第34話 王都へ

 ラバウトを出発して二十二日目。

 ついにイーセ王国の中心地、王都イエソンがあるロンハー地方に入った。

 イエソンまでは残り約百キデルト。

 あと二日の距離だ。


 宿場町の宿へ行き、受付を済ませた。

 昼過ぎから雨が降ってきたので、外出せず宿の食堂で夕食を取る。

 カウンターで麦酒を飲みながら食べていると、フロアで若い男たちが騒いでいた。


「今年の騎士団試験の正式スケジュールが出たぞ!」

「一週間後だってよ」

「よし! 今年こそは合格するぞ!」

「あの地獄の試験だ。頑張れよ!」

「レイ・ステラー様に会いてえ!」

「合格を祈願して乾杯するぞ!」


 盛り上がる若い男たち。

 入団試験を受ける者もいるようだ。


「入団試験は一週間後か」


 あと二日でイエソンに着く予定だから、ちょうど良いタイミングだ


 俺も騎士団に合格できることを願って、一人麦酒で乾杯した。


 ――


 ラバウトを出発して二十四日目。

 予定では今日、王都イエソンに到着する。

 俺は何度も地図に視線を落とす。


 街道は徐々に賑やかになり、道幅も広くなってきた。

 行き交う隊商や旅人の数も、これまでで最も多い。

 街道沿いは街でもないのに、屋台や露店を見かける。

 王都が近づいている証拠だろう。


 そして前方に、巨大な城門が姿を現した。

 城壁は地平線の彼方まで続いている。


「あ、あれが……王都」


 あまりの巨大さに、俺は自然と声が漏れた。

 城門へ近づくにつれ、達成感がこみ上げる。

 ついに王都イエソンに到着した。

 二十四日間の旅も終わりだ。


「エルウッド! 王都に着いたよ!」

「ウォウウォウ!」


 エルウッドも嬉しそうだ。

 南方の街道から来た俺たちは、そのまま南大門へ進む。

 南大門は高さ三十メデルト、幅二十メデルトはあるだろう。


「お、大きい……」


 圧倒的な存在感の大門を前にして、ありきたりの言葉しか出ない。

 城壁は幅十メデルトほどの堀に囲まれており、跳ね上げ式の橋を渡る。

 そして、南大門の検問所で、入都手続きを行う。


「観光か?」

「騎士団の入団試験に来ました」

「おお、そうか。では一ヶ月の滞在証明書を出す。半銀貨四枚だ。資金に余裕はあるか?」

「はい、大丈夫です」


 イーセ王国はこういった警備も騎士が行っている。

 検問所の若い騎士は、俺の滞在理由が入団試験と分かり嬉しそうな表情を浮かべていた。


「試験は五日後だ。受付を忘れるな。今年は特に倍率が高いから頑張れよ!」

「はい! ありがとうございます!」


 半銀貨四枚を支払い、滞在証明書を発行してもらった。


 イエソンの人口は三百万人と言われており、世界一の超巨大都市だ。

 これほどの巨大都市の治安を維持し、環境を整備するには莫大な国費がかかる。

 そのため、外部から来た人間は、滞在期間に応じた税金を支払う。

 商人の場合は、さらに関税がかかるそうだ。


 南大門をくぐり抜けると石畳の広場があり、大勢の人々で賑わっていた。

 広場中心の大きな噴水は、旅人を歓迎するかのような美しい彫刻が施されている。


 広場の周囲には、石造や木造の建物が立ち並ぶ。

 デザインも様々で、俺は見たことのない街並みに目を奪われていた。

 さすが大都市だ。


 しかし、すぐ我に返った。

 まずは宿を決めなければならない。

 試験のために、長期滞在する必要がある。

 しかし、これだけの巨大都市だ。

 どこに泊まっていいのか分からない。


 イエソンは大きく六つの区に分かれている。

 南区、西区、北区、東区、中央区、イエソン城。

 一つ一つの区画が、地方の最大都市以上の大きさだ。

 そのため各区画は、さらに小さい区画で管理されている。


 南大門から入った俺は、そのまま南区をうろつく。

 このまま南区で宿を探すべきなのか……。

 馬の手綱を引き、落ち着きなく歩いていると、通行人とぶつかってしまった。


「兄さん、危ないよ。気をつけな」

「ご、ごめんなさい」


 まさに右も左も分からない状態で街を彷徨っている。

 確かに邪魔だっただろう。

 俺は素直に謝った。

 だが、エルウッドがぶつかってきた男に飛びかかってしまった。


「いてえっ! な、何すんだ! このクソ犬!」

「キャー!」


 通行人が悲