第2話 お引越し
「ぜぇはぁーぜぇはぁーぜぇはぁー……。お、おま、え、おえ……うっ」
「……………………………………」
陽炎が揺らめくコンクリート地面の上に停められた中型トラック。
そのフロントガラスに汗ダラダラの手とデコをへばり付け、息を荒げながら怒っている様子の、黒髪を後頭部で一纏めにしたチョイ小柄な少年と。
その横のトラックでできた日陰のコンクリート地面の上で両膝右手を付き、汗を垂らしながら何かを耐えるように左手で口元を抑える、ボリュームある黒髪ショートの褐色肌少女。
その汗だくで疲労困憊な2人の傍には、トラックのガラスに反射する太陽の反射光が照らす大きく重そうなダンボールがコンクリート地面に置かれ、その大きさと光と地面から揺らめく陽炎と相まって、ダンボールが謎の存在感を主張する。
トラックの運転席には優しそうな顔立ちのイケメン青少年が、助手席にはロリでツインテールな強気そうな少女が座り、フロントガラスの少年を見て引きつりながら困惑している。
夏の厳しさを教えつけるように太陽が照りつけ虐めてくる7月中旬の日の、暑さが呼び覚まされ始めた時間帯。
名古屋の端の地区に建てられた、年代を感じさせる12階建てマンション。その出入り口前の駐車場で起きているそれを、出入り口から、階段とポストがあるだけの日陰から、コードレス掃除機を持つ清楚そうな少女が、苦笑いを浮かべながら眺めていた。
12階建てマンションの10階の一部屋。
玄関ドアを開けてすぐのリビングに置かれた大きなダンボールとコードレス掃除機の前に立つ、3人から始まった。
一人目は、身長165センチ前後と同年代より小柄で、肩よりは上になる程度には長い黒髪を後ろで一つにまとめ、髪型以外は地味な少年。名前はレンヤで年齢16歳。
二人目は、レンヤと同じか僅かに低い程度とほぼ同じ身長に、軽めと適度なボリューム感を持った黒髪パーマに加えて、野生味と綺麗さを両立した褐色肌でバランスが取れたスタイルのいい少女。名前はアイナ、16歳。
三人目は、二人より少し小柄だが大人の雰囲気を漂わせながら清楚さを醸し出し、腰下まで伸びた紺色の光沢を見せる黒髪ストレートなスレンダー和風少女。サユリ、15歳。
レンヤ達がいるのは、この場にいない二人を合わせた五人で借りていた2LDKの一室。二部屋を男女別れた部屋割りで、共同生活していた部屋である。
その部屋は5人で一緒に暮らすには狭く、ちゃんとした住まいに移るまでの繋として借りていたもので、新たな住まいが見つかり、資金も溜まったため、彼らは引っ越しをすることになったのだ。
そして先程まで、階段を使って荷運びが行われていた。いくら古いマンションでもエレベーターはあるが引っ越しの場合は住民の迷惑になる恐れがあるために階段でと言われていた。
そして、引っ越し荷物を運び出しようやく残りは目の前の大きなダンボールと最後の掃除用の掃除機だけとなった場面である。
その荷物を前に、レンヤとアイナが寂しげな雰囲気を大げさに出していた。
「今日でこの部屋とは最後だな」
「ん。……寂しくなる」
「2LDKといっも五人だから狭かったよな」
「……でも、物がなくなったから、広くなったきがする」
「……寂しいな」
「ん、……寂しい……」
どこかわざとらしさを含む二人の会話。
この部屋はちゃんとした場所が見つかるまでのつなぎ、仮住まいとして借りていたため一年弱しか暮らしていない。
それでも、狭いなか色々と不便だったがそれなりに楽しんで暮らしていたため、彼らにも僅かに寂しさはある。
されど一年も住んでいない部屋だ。部屋で物思いにふけて語り合うほどではない。
ならレンヤとアイナは何をしているのか。
原因は目の前の大きなダンボールである。
中身はサユリが管理する超ハイスペックな特大パソコンである。個人で使うには高性能で大きすぎな、パーソナルを超えた性能だ。
レンヤとアイナのハンター稼業で使う装備の設計や耐久値の計算、治療ナノマシーンなどの薬品の調合シュミレーションなどにも使うため相応のスペックが必要なのだが、その分大きく、当然重い。その重さは500キロを超えている。
それを持って10階分の階段を降りなければならないのだ。
その階段の幅は広くなく、パソコンの大きさから考え、二人で運ぶのが限界なのは明らか。
運び出すのがどれだけつらいのか、たやすく想像ができてしまうその役目に選ばれたのが、残り三人よりも圧倒的に力があり、ハンターとして活動するレンヤとアイナというわけだ。
