第10話:初めてのキス
「えと……なんで唇と唇なんですか?」
「効率よく魔力を供給出来る場所が口なんです。いくつかの書籍にもそう記述がありまして」
「は、はぁ……」
大賢者が言うのだから間違いはないのだろう。しかし、問題はその行為だ。
唇と唇の触れ合いとは言ったが要はキス。恋人同士がやるものだ。
私とムーナは知り合って間もないし第一女同士な訳で。
「はぁ……はぁ」
「……ですが手でも魔力供給は行えますし死ぬことはないです。その辺の選択は任せます」
「わかりました……」
「さて、流石にここで行う訳にもいかないので隣の部屋をお使いください。落ち着いたタイミングで寝室をノックしていただければ」
「ありがとうございます」
お礼を言った後、私はムーナちゃんを抱き抱えて隣の部屋へと移動した。
作業場だろうか?
本棚にはいくつもの本が並べられており、奥の机には資料が散らばっている。
あ、近くにソファがあるじゃん。
休ませるのにちょうどいいと思い、私はソファの上にムーナをゆっくりと降ろした。
「う、うぅ……」
「……大丈夫?」
「あー……頭が痛い、吐き気もある」
「……しんどいよね、当たり前か」
身体を震わせ、呼吸を荒くしている。
魔力は生き物の生命エネルギーみたいなものだ。それが無くなるという事は身体への負担がとてつもなく大きくなる。
私も何度か経験しているから、その辛さはよく理解している。
「う、うぅ……」
「ムーナ……」
繋がれた手を強く握る。
いくら聖女でも魔力を回復させる事は出来ない。一応リチャージで気力を回復させたりはしてるけど気休め程度だ。
魔力は供給しているし死ぬことはない。
ただ、ムーナの悲痛な表情を私は見ていられなかった。
「げほっ……げほ……」
虚ろな目で明後日の方向を見ている。
身体の震えは収まらないし、むしろ咳き込んで酷くなっているようにも感じる。
死ぬ事がないと分かっていても、この状況を私はよく思わない。
……やるしかないのだろうか。
「……」
ムーナの頬に優しく手を添える。
正直、私はキスなんてした事もされた事もない。ムーナは長く生きているから一回や二回経験はあるだろうけど……会って間もない私とする程、軽い人ではないだろう。
だからこそ、今からやる行為は私の自分勝手なもの。
辛そうなムーナを見たくなくて、見続けないといけない状況から解放されたくて。
己の身勝手な思いに悩みながら、彼女の元へとゆっくり顔を近づける。
「ごめんね……後でいっぱい殴っていいから……」
「……っ」
謝罪の言葉を告げた後、私はムーナと唇を重ねた。
「ん……」
初めて味わう唇の感触はとにかく柔らかかった。ぷにぷにで押せば押すほどくっついていくような気がして。
「ふぅー……ふぅー……」
呼吸と同時に魔力を流し込んでいく。
ただ、ムーナの力が想像以上に弱まっていて、口が開いてくれない。
これでは効率的に魔力を供給出来ない。
なので……私は舌を使って無理やり口を開けさせた。
「っ……」
……聞こえない。
水音なんて聞こえていない。
いや、聞かないようにしてるだけ。
かなり際どい事をしているという事実は認識している。ただ、それを受け止めると恥ずかしさで死にそうというか。
何も考えないよう、私は空いた口から魔力を注ぎ込んでいく。
「ん……」
ムーナの顔色が良くなった。震えも少しずつ収まり、手だけの時より明らかに効果が出ている。
このまま続けていけば、ムーナはすぐにでも回復するだろう。
「……」
ただ問題は私の方。
初めてのキスで、しかも舌まで入れてしまった。行為というものはする前は戸惑うのに、一度踏み出してしまえば止まるところを知らない。
ムーナが良くなったのにも関わらず、彼女を助けるという思いが薄れていき、私の中にある醜い欲望が徐々に顔を出していく。
(もっと……深く……)
欲望にリミッターが破壊され、入れ込んだ舌をより深く入れようとした時だった。
「んぅ?」
「もぅ……よい……」
ムーナが私の顔に手を当て、くぐっと前へと押し出す。
「……っ!! ご、ごめん……」
「大丈夫じゃ……気にする事はない」
ヒートアップした私の頭に冷静さが戻り、己の抱いた欲望だけが残される。
何をしていたの、私……
初めてとはいえ、キスで暴走し医療行為の範疇を超えた行動に出ようとした。
何故?
「ありがとね……」
「? 礼を言うのはこちらの方じゃぞ?」
欲に飲まれた私を止めてくれて本当に感謝している。あのままだと私はとんでもない事をしていた気がするから。
「ただ、少し待ってくれぬか……」
「え、うん、いいよ……」
「すまぬ……」
そう言い残し、私に背を向けて寝転がるムーナ。やはりまだ疲れているのだろう。
効率的な魔力供給といってもその時間は僅かなものだったし。
少しでも楽になるように、私がムーナに近づき手をギュッと握りしめた時
「……照れてる?」
彼女の耳が赤く染まっている事に気がついた。
「初めてじゃったからな……そういう行為では無いと頭でわかっていても本能は抑えられん」
「え、初めてだったんだ……」
「意外か? まあ、縁がなかったというよりはする暇がなかっただけじゃが……」
確かにムーナが生きていた時代は戦争の真っ只中。魔族を率いる王としての責務を果たす中で、色恋沙汰に手を出す余裕等なかったのだろう。
「だったら尚更ごめんだよ……初めてを奪ったんだから」
「そんなロマンチックな事は考えておらん。安心せい」
意外とドライなのかな?
そういう経験が無いと、少しは憧れるものだと思っていたけど。
「ただ……悪くはなかった」
「へ?」
いや……今のは何?
「これ以上は言わせるな。休ませておくれ……」
「う、うん……」
ボソッと呟かれた言葉が頭から離れない。ただの慰めの言葉か、それとも……
妙に気まずい雰囲気の中、私は静かにムーナの手を握りしめ彼女が立ち上がるのを待ち続けた。
「「……」」
長い沈黙。
だが手首から伝わる、ムーナのやけに早い脈拍。
その鼓動を感じながら先程の出来事について考え込んでいたせいか、退屈はしなかった。
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