第二十章

第330話 王の迷い

 ノルン捕獲のため旅する宮殿ヴェルーユでラルシュを出発。


 操縦桿を握るのはアガス。

 船長席の机で地図を広げるシド。


 船長席なんて、いつの間にそんなものを作ったのだろうか。

 まあ好きにすればいい。

 俺もこういうのノリは好きだから。


「陛下。このまま行けば、三日後に到着します」


 シドが地図に線を引きながら計算していた。

 アフラからデ・スタル連合国までの距離は約七千キデルト。

 これまでの移動で最も遠距離となるが、旅する宮殿ヴェルーユは夜間飛行が可能なので停泊の必要がない。


「確かに急いでるけど、何も三日間ノンストップで進む必要はないんじゃない?」

「操縦は私、マルコ、アガスがローテーションを組むので問題ありません。むしろ陛下はこれから何が起こるか分からないので、ゆっくり休んでいてください」

「はいはい。あ、そうだ。シド、ここからは普通に話してよ」

「そうは言っても、最近はこちらに慣れているので、なかなか難しいのですよ。まあ、気が向いたら戻します。ハッハッハ」


 まあ強制はしないが、今は普通に話してくれた方が嬉しい。


「そろそろフラル山です! 陛下の故郷です!」


 アガスが伝声管で船内に伝えると、レイとエルウッドが操縦室へ入ってきた。

 

「ふふふ、一緒に見ようと思ってね」

「ウォン!」

「ありがとう。それにしても懐かしいな」

「二年振りかしら」

「たまには帰りたいね」


 俺とレイが窓際に並んでフラル山を眺めていると、シドが肩に手を置いてきた。 


「全てが終わったら、皆で陛下の実家へ行きましょうか」

「登山で?」

「それは無理です! ですが陛下の父上……バディの墓参りもしたい」

「そうだね。父さんも喜ぶよ」


 世界一高いアフラ山はクラップ山脈の主峰で、標高九千メデルトを超える。

 クラップ山脈自体、平均標高は六千から七千メデルトもあるため、旅する宮殿ヴェルーユで越えることは難しい。

 そのため、南側のマルソル内海から迂回する。


「アル陛下、マルソル内海が見えました」


 アガスが教えてくれた。

 マルソル内海は、以前俺が竜種ルシウスを討伐したため、穏やかな海となっている。

 今となっては竜種の討伐が正しいのか疑問に思うこともあるが、当時は人間の生活を脅かす存在として認識していた。

 もし今だったら、俺はどうしただろうか。


「また何か考えてる?」

「え? ……うん。竜種ルシウスのことを考えてたよ」

「あの時はあれが最善だったのよ。あまり深く考えないで」

「ありがとう」


 レイが俺の右腕を両腕で抱えた。


 俺は竜種の存在意義を知ったことで、最近は世界の理や人間の傲慢さを考えることが多くなっている。

 もし黒竜ウェスタードと対峙した時はどうするべきか。

 俺は未だに答えを出せていない。


「昼食の支度ができました。皆様、食堂へお集まりください」


 伝声管からエルザの声が聞こえた。


「アル、行くわよ」

「ああ行こう」


 俺の腕を組んだまま食堂へ向かうレイ。

 悩んでいる俺に気を使ってくれているのだろう。


 ――


 出港から二日が経過。


 旅する宮殿ヴェルーユはマルソル内海からエマレパ皇国へ入り、その後フォルド帝国の上空を進む。

 今は非常事態ということで、各国より旅する宮殿ヴェルーユの上空飛行を無条件で許可してもらっていた。


 先程起床したばかりの俺は、寝間着のまま国王室で窓の外を眺める。

 窓は濡れており、雲の中を進んでいた。


「雨か。シドは凄いな」


 雨が降ってもシドたちは羅針盤と各種計器、そして地図を使って正確に飛行する。

 そもそも何も見えない深夜でも飛行するくらいだ。

 彼らにとって、雨の飛行など容易いのだろう。

 旅する宮殿ヴェルーユは水竜ルシウスの素材を使っている影響で、雨でも安定して飛行できる。


「おはようアル」

「レイ、おはよう」


 レイが起きてきた。


「雨なのね。ねえ、近頃元気がないけど大丈夫?」

「やっぱりそう見える?」

「そうね。ずっと悩んでるでしょう?」

「レイにはお見通しか。世界のこと、竜種のこと、そしてノルンのことを考えてるんだ。一万二千年も生きてきて、なぜこのタイミングで宣戦布告なんてしたんだろうって。どういう結果になっても、ノルンにメリットはないんだよ」

「ええ、少し変よね。アルの言う通り未来がないもの。一時の感情でこれほどの事件を起こすような人でもないでしょう?」

「そうなんだよ。調べると、古代王国初代国王は賢王だったそうだし」

「でも不老不死になって人格が変わることもあるでしょう。いずれにしても、今の世界に混乱を招いてるのは間違いないわよ」

「そうだね……そう思う」

「厳しいようだけど、あなたが毅然な態度を取らないと皆が迷うわよ。私たちにはそういう責任があるのよ」

「そうか、そうだよね。うん、ありがとう」


 若くして騎士団団長で、今は国を引っ張る女王という立場のレイ。

 その言葉には説得力がある。

 組織のトップが悩むと皆が迷う。

 確かにそうだ。

 責任ある立場にいることは理解していても、最近の俺は余計なことを考えすぎていたのかもしれない。


「レイ、ありがとう」

「ふふふ、私だって明るいあたなを見ていたいもの」

「うん、もう大丈夫。ありがとう」


 俺はレイを抱き寄せた。


「ありがとうレイ」

「ふふふ、アル。好きよ」

「俺もだよ。愛してる」


 レイと口づけを交わす。

 エルウッドは相変わらず、横であくびをしていた。

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