第9話 ポチ最強!ポチ可愛い!
ダンジョンに足を踏み入れる。
ダンジョン内部は、薄暗い洞窟だった。わずかに天井の鉱石が発光しているようだが、あまり遠くまでは見渡せない。迂闊に進めば痛い目に遭いそうだ。
「ここがダンジョン……すごいな。なんとなく、嫌な感覚がする……」
一歩でもダンジョンに足を踏み入れると、不気味な不安と恐怖を覚えた。それはダンジョンからの警告なのか。きょろきょろと周りを見渡しながら、ゆっくりと前に進む。
ポチが僕の隣に並んでついてくる。
昔は純粋に探索者に憧れたものだが、いざダンジョンに潜ってみると考えは変わる。ポチがいなかったら、とてもじゃないが一人で潜ろうとは思えない。
この異様な雰囲気に呑まれて、すぐに後ずさりしていたはずだ。
隣を歩く小さな家族の存在感は大きい。
だが、懸念もある。
ポチの能力を僕はまだよく知らない。ある程度相手の心を読むことができても、実力を把握することまではできない。
そのうえでポチの望みを叶え、さらに自分の望みすらも叶えるべくダンジョンへやってきたが……。せめて、ポチがどのくらい強いのか確かめてからでも遅くはなかったな。
装備もないし、今さらながら自分の無鉄砲さにビビる。
「なあ……ポチ」
「わふ?」
おそるおそる話しかけた僕の声を聞いて、ポチが首を傾げる。
瞳は楽しそうに輝いているが、それでも撤退の提案くらいは伝えておかないと。いざって時に迷っては困る。
ズキズキと痛む良心から目を逸らし、大きく息を吸ってからハッキリとポチに言った。
「ここまで来ておいてなんだけど……一旦、地上に帰らないか? ポチの実力を知ってからでも遅くないと思うんだ」
「ワオンッ!?」
……ワオン?
なんだかちょっと犬っぽくない声が聞こえた。
しかし、慌てて僕の周りをぐるぐる回るポチが気になってそれどころではない。必死に、「嫌だ嫌だ!」と訴えかけているのがわかる。
ここまで駄々をこねられると僕は弱い。けど、ポチの命も関わってくるし……。
ううん、と悩む。
僕たちがいまいる場所は、ダンジョンの第一層。基本的にダンジョンは、下へ降りればおりるほどに敵が強くなっていく。
日本最強の探索者ギルドでも、たしか四十なん階層とかを攻略してる最中だ。それを考えると、一層なんて余裕余裕! って思っちゃう。が、僕は探索者になりたての新人だ。おまけにスキルの覚醒からまだ一日しか経っていない。
そんな状況で、一層であろうと無謀に突き進めばどうなるか……。答えは非常にシンプルだ。
先ほどまでの浮かれていた自分の顔面を、心の中で殴る。そして、つぶらな瞳でジッとこちらを見つめてくるポチに、現実を突きつける。——直前。
突如、僕たちの目の前に一体の魔物が現れる。
僕とポチの視線が、ほぼ同時にそちらへ向いた。視線の先には、よくゲームや漫画に出てくるような……小さなスライムがいた。
そう、スライムだ。スライムとしか形容できないようなモンスターがいる。ぷるぷるとゼリー状の体を揺らす水色の饅頭……。
やはり、どこからどう見たってスライムだった。
——第一層にはスライムが出てくるのか……。
暢気にそんな感想が出てくる。
そのあいだに、気付いたらポチがスライムの下へ近付いていた。躊躇のない動きだ。スライムとポチの絵面が可愛くて、状況の悪さを理解するまで二秒もかかった。
慌ててポチに声をかける。
「ぽ、ポチ!? 危ないから離れてっ!」
いくら相手が一層の、それもおそらく最弱クラスのスライムであろう危険だ。モンスターであることに変わりはない。
油断すると死ぬ可能性だってあるし、覚醒者以外からしたら普通に強敵だ。
ポチがモンスターであることなど忘れて叫ぶ。しかし、ポチは僕の言葉をスルーして右前足をわずかに持ち上げる。その後、——勢いよくスライムを踏みつけた。
——ブシャッ! というスライムの潰れた音が聞こえる。
「……ぽ、ポチ……?」
ポチに攻撃されたスライムは、饅頭みたいな体を飛び散らせる。水色の液体が、ポチの周りに勢いよく広がった。あたかも、人間でいうところの鮮血のように……。
——い、一撃だ。ポチが、一撃でスライムを倒した……。
いくら相手が弱そうなスライムとはいえ、踏みつけただけで倒せるものなのだろうか?
僕はあまりダンジョンに関しては詳しくない。なので、いまいちポチの強さがわからないが……もしかすると、ポチはものすごく強いのかもしれない。もしくは、第一層の敵が弱すぎるか。
どちらにせよ、勝利を収めたポチがドヤ顔を浮かべる。
僕は手放しでポチのことを褒め称えた。
「ぽ……ポチすごい! ポチ最強! ポチ可愛い!」
褒めるたびにポチの尻尾が揺れる速度を増していく。
その様子を微笑ましげに見つめながら、ふと、僕はスライムの亡骸? が徐々に霧となって消えていく現象を見た。
記憶を探ると、それはダンジョンならではの現象だった。ダンジョンでは、倒されたモンスターは霧のようになって消える。ゲートから出てくるモンスターと違って、死体が残らないのだ。
そして、やがてスライムの体がすべて消え去る。あとに残ったのは、紫色の小さな石だけ。
【魔石】と呼ばれる、魔法道具の核だ。それを拾い、汚れすら消えてキレイになったポチの頭を撫でる。
——そこへ。
こちらの空気も読まずに、さらにもう一匹。薄暗い闇の中から、新たなモンスターが姿を現した。
全身が緑色の小さな子供みたいな……醜悪なるモンスターが。
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