第91話 ギルド内✿『駆け引き』

― ☘

 この試験は、やっぱり裏がある。

 そのことは、間違いがないと確信を持っているしセビオが加担しているのは、客観的に見て明らかなのであるが、今の現状は、彼が絡んでいるかどうかを証明できない。


「でも、報連相は大事……よね。」

 サーシャは2つの書類を敢えて『第2階層事件』の書類に綴り、席を立つ。


 ◇


「セビオ忙しい中申し訳ないのだけれど、例の事件での遺族はその後どう?」

 厳しい表情を敢えて作りセビオに聞くサーシャ。


「え? 今それ聞きます? 見ての通りで後にして貰えると助かるのですが。」

 サーシャに目も合わさずにセビオが返す。


「実はギルド長から報告を急かされていて、あなたの状況が大変そうだったから、待って貰っているの。でも、今なら余裕がありそうかな? と、感じたから聞いたのだけれど……ごめんなさいね。(嘘だけどね)」


 冷たいトーンで謝るサーシャ。

(チッッ!)小さく聞こえない程度の舌打ちをして、セビオがサーシャを見る。


「あー、そうだったのですね。」


「えぇ、ギルドにとっても大きな事件だったし、君がギルド内では一番の『被害者』なので、これでも、気を使っているのよ?」


 お互いが悟られないように、「気持ちのない笑顔」を向けあう。


「正直、形見が残ってしまった方が厄介でして、彼女の母親からは、ギルドや生き残りの仲間への恨み辛みは未だに……。でも、この試験が終わたら僕が何とかしますよ!」


 力こぶを作るような仕草をするセビオに、サーシャは笑顔を切らさず、


「わかったわ。

 それ、ギルド長に上手く伝えておくから、あなたは、こちらを頑張って。」


 と、彼の肩を叩き、気持ちのない笑顔を解いてギルド長の執務室へ足を向ける。


 ✿


トントントン……トン。

 サーシャがノックをすると、ドアの向こうから、

「入れ。」と、短くギルド長リッチモンドの声が聞こえる。


「失礼します。例の件について少し報告があります。」

 ドアをユックリと静かに閉めて、少し深めのお辞儀をするサーシャ。


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「そのノック……と、いうことは『あっち』かね?」

「はい―――。」


 ギルド内の警戒を強めている反面、逆に、どの目が光っているのかわからない状況でもあり、「当たり前に長に報告をする」とき以外の接点を持たないように、お互いが注意している関係である。それなりのサインを決めていたりする。


― ☘

 先程のセビオとの会話も、

 念には念にと、ギルド長に報告することを当事者本人に伝え、その事実を確証にした―——配慮ゆえのブラフ。

 当然ではあるのだが、サーシャの報告は『第2階層事件』のことではない。


 サーシャは、密偵である『三つ葉』からの報告を筆談を交えて、端的に伝える。


 併せて、『華の蝶』及び『アリアウルフ』との密談の内容を、「チーム『大空グランシエル』」の保護者面談結果として報告を入れる。


「ふむ……、確かにな。」


― ☘

 白髪を書き上げた態勢のまま、ギルド長の目は、はやり『水寄せの杖』の発注数、発注時期、そして『発注者』で止まっている。


「今日、『子供達』の方は、明日の試験の為にこちらに来るのかね?」

「はい。」


 サーシャの返事を聞くと、リッチモンドは手紙を2通認したためる。


 達筆速筆で用意したその手紙をギルド公式の封筒に入れ、厳重にもギルド長の魔法を込めた封かんをしてサーシャに渡す。


「これは……?」


― ☘

「いや、『第2階層事件』で一番迷惑を掛けてしまった「子供達」に対して、『母親達』にも、ギルドとして一筆謝罪を入れるだけのことだよ。」


「それと……。」

 そう言って、もう一枚の封書を用意するギルド長。


 その封書のあて先は ”パリス・デイジー” となっていて、その紙質は、明らかに他の2通より良い。


― ☘

「敢えて……私に持って行け、ということですか。」

「ああ。あそこは、目がなさそうだからな。」


 そうギルド長はそう言うと、右手で出ていけとサインを送り、サーシャは「失礼しました」と一礼して、外に出ていく。


 ✿


 自分の机に戻り、いそいそとD級昇格試験の案内や出かける準備を進めているサーシャを見て、セビオが少し焦ったように声を掛けてくる。


「サーシャさん、お疲れ様です。ギルド……長は何て?」


(肝が小さいというか……器が小さいというか、分かりやすいわね。)


 サーシャは、その癖、足跡をを消すのが上手いこの男を妬ましく思いながらも、『こちら』に都合がいいように説明をする。


「さっきのこと、ちゃんと説明しておいたわよ! 大丈夫だって。でも、ギルド長は、結構気にしている事件なのは間違いないわね。形見の残った女の子のご両親のケアをあなたにしっかり頼むと言付けられたわ。」


「そ……そうですか。頑張ります。ところで、サーシャさんはこれから何処かに出かけるのですか?」


(ほら来た。と、言う程の餌ではないのだけれど……小心者ね。)


― ☘

「『あなたと同じ』よ。『第2階層事件』で、リンデン君と最後まで一緒に居た子達……。親代わりが『風読み』と『アリアウルフ』なのよねぇ……はぁ。だからギルドからの説明と謝罪の手紙を預かったの。」


 少し気だるそうに説明するサーシャに、セビオが申し訳なさそうな振りをしてサーシャに言う。


「それは……、お気の毒と言うか何というか……。そちらに出向かれるのですか?」


「いえ、幸いにも今日あの子達が来るので手紙は預けるわ。でも……もうひとりが貴族様なので、そちらは流石に手渡しとはいかないのよ……ははは。」


― ☘

「あぁ……そういう意味での『特S級』新人の子でしたっけ? 『『花』魔法スター』の子と違って。」


「え? ええ……、そ……うなのよね。困ったものよ、貴族様にも。」


 自分に降り掛かる話ではない話に聞こえて、余裕が出たからであろうか?

 セビオが思わぬ言葉を口にするので、一瞬戸惑ってしまったサーシャであるが、貴族の我儘を引き合いに出し、何とか誤魔化す。


「なので、ごめんね。ギリギリまで手伝うけどその後は任せるね。」


「いえ、自分がサーシャさんの立場だとしたら……。考えるだけで胃が痛くて堪らないです。お気になさらず……頑張ってください。」


 そういうと、セビオは明日の指揮に戻っていく。



― ☘

―――気遣ってくれてありがと。それにしても、セビオ。

   何故あなたが知っているのかしらね?

   エヴァちゃんが『 スター 』であることを。


 サーシャは、去っていくセビオの背中を睨むように見つめながら、ポツリと呟く。

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