残り三人も一応ハンターの資格の一種、サポーター免許を持ってはいるが、裏方の彼女らでは一般人に毛が生えた程度の力しか持っていないため、言うまでもなくレンヤとアイナに白羽の矢が立つのは当然であった。
そんなことはお願いされるまでもなく二人は重々承知しているし、納得しているし、実際に二人なら運ぶことはできる。
そう。できるが、きつくない訳では無い。むしろ、ハンターとして速さを重視する二人に取っては、想像通りに大変なことのだ。
つまり、二人は運びたくないから引っ越しの寂しさを理由に二人は現実逃避しているだけである。
桁外れにきついことが簡単に想像できてしまうため、二人の体が行きたがらないのだ
「確かに、僅かな寂しさがありますね。ただ、物思いにふけていては日が暮れてしまいますよ。任せてしまって申し訳ないですが、さっさと運んでください。……いくら時間稼ぎをしても状況は変わりませんよ?」
二人の思惑を簡単に見透しているサユリは、掃除機を手にしながら微笑む。
「…………なんのことを言っているのかわかりません」
「…………ん。気の所為」
これ以上、モタモタしているとサユリに怒られてしまうと長年の付き合いからわかっている二人は、スタスタとダンボールの定位置に、進行方向をレンヤが、反対側をアイナがついて腰を下ろす。
するとアイナが気が付かなくていいことに気がついた。
「……そういえば……タクミとヒナは?」
「あっ…………まだ戻ってこないな……」
少し前に荷物を運び出した二人がまだ戻ってきていないことに気がつく。
「二人ならトラックで待っていると思いますよ。タクミさんにはトラックの運転をお願いしていますので。もうこれ以外運ぶものはありませんし」
レンヤとアイナは目線を合わせて目をパチパチさせる。
タクミとは、身長が170センチ程、細身でそこそこがっしりとして、短い髪型の茶髪でオシャレすぎずにきっちりとした優しそうな顔立ちのイケメン青少年16歳。
ヒナとは、ヒナコのことで、身長が140センチちょっとと、同世代よりも小柄なロリっ子で、その特徴を自分の長所として活かすために、薄金色と光沢を見せるセミロングな髪をツインテールにする、強かさを持った少女15歳。
この二人、タクミとヒナコは恋人同士で、付き合い始めてから結構立つが、未だに仲良しで、それはもう、熟年夫婦のような安定感を持つほどであった。
そんな二人のうちの片方であるタクミが、五人の中で運転が一番うまいという理由で、引っ越し荷物を載せて重くなるトラックの運転を任され、そうなれば必然的にヒナコは助手席に座ることになる。
更に、部屋に残った引っ越し荷物は滅茶苦茶重たいパソコンが入ったダンボールのみ、二人が部屋に戻ったところでやることはない。
だから、パソコンを運ぶレンヤとアイナ、最終チェックをするためのサユリの三人に後は任せて、車の中で待つのはおかしいことではない。それは部屋にいるレンヤとアイナにもすぐにわかった。
だが、これからとてつもなくきつい仕事をしなくてはならない二人にとってそんな正論は関係ない。
「……あいつら、俺たちがきつい思いをしなくちゃならないってときに、いちゃついてやがるな」
「……許すまじ」
「……なにか仕返しをしなくては!!」
「……同意。……リヤ獣には復讐を!」
二人は何かを目に宿らせ決意する。
「……何馬鹿なこと言っているのですか。遅くなると夕飯も遅くなってしまいますよ」
「「あ、はい」」
怒られる前にと、二人は何も悪いことをしていないタクミとヒナコに仕返ししてやると心に決め、それを糧に力を込める。
「「せーの!!」」
見るからにきつそうな顔でダンボールを抱えて、息を揃えて足を進める。
「階段は特に気をつけてくださいね。私は最後にもう一度掃除して、最終チェックしたら行きますね」
二人が玄関を出て、力が入った顔で通りを歩くなか、二人には部屋からの掃除機の音は聞こえなかった。
ようやくの思いで下の駐車場まで運び出した二人は、崩れ落ちる。
レンヤは呼吸を荒らげながらでも、それでもタクミらに文句を言うためトラックにへばりつき、言葉になっていない言葉を発す。
アイナはトラックにツン見終わると糸が切れたかのように膝、手を付き肩を上下させながらコンクリートの一点を見つめる。
レンヤとアイナを見て、運び出すのがそれほどきつかったのかと理解したタクミとヒナコは、意味も分からず若干引きながらも、申し訳ない気持ちも抱く。
そんな光景をサユリは掃除機片手に苦笑いで見つめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます