オオカミと赤いずきんのベリー売り
ねこじゃ じぇねこ
1章 タイトルページ
第1話 赤いずきんのベリー売り
タイトルページ。それは表紙の生まれる町。
かつてここにはベネディクトという聖熊がいた。彼は先住民にも開拓民にも分け隔てなく接し、新しい世界を築くにあたって大切なことを説いたのだという。
彼にまつわる逸話は『
現在に至っても、この町にはプロアマ問わず作家が集っている。
そしてもう一つ、ここはクマ族を中心に栄える町である。
ドラゴンメイド建国前から、ここはクマにとって大切な土地だったらしく、今でもその名残で住民の半数以上はクマ族で占められる。そのため、何もかもが体格の大きいクマ族たちのために作られている。
そう、私がお世話になっている宿も、ひと月ほど借りることになった売り場も同じ。すべてが私にはちょっぴり大きすぎる。
「なぁ、妹よ。踏み台があった方がいいんじゃないか?」
無意識につま先立ちになって裏方作業をしていた私に向かって、双子の弟であるクランはそう言った。
椅子代わりの木箱に腰かけてだらしない姿勢で見つめてくるその様は実に生意気だ。仕方ない。四人きょうだいの末っ子なんてそんなものだ。いちいち気にするようなことじゃない。
だが、そうだ。これだけは訂正しておこう。
「何度も言うけれど、クラン? 出生証明書によれば、先に誕生したのは私。兄弟姉妹の誰が上か下かなんて全くどうでもいい話だし興味ないけれど、それだけは譲らないから」
他人から見れば実にくだらない争いだろう。私だってそう思う。けれど、仕方がない。これも強がるあまり大人になれない弟のためなのだから。
「ふん、何度も言うけれどさ、ラズ。極東の国では後から生まれた方が兄姉なんだってよ。つまり、俺がお兄ちゃんってわけさ、赤ずきんちゃん」
「はいはい、クランお兄ちゃん」
どこで聞いたのか、本当なのかも分からないその話も耳たこなので、あしらい方もうまくなっていく。それ以上は何も言い返さず、ずれかけていた赤いずきんを澄まし顔で結びなおす私の態度が気に入らないのか、クランは青空のような目でこちらをうんと睨むと、赤キツネのような髪を手でくしゃくしゃと搔きむしった。
そんな私たちのじゃれ合いを、家族の一員である喋るオオカミ──世間ではマヒンガと呼ばれるケモノのブルーが心配そうに見つめていた。
「あの、二人とも。そうカッカしないで。どっちが上だっていいじゃない。どっちが偉いってわけじゃないんでしょう?」
少年のような声と共に子犬のような純粋無垢な眼差しで見つめられると心がズキリとする。私だって分かってはいるのだ。馬鹿馬鹿しいことだって。それなのに、クランときたら──と、思っているところへ、クランがひょいと立ち上がった。
いつの間にか私よりうんと伸びた背丈に少しだけ嫉妬し、双子にしては私とはあまり似ているとは言えない赤毛と水色の目の横顔に、亡き父方の祖母の面影を重ねてしまった。
故郷で母や母方の祖母と共に家を守っている姉グースといい、どこをほっつき歩いているのかもはっきりとしない兄ブラックといい、血を分けた私たち四人きょうだいはパッと見た感じでは全く似ていない。
目を凝らしてみれば、目鼻立ちは似ているはずだが、髪の色と目の色がバラバラであれば、それだけで印象も変わるものなのだ。
見た目とはそれほどまでに影響する。
ベリーだってそうだ。
この大地に生じる多種多様のベリーは、その形も色も数えきれないほどたくさんある。同じ赤色のベリーだってその特徴のわずかな違いで分類され、効能も使用法も全く違う。
たとえば同じ赤色のフレイムベリーとハバネロベリーではその用途にもよるが使用法は大きく異なり、武器として使う際や料理として使う際は──。
「おい、ラズ、おい、あんたの客だぞ!」
クランの声で我に返る。
カウンターにはクマ族の家族連れがいて、小さな子どもがにこにこしながら私の採取したエナジーベリーの五個入りセットを指さしていた。
「エナジーベリーのセットですね。十
慌ててクランと場所を変わって対応すると、クマ族の父親がポケットから十鱗貨幣を取り出した。
確かに受け取ると、待ちきれなかったのかクマ族の子どもは嬉しそうにエナジーベリーのセットが入った小さな袋を握りしめた。
一鱗が林檎一個分の価格だと思うと、やはりベリーは少し高い。エナジーベリーは蜂蜜の味に相応しく栄養価も高いものの、まさに魔法のような力を持つ他のベリーに比べればお菓子のようなものだ。それですら割高と思えば、誰も彼もが思う存分買える代物ではないこともよく分かる。
けれど、クマ族の子どもは受け取ったエナジーベリーの小袋を開けて目を輝かせていたし、クマ族の両親はそんな我が子の様子に笑みを浮かべていた。
何も、この家族が特段にベリー好きであるというわけではない。ドラゴンメイド国民なら誰だってそうだ。どの地域だって同じ。ベリーロードでつながっている土地の者ならば、多少なりともベリーに取り憑かれているものなのだ。それは開拓民の子孫だって先住民の子孫だって変わらない。
「すごい……お姉ちゃん、このエナジーベリー、輝きが違うね!」
目を輝かせながらクマ族の子どもが言った。我が子の言葉に両親も交互に覗き込み、確かにそうだと頷き合う。その反応があまりに嬉しくて、私はつい身を乗り出してしまった。
「そう! そうでしょう! ここからちょっと離れたトワイライトの森で採取した、とっておきのエナジーベリーなんです。お値段は一緒ですけれど、この近辺で採れるベリーとは一味違うはずですよ」
つい力説してしまい、内心ちょっとだけ後悔したものの、それが顔に出る前にクマ族の母親がお淑やかに反応を示した。
「まあ、それは良い買い物をしたわ」
「また世話になるかもしれないね」
帽子を取って挨拶するクマ族の父親に挨拶を返し、去り際に無邪気に手を振るクマ族の子どもに手を振り返していると、背後で大きなため息が聞こえてきた。
「あー全くさぁ、相変わらずだな、我が妹は」
「何が相変わらずなのよ」
「ベリーだよベリー。相変わらずのベリー馬鹿」
「ベリー馬鹿はお互い様でしょう、クラン?」
流し目で振り返ると、ふと端から声が聞こえてきた。
「あの……もしかしてケンカしてる?」
尻尾を軽く振りながら訊ねてくる彼に、私とクランはほぼ同時に口を揃えて、
「してない」
と、言った。
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