第36話 謁見
イエソンに来て四日目。
騎士団入団試験まで、いよいよ残り二日。
朝早くに目が覚めてしまった。
さすがに落ち着かなくなってきたようだ。
リアナじゃないけど、俺ももう一回勉強しようかと思っていたところ、扉をノックする音が聞こえた。
出てみると知らない初老の男が立っている。
身なりはとても綺麗で、まるで執事のような格好だ。
「あの、どちら様でしょうか?」
「アル・パート様ですね」
「え? そ、そうです」
「恐れ入りますが、国王陛下への謁見を承っております。お迎えに上がりました」
「国王陛下……? 国王……。えええ! 国王陛下に謁見!」
絶対に俺じゃない。
「ひ、人違いじゃありませんか?」
「間違いございません。レイ・ステラー様からの使いと言えば分かるかと……」
「レイさん? わ、分かりました。すぐに支度をするのでお待ち下さい」
「狼牙も一緒にとのことです」
エルウッドも連れて行く意図が分からない。
しかし、レイさんの名前が出るとなると間違いないだろう。
俺はすぐに支度して部屋を出た。
宿の外には馬車が泊まっている。
黒塗りで、金箔の縁取りをされた豪華な馬車。
執事に誘導され、俺は馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られ南区から中央区、そしてイエソン城の敷地へ入る。
朝に宿を出て、城へ着いたのは正午頃。
太陽はもう真上だ。
やはり王都は広い。
城門をくぐってから五百メデルトは進んだだろう。
ようやく馬車が停まった。
馬車から下りると、目の前には真っ白な巨大な城がそびえ立つ。
最も高い塔は八十メデルトほどある。
これほど高く、巨大な建造物は初めて見た。
イエソン城は
「これがイエソン城。大きいのに凄く綺麗だね、エルウッド」
「ウォン」
イエソン城は一般に開放されていない。
当然ながら警備も厳重だ。
城へ入る前に荷物のチェックが行われ、俺は剣を預けた。
城内では騎士以外、帯剣を許されていない。
執事に案内され城内へ入る。
城内は驚くほどきらびやかだ。
アセンで宿泊したカミラさんの超高級宿にも驚いたが、その比ではない。
壁、床、天井、全てが芸術品に思えた。
「こちらで待ちください」
一室に案内された。
どうやら控室のようだ。
椅子に座るが、どうにも落ち着かない。
エルウッドはのんきにあくびをしている
さすがだ。
しばらくすると、この部屋に入ってきた時の扉とは反対の位置にある、両開きの大きな扉が開いた。
扉の向こうは廊下になっており、その先が謁見の間なのだろう。
「どうぞお進みください」
俺は廊下の赤い絨毯の上を歩く。
まるで雲の上を歩いているような柔らかい感触。
二十歩ほど歩き、見事な装飾が施されている両開きの扉の前に立つ。
「陛下との謁見です。無礼の無いように」
執事がそっと声をかけてきた。
そして、ゆっくりと開く両開きの扉。
赤い絨毯の上をゆっくり進む。
部屋の奥は数段の階段になっており、黄金に輝く大きな椅子が二つ並ぶ。
噂に聞く玉座だ。
玉座には初老の男性と若い女性が座っている。
男性側の脇には老人が立ち、女性側の脇には
レイさんだ。
俺は階段の手前で、右手を胸に当て、左手を床につき跪く。
エルウッドも俺の横で座っている。
「そなたがアル・パートか」
腹に響くような低く威厳のある声。
「ハッ、陛下。お初にお目にかかります。アル・パートと申します」
イーセ王国国王、ジョンアー・イーセその人である。
先王の時代には、騎士団団長を努めていたという生粋の武人。
即位してからは厳格で公平な賢王として、イーセ王国を周辺国最強まで押し上げた人物だ。
「そう固くなるな。ふむ、礼式は帝国式か、珍しいよの。おもてをあげよ」
「ハッ!」
俺は恐る恐る顔を上げた。
「それが銀狼牙か?」
「はい、エルウッドと申します」
「賢そうな狼牙よの」
通常このような場に、狼牙を連れて入ることは絶対にない。
しかし、俺はエルウッドを連れてくるように言われていた。
「お父様、狼牙を触ってもよろしいですか?」
「アルに聞くがよい」
「アル、よろしい?」
玉座に座る若い女性が話しかけてきた。
「も、もちろんでございます」
「ヴィクトリアです。アルもエルウッドも、よろしくね」
優雅にイーセ式の挨拶をする女性は、ヴィクトリア姫殿下だった。
聡明で美しく、国民からの人気が非常に高い。
年齢は俺と同じくらいか。
とても豪華で華やかなドレスを召している。
それにしても、まさか自分が姫殿下と直接会話するとは思わなかった。
これは緊張する。
「うふふふ、そう緊張しなくてもいいわよ。アル」
見事に見抜かれていた。
姫殿下がエルウッドに近づくと、エルウッドはお辞儀をした。
エルウッドは人語を完全に理解している。
「まあ、エルウッドは賢いのね」
「ウォン!」
エルウッドが嬉しそうに笑う。
その姿を真剣な眼差しで見つめている陛下。
「アルよ、そなたは騎士団を受験するそうだな」
「左様でございます」
「レイから聞いておる。そなたにはレイが剣を教えたそうよな。珍しいことよ」
「ありがたいことでございます」
「うむ、レイが剣を教えたなぞ、余も聞いたことがないからな。騎士団には推薦枠というものがある。レイが教えたとなれば、当然ながら推薦枠だ。試験は受けてもらうが、そのつもりでいるがよい」
「え? あ、ありがたくお受けいたします」
「ふむ、お主は若いのに礼儀もなっておるな。どうだ、ヴィクトリア」
「お、お父様!」
「ワッハッハッハ、冗談じゃ。しかしヴィクトリアもそろそろだな……」
「もう、お父様!」
親子の会話になっているが、これは反応し辛い……。
「陛下、そろそろ」
陛下の横に立つ老人が声をかけた。
「うむ。アルよ、下がってよいぞ」
「ハッ!」
俺は謁見室を退出。
「はああ、緊張した」
大きく息を吐く。
これまでの人生で最も緊張した時間だった。
全身汗まみれだ。
あまりにも緊張したせいか、レイさんとは一度も目が合ってない。
レイさんは、どんな顔をして謁見を見ていたのだろうか。
少し気になる。
「アル様。こちらをお使いください」
「あ、ありがとうございます」
俺の緊張を見抜いていたかのように、城謁見室の外で待機していたメイドがタオルを渡してくれた。
顔の汗を拭う。
「アル様。今日はこのまま客室へ案内するように、言いつかっております」
「え? 王城に泊まるんですか?」
「左様でございます」
「し、しかし、私は南区に宿を……」
「そちらは対応済みです。ご安心ください」
「わ、分かりました」
そのままメイドに連れられ、客室へ向かった。
◇◇◇
謁見の間からアルが退出すると、国王の横にいた老人、宰相ミゲル ・バランが国王ジョンアーに一礼する。
「陛下。ようやく揃いましたな」
「うむ、そなたの情報とレイのおかげだ」
レイは深々と頭を下げ答える。
「もったいなきお言葉」
下を向いたレイの表情は暗い。
だが、その表情は誰にも見えない。
「これで、余の願いが叶う。さすればこの国も安泰じゃ!」
「ぐふふふふ、全ての準備をさせますゆえ」
ミゲルが答える。
◇◇◇
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