見られてしまった気がする。


「ふふ、喋りやすい方で大丈夫ですよ泥霧さん」

「おめぇ、俺の事知ってんのか……もしかして同業者か?」


 同業者と聞いて二人の服装を見るけれど制服のような服を着ていて何れかの組織に所属しているように見える。

ダートと同じ冒険者には到底視えない。


「同業者ではなく……どちらかというとあなた達の元締めですね」

「という事はおめぇら……栄花か」

「はい、いつも大変お世話になっております」


 栄花……?確かこの世界の中央に栄花評議国があった記憶がある。

議会制の国で他国とは完全中立の立場を守っており、他国間での争いの仲裁等を行う事で栄え世界の中心になった国だ。

特にぼく達がいる魔導国を含む五大国やその他小国全てに冒険者ギルドを置きそれぞれの国内で対応しきれない問題を冒険者を率いて解決してくれてもいてぼく達の生活には最早無くてはならない組織の元締めだ。

という事はこの二人は栄花の人間って事だろうか。


「……んな奴らがこんな辺境に何の用があって来たんだよ」

「あぁ、そこは俺が話すよ」


 大剣の男性が魔力で作られた水を飲み干すと内容を話して聞かせてくれた。

彼等は栄花評議国から派遣されて来た騎士で年に一回それぞれの国を巡回し国内を視察しているそうだ。

そういう人達がいる事を知ってはいたけれど実際に会うのは始めてで困惑してしまう。


「って訳でいつもは軽く国を回って帰ろうと思ったんすけど……、最近開拓村が出来たっつうんでその開拓に同行させて貰おうと寄らせて貰ったんすよ」

「話は分かったのですが……、それとここに来たことに何の繋がりがあるんですか?」


 同行するなら二人で勝手に行ってくれれば良いのに何故ここに来たのかがぼくにはわからないので思わず疑問を投げかけてしまう。

特にあの国の騎士は武器と魔術の両方を使いこなす精鋭が揃っており隙が無い事で有名だ。

そんな彼等がぼく達に何の用があるというのか……


「そりゃあんたがこの村唯一の治癒術師と聞いてついて来て貰おうと思って来たんだよ」

「それに高名な冒険者である泥霧の魔術師ダートさんにもついて来て貰おうと思って二人が現在滞在しているこの診療所に来させて頂いた次第です」

「ついて来て貰うってよぉ……、俺はこいつの護衛の為にいるんだぜ?依頼を受けてる間は他の依頼はやらねぇぞ?」


 そう言ってぼくの前に立って二人を威圧する様に睨むダートを大剣の男性は苦笑いを浮かべ弓使いの女性は困惑した顔をする。


「えっと……護衛隊の奴に伝言頼んだんすけど聞いて無いっすか?」

「あ?……来てねぇぞ?」

「それは変ね……ケイ、私達よりも先に診療所に向かった男性が居た筈よね?」

「あの人ですか……、同行しろと言われたので断ったら怒って出て行ってしまいましたよ?」


 二人は困惑の色を更に強くして黙ってしまう。

確かに伝言を頼んだ相手がそんな事になっていると知ったら困惑するのも無理がないと思う。


「治癒術師さんとの間に何かがあったみたいですね……、この度は不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません」

「別に気にしてないので大丈夫ですよ」

「なら良かったって事でさ、改めて俺達から説明したいから時間を作って貰っていいっすか?」


 それ位なら問題無いかなと感じる。

正直初対面の人相手に時間を作るのは面倒だけど、今回はぼくが失礼な事を護衛隊の彼にしてしまったという負い目があるから話を聞いた方が良いだろう。


「わかりました……、それならリビングで話を聞かせていただきますね」

「ありがとうございます!アキ先輩行きますよ!」


……時間か話を聞く位なら別に良いかと思いながらぼくは彼等を診療所から家の中へと招待した。

大剣を持った男性が弓使いの女性の名前を叫びながらぼくの事を通り越して入って行く。

護衛隊の彼の言葉をしっかりと聞いていたらこんな面倒な事にならなかったんだろうなと反省しながら二人から話を聞く為にお茶の準備をする。

ただ……騒がしい客人が何を言い出すのか不安になっているぼくがいた。

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