第42話 それぞれの想い
「ザイン! 相手は丸腰よ!」
ザインさんに向かってレイさんが叫んだ。
「斬ります」
「ザイン!」
「命令は絶対です。違いますか? 騎士団団長のレイ様」
「クッ」
レイさんが唇を噛みしめている。
ザインさんと俺との距離は六歩ほど。
剣を抜き、完全に俺を斬る体勢に入っている。
ゆっくりと剣を振りかぶるザインさん
「せめてもの情けだ。一撃で葬ってやろう」
言い終わると同時に、恐ろしい速度で振り下ろしてきた。
俺はとっさに右手で剣の平地を殴りつけた。
鈍い音が響く。
剣が大きく軌道を逸らすと同時に、ザインさんの身体も一緒に流れた。
その隙を見逃さず、俺は殴りつけた勢いのまま、身体を回転させ左手の裏拳でザインさんの顔面を狙う。
「当たる!」
ザインさんの顔面に直撃したかと思われたが、俺の左手は掴まれていた。
「まさか鉄の檻を手でこじ開け、剣を素手で殴るとはな。非常識にも程があるぞ、アル・パート」
ザインさんは冷静に話しかけてきた。
手を離そう思っても、しっかりと握られている。
百戦錬磨の一番隊副隊長だ。
こんな攻撃が通じるわけなかった。
「貴様の力は知っている。私は油断しない」
俺の左手を握ったまま、腕を斬り落とそうと剣を振り上げる。
冷静に任務を遂行するザインさんの目に、俺は恐怖を感じた。
「くそっ!」
だが、俺が諦めたらエルウッドが死ぬ。
素手だろうがやってやる。
エルウッドを助けるんだ。
俺はザインさんに力一杯体当りした。
「グッ!」
三メデルトほど吹き飛び、床に叩きつけられたザインさん。
俺は前転し、すぐに起き上がった。
「う、腕は?」
左腕を触る。
なんとか寸前で回避したようだ。
だがこのままでは確実に斬られる。
「ザインよ、丸腰の相手に何を遊んでおるのだ」
「ハッ! 陛下、申し訳ございません!」
ジョンアーが怒鳴る
重く響く声だ。
ザインさんが立ち上がり体勢を整えた。
その姿は一分の隙もない。
もう油断はしないだろう。
「諦めない!」
剣を殴った衝撃で血が滲む拳を再び握った。
骨が折れてもいい。
「諦めたらエルウッドが死ぬんだ」
「アル!」
レイさんが俺の名前を呼ぶと同時に、自分の
「貴様! 裏切ったか!」
ミゲルがレイさんに向かって怒鳴り声を上げる。
剣を掴んだ俺は、ザインさんの横をすり抜け、ミゲルの元へ猛烈な勢いで突進する。
こいつだけは絶対に許せない。
俺は躊躇なくミゲルに斬りかかった。
「届く!」
しかし、俺の斬撃は剣で止められた。
火花を散らし、剣を受けたザインさん。
「レイ様……」
少し諦めたような、哀しげな表情を浮かべ大きく息を吐く。
「鉱夫の分際で剣を持つか! ツルハシとは違うのだ!」
俺は何度となく斬りつけるも、全て受け流される。
力ではどうにもならない。
「剣技では私が上だ!」
その言葉通り、俺の攻撃は全く通用しない。
レイさんのレイピアは、レア八の虹鉱石でできているオーダーメイドの剣だ。
俺の力で思いきり斬りつけても剣は折れない。
硬くてよくしなる。
しかし、ザインさんは剣の性能だけで勝てる相手ではない。
ついにザインさんの反撃が始まった。
上段から下段、下段から上段と、変幻自在の剣撃が放たれる。
俺は捌くだけで精一杯になってしまった。
◇◇◇
裏切り行為となったレイに、ジョンアーが静かに問いかける。
「レイよ、どういうことだ?」
「陛下! 目を覚ましてください!」
「私が不老不死になれば、イーセ王国は永遠に繁栄するのだ」
「それは幻想です!」
「貴様も知っておろう。あの腐った王国の状況を。二度とあのような状況にはせぬ。余が王国を永遠に導くのだ」
歪んだ表情でレイを嘲笑うミゲル。
「ぐふふふふ、小僧に惚れたか。貴様も所詮は女か」
「貴様!」
レイはもう一度ジョンア―に進言する。
「陛下! 陛下ならそのような力を使わなくとも!」
「もうよいレイ! 余の願いを邪魔するな!」
ジョンアーは剣を抜き、強烈な斬撃をレイに見舞う。
