第3話 タイムリープ

 5月10日。

 私と宏斗くんが付き合うことになった日。

 どうやら、タイムリープによるスタートラインは変化しているようだ。

 前は4月2日にタイムリープしたのに。

 どうしてこうなったのかは分からないけど、今度こそ絶対に宏斗くんを救うんだ。

 でないと、私は壊れてしまう。

 その日の放課後、私は宏斗くんに飛びついて、そのままギュッと強く抱きしめる。

「お、おい。よせよ。みんな見ているだろ?」

「いいじゃない。私たち、恋人なんだから」

「いや、でも。恥ずかしいし……」

 恥じらう宏斗くんも可愛い。

 しばらく抱きしめていると、宏斗くんが離れていく。

 一人になるのが怖くて、ついその袖口をつまんでしまう。

「……どうした? 今日はずいぶん甘えてくるな」

「……」

「悩みがあるなら聞くぞ?」

「今日。怖い夢をみた。宏斗くんを失う夢を」

 そんな夢は見ていない。私は確かに宏斗くんを実際に失った。

 それも二度も。

 それはもう覆らない現実だと思う。

 でも、私は宏斗くんと一緒にいる。だから今度こそ、失わないようにするんだ。

 そのためなら私はどんな困難でも乗り越えて見せる。

 そうでなければ過去に戻った意味がない。

 私が助ける。


 それを本当にできるの?


 分からない。

 でも何もしないでいたら何もできない。

 何も変わらない。何も終わらないから。

 何もしないで、ただ嘆くだけなんてかっこ悪いから。

 何もしないで、泣き腫らすのにはもう飽きたから。

 もう何もしない自分でいるのが嫌だから。

 私は変わらなくちゃいけない。

 臆病な私とは決別したい、する。


 そのあとも何度かデートを重ねて、日々が過ぎていく。

 そしてきたる5月20日。

 私は荷物を持って宏斗くんの自宅を訪れる。

 お母さんが風邪を引いたらしく、そのお見舞いとお家デートを決行した。

 まずは犀川さいかわ家の昼食にサムゲダンを用意して、そのあと宏斗くんの部屋に移動した。

「ありがとな。おふくろ、すごい喜んでいた」

「おおげさだな。でも夕食も作るから期待しててね!」

 そう言ってニヘラと笑う私。

 このまま家を出なければ彼は死なない。

 良かった。

 なんとかなりそう。

 一抹の不安がよぎるが、宏斗くんを家からださない。

 パァアアアアとクラクションを鳴らす音が外から聞こえてくる。

「なんだ?」

 宏斗くんは窓を開けて外を見やる。

 暴走トラックが近くの電信柱に突っ込んでいるのが見える。

「事故……? 警察呼ばないと!」

 宏斗くんは巻き込まれずにすんだ。

 ホッとしていると宏斗くんは焦った様子で電話をかけている。

 十分ほどで救急車とパトカーがやってきた。

 宏斗くんと私は玄関から少し顔を覗かせている。

「事故に巻き込まれなくて良かった」

 私はホッとすると家に戻るよう、宏斗くんに促す。

「ああ。そうだね」

 でもこうして一緒にいられるの、嬉しいな。

 もうこれで私たちは苦しまずにすむ。

「愛紀、ちょっと変わったね」

「え?」

「いや、なんでもない。ごめんな」

 そう言って私の頭を撫でる宏斗くん。

 その横顔が少し寂しそうにしていた。

 そのあと、デートも終えて私は帰路につく。

 一安心したせいか、家に着くなり、眠気が襲ってきた。


 声が聞こえてくる。

『やっぱりタイムリープ実験は成功ね』

 美子ちゃん?

 その声は聞き覚えのある親友の声。

『うん。人体に問題はないみたい。良かった』

 可愛らしい声。

『でも、これを発表するとなると、世界各国が喉から手が出るほど欲しがるよね。しばらくは封印かな』

 美子ちゃんがブツブツと何か小難しいことを言っている。

『実験体にしてごめんね。愛紀ちゃん』

 待って。私は美子ちゃんが大好きなんだよ?

