第321話 ベルフォン島

 景色は砂漠から海上へ移った。

 天候は快晴だが、眼下の海は白波が立っている。

 以前、竜種ルシウスを討伐したマルソル内海は穏やかな海だったが、ここは波が荒い。

 外海だからだろうか。


「ここを船で渡るのは大変だっただろうな」


 飛空船がなければ俺はクルシス砂漠だって、この海だって越えることはできなかった。

 ここを船で渡った古代の人は苦労しただろう。

 

 太陽が真上に登った頃、一向に変わらない風景だと思っていた水平線が変化。


「陸地だ! やっと見えたぞ!」


 水平線の彼方に、薄っすらと陸地が見えてきた。


 ここまでの数日間、ずっと砂漠の景色だった。

 地図と羅針盤がなければ、間違いなく遭難していただろう。

 空の上でも迷うほどの広大さだったクルシス砂漠。

 それから今度は海だ。

 正直景色に見飽きていた。


「世界は本当に広いな」


 窓の外を眺めていると、はっきりと陸地が見える距離まで近付いてきた。

 緑色に覆われているのは森か草原か?

 胸が高鳴る。


「あれがベルフォン島か。島というか、もはや大陸だな」


 シドが保有していたベルフォン島の地図によると、島の中心に古代遺跡がある。

 その遺跡をベルフォン遺跡と呼ぶ。

 一万年続いた古代王国の中期に建てられたそうで、時代としては古代王国の最盛期となる。

 最盛期の古代王国は、我々が住む大陸及び周辺の島々など含めて、世界の全てを支配していた。


「この山脈のどこかに遺跡があるのか……」


 俺は地図に目を落とす。

 島を東西に分断するかのような山脈。

 その山脈にある巨大な洞窟を利用して、神殿や街を建築したそうだ。


「しかしこれだけの巨大山脈だと、ベルフォン遺跡を探すだけで数日はかかってしまうぞ」

「ウォン」


 地図を見ながら呟く俺に、エルウッドが反応した。


「ん? どうしたエルウッド」

「ウォンウォン」


 エルウッドが窓へ歩き、一つの方向を見つめた。

 そして俺を振り返り、再度窓の外へ視線を向ける。

 それを何度か繰り返す。


「ウォンウォン」

「も、もしかして……エルウッドはベルフォン遺跡の場所が分かるのか?」

「ウォン!」

「ほ、本当か! 案内できる?」

「ウォン!」


 まさかエルウッドが、遺跡の場所を知っているとは思わなかった。

 始祖ということが判明したエルウッドだが、未だに謎が多い。


 エルウッドが示す方角に向かって、王の赤翼ラルクスを進める。

 草原、ジャングル、湖、川、崖、砂丘、丘、山と様々な景色を見せてくれた。

 ベルフォン島は自然溢れる島だった。


 島の上空を飛び始めてから、もう五百キデルト以上は進んだだろう。

 そこでようやく山脈の姿が見えた。

 東西に向かって地平線の彼方まで続く巨大な山脈。


「あ、あれは!」


 山脈の一つに、山を両断したかのような、そそり立つ岩山があった。

 標高は五千メデルトほどあるだろうか。

 垂直の岩壁は地上から頂上まで続いている。


 その麓に巨大な洞窟の入り口が見えた。

 洞窟の高さは地上から五百メデルト近くあり、入り口の壁面は巨大な彫刻が施されている。


「す、凄い……今まで見た洞窟で最も大きい」

「ウオォォォォン!」


 俺が呟くと、珍しくエルウッドが遠吠えをした。


「どうしたエルウッド。この景色が懐かしいとか?」

「ウォン」

「え! 本当に? じゃあエルウッドはここに来たことがあるのかい?」

「ウォウウォウ」


 エルウッドは首を横に振る。


「ん? 来たことはない? でも懐かしい……。待てよ? エルウッドは始祖でしょ?」

「ウォン」

「始祖には元々定住の地がある……」

「ウォン」

「も、もしかしてここが……エルウッドの故郷?」

「ウォン!」

「ほ、本当か! エルウッドの故郷なのか」


 まさか、俺がただ見てみたいと思っていたベルフォン遺跡が、エルウッドの故郷だったとは驚きだ。

 シドは知っていたのだろうか。


 俺は窓から周辺を見渡す。


「でも気候を安定させる始祖がいなかったら、この地の気候は荒れるんじゃないか? この地は竜種もいるんだろう?」

「ウォン」


 エルウッドが頷く。


 竜種と始祖は対だ。

 変動の竜種、安定の始祖。

 その土地は、竜種の変動で壊されながら作られ、始祖の安定で育みながら終わっていく。

 それを悠久の時をかけて繰り返す。


 竜種が消え始祖が残ると、異常なほど安定した気候になる。

 俺が住んでいた世界一高いフラル山がそうだった。

 安定はいいことに思えるが発展がない。


 始祖が消え竜種が残ると、常に天候は荒れる。

 ナブム氷原は竜種リジュールが残ったため、吹雪が吹き荒れる土地だった。

 荒天は破壊を生む代わりに、新たな誕生も生む。

 ただし、常に荒天では、誕生しても発展せずまた破壊される。 


 竜種と始祖がいることでバランスが取れていた。

 どちらか一方では、その土地は終焉を迎えてしまう。


 ではこの山脈はどうか?

 エルウッドによると、竜種は存在しているそうだ。

 エルウッドはこの地を離れているが、安定した気候に見受けられる。


「どういうことだ?」

「ウォウウォウ」

「まあ行けば分かるか」


 俺は洞窟に向かって王の赤翼ラルクスを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る