丸腰のレイは両腕で防ぐしかなかった。
◇◇◇
俺はザインさんの剣撃を必死で捌く。
「貴様のせいで団長が狂ってしまった!」
「グッ!」
「貴様さえ現れなければ!」
イーセ王国でも屈指の剣士であるザインさんの剣技は熾烈だった。
テクニックとパワーが両立され、的確に俺の命を刈り取りにくる。
剣を弾こうにも、レイピアのしなりで難しい。
レイピアの戦い方に慣れていない俺は、とにかく凌ぐだけで精一杯な状態だ。
その中でも俺は、ザインさんの左肩に隙を発見。
狙いすまし、右上段から斜めにレイピアを振り下ろす。
しかし、その攻撃を予想していたかのように、ザインさんは俺の斬撃を受け流し、体勢の崩れた俺の首を跳ね飛ばさんと、強烈な横払いを放ってきた。
「しまった!」
隙はザインさんの誘いだったことに気づく。
ここへきて俺の経験不足が、致命的な状況を作ってしまった。
「死ねっ! アル・パート!」
「クッ!」
なんとか身をかがめて斬撃を避けるが、完全には避けきれず、右上腕部から血が飛ぶ。
「これを躱すとは貴様もなかなかやる! だがこれで終わりだ!」
完全に体勢を崩した俺に向かって、ザインさんが突きを放つ。
これはレイさんとの一騎打ちで見た、神速と呼ばれるレイさんの必殺技だ。
レイさんに匹敵するかのようなスピード。
だが僅かに遅い。
俺は両足に力を込め、同じように突きを放つと砕ける床の石板が砕け散った。
動き出しは俺の方が遅かったが、爆発的に開放された両足の力は、ザインさんの突きを上回る速度を生み出す。
俺はザインさんの突きを、踏み込みながら寸前で躱す。
頬が斬られ血飛沫が飛ぶ。
だが、俺は両目を開きしっかりと見ていた。
ザインさんの胸を貫く剣を。
「グフッ! ま、まさか……この突きを躱されるとは……」
ザインさんの口から血が滴り落ちると、その場に崩れ落ちた。
倒れながらも、レイさんの方向を見つめるザインさん。
「レ、レイ様? ゴボッ」
そして大量の血を吐き力尽きた。
俺もそのタイミングで、レイさんが倒れていることに気づく。
「ザイン! くそっ、小僧になんぞに負けおって。最後まで女の尻に敷かれた情けない奴じゃったわ」
「レイさん!」
レイさんの名を呼ぶも反応はない。
「ぐふふふふ、この女も貴様に惚れなければ、命を捨てることにはならなかったのにのう」
「黙れ!」
ミゲルの汚い発言が癪に障る。
俺は人生で、これほどまでに怒りを覚えたことない。
エルウッドは捕まり、ザインさんと戦うことになり、レイさんは殺された。
全てはこの男のせいだ。
「よい。余が斬る」
そして、この王のせいでもある。
圧倒的な存在感を放つ国王。
元騎士団団長だ。
弱いはずがない。
俺の傷はそれほど深くないし身体は十分動くのだが、慣れていない
「遅くなりました」
あの女騎士が部屋に入ってきた。
「リマか! あの小僧を斬れ!」
ミゲルが命令する。
ここへ来て俺は圧倒的に不利な立場となってしまった。
だが、リマと呼ばれた女騎士は、ミゲルの言葉を無視してレイさんに駆け寄る。
倒れたレイさんを抱えるリマ。
「レ、レイ! レイ! まさか、陛下がレイを?」
「貴様も裏切るのか? リマよ」
「裏切るも何も、アタシは昔からレイについて行くだけ……」
「そうだったよの。貴様もレイと一緒に余が拾ってやったのだったわ。ワッハッハッハ」
「その点だけは感謝してます、陛下」
そう言って、リマは俺に向かって剣を投げてきた。
「これは、俺の
「それを使いな。陛下に向ける剣はないから、宰相を殺す。レイを……レイを!」
その言葉を聞いたミゲルが激昂。
「貴様! 隊長ごときの分際で! おい! この女を殺せ!」
エルウッドの角を抜いた屈強な男二人に命令するミゲル。
ミゲルのことはリマに任せるしかない。
俺は視線を王に向けた。
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