 手を伸ばそうとするががんじがらめになったように身体が動かない。

『ごめん』

 そう言って去っていく美子ちゃん。


 翌日、青山先生の隣に美子ちゃんが立つ。

「このたび、伊藤美子さんが引っ越すことになった」

「みんな。今までありがとう」

 そう言って悲しそうに目を伏せる美子ちゃん。

「なんで。なんで親友の私には言ってくれなかったのよ!」

 私は激高にかられたまま、叫ぶ。

 あの夢は本当は現実だったんじゃないか。そう思えた。

 一方的に別れを告げるなんて、ひどいじゃない。

「私、ずっと美子ちゃんのことが好きだった。すました顔も、意地悪な態度も、好きだった」

 悲しそうに眉根を寄せる美子ちゃん。

「落ち着け、愛紀」

「宏斗くん……」

「あたしも、愛紀ちゃんのこと好きよ。でもだからこそ、離れないと」

 どういうこと。

 それってまるで私を危険にさらしたくないみたいじゃない。

「いい加減にしろ! 伊藤さんは愛紀のことを思っている、それは違いない。それでも一方的にぶつけるのは友達じゃないだろ!」

「ご、ごめん……」

「落ち着きなさい。引っ越すと言っても二日ある。その間にじっくり話し合うといい」

 見ていられなかったのか青山先生も口を挟んでくる。

「……はい」

 昼休みに入って私は美子ちゃんの元に駆け寄る。

 そして尋ねる。

「タイムリープに関わっているんだよね?」

 ド直球な質問をしてしまった。もっと聞きたいことがあったのに。

「ちょっと来て」

 美子ちゃんは苦い顔をして私を女子トイレに連れ込む。

「どこで知ったのかな? タイムリープ」

「え。ゆ、夢で……?」

 少し曖昧な記憶だけど、でもあれは本当にあったことに違いない。

「……そっか。熟睡していたわけじゃないんだね」

 落胆したように、項垂れるように肩の力が抜ける美子ちゃん。

「あたしは日本時空対策研究員、伊藤美子よ。時空に関する研究を引き継いでいるの」

「それ、ホント?」

「もちのろん」

 悲しそうに、それでいて嬉しそうに目を細める美子ちゃん。

「あなたを何度も救ったでしょ?」

「う、うん」

「感謝して欲しいくらいね」

「うん。ありがと」

 美子ちゃんは口元をヒクつかせる。

「いや、怒るかと思ったけど……」

「ん。お陰様で宏斗くんと一緒にいられるの。怒るどころか、嬉しい」

「……そっか。ありがと」

 儚げな笑みを浮かべる美子ちゃん。

「いつか、あたしと一緒にタイムトラベルしようね?」

「うん。約束だよ」

 私は小指を伸ばし、指切りをする。


 放課後になり、私は美子ちゃんと、宏斗くんと一緒に帰る。

「それでね。愛紀ちゃんたら、あたしに泣き付いてきたの!」

「さすが親友。頼れるな」

 宏斗くんが砕けた笑みを浮かべている。

「もう。その話はしないでよ」

「いいじゃない。明後日には、もう……」

 美子ちゃんが悲しそうな顔をする。

「でも、もう踏ん切りがついたから。最後に良い思いさせてよ」

 美子ちゃんがどこか浮ついた様子で宏斗くんに話しかけている。

 女の勘が言っている。

 美子ちゃんは――。

「今日はありがと。楽しかった」

 美子ちゃんの家に着き、手を大げさに振って玄関を開ける美子ちゃん。

「愛紀ちゃんも、犀川さいかわくんも、末永くお幸せに!」

「結婚式かよ」

「大げさなんだから!」

 私たちを見て、美子ちゃんは笑みを浮かべて玄関を閉める。

 閉じた玄関の向こうで泣きじゃくる美子ちゃんを知らずに、私は宏斗くんに寄り添う。

 少し歩いていくと宏斗くんの自宅に着く。

「少し寄っていかね?」

「え?」

「お礼したい」

「うん」

 宏斗くんの家に入り、ゲームをしたり、マンガを読んだりして過ごした。

 今、すごい幸せだ。

 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。

 そう思わずにはいられなかった。

 宏斗くんはこんなに優しくて、可愛くて、格好いいんだもの。

「美子ちゃんの気持ち、分かるなー」

「ん。どうした? 急に」

「ううん。なんでもない」

 宏斗くんが私を抱き寄せて、頭を撫でてくれる。

「伊藤さんのこと、辛いかもだけど、俺はずっと傍にいるからな」

「……うん」

「悩みや辛いこと、俺にぶつけていいからな」

「うん」

 優しすぎるよ。

 これじゃ、余計に話せない。

「俺、頼りないかもだけど、絶対に愛紀を幸せにしてみせるからな」

「うん。ありがと」

 美子ちゃん、ごめんね。


◇◆◇


 あたしは親友のためにタイムリープさせたわけじゃない。

 本当の本当は彼のため。

 彼が死んだのが耐えられなくて、だから親友を利用した。

 彼女なら彼を助けてくれると信じてだから、あたしはこのタイムリープ装置を作った。

 被検体にしたのも、そんな役回りをさせたことも悪いとは思っている。

 でも、でもあたしじゃダメだった。

 だから、二人は幸せに生きて。

 幸せになって。

 あたしはこれから逃亡の毎日だけど、きっとタイムトラベル実現して見せるから。

 過去が変えられると知れば、テロも、戦争も、政治も。全てが狂う。

 純粋で優しい子でサンプルをとったのは良かった。


 ありがとう。


 そしてさようなら。


 あたしの親友。


 そして初恋。


 みんなスタートラインは違うものだから。変化していくものだから。


◇◆◇


 私は変わっていくことを恐れていた。

 怖いと思っていた。

 だって、今までの幸せが崩れ去ってしまうのだから。

 でももう逃げない。

 変えていかないといけない。

 私たちのように理不尽な目に遭うことがなくなるように。

 先生の言う通りだった。

 私たちが生きて、みんなに影響力を与えなければ世界は変わらない。

 変わっていく世界を見つめ続けていきたい。

 恋人も、親友も失ったことのある私は、その痛みを知っている。

 だから分かる。

 だから変えていける。

 理不尽な世界から、報われる人を生み出すために。


 もう少ししたら、そっちへ行くね。


――――――――――――

 あとがき


 今回の自主企画。レギュレーション違反になっていると思います。すいません。

 というのもモブも含む登場人物の人数が引っかかると思います。

 極力減らしたつもりです。難しかった。

 それでも、楽しんで頂けたのなら幸いです。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

 皆様の☆や♡が励みになります。

 改めて、ありがとうございました!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋するスタートライン 夕日ゆうや @PT03wing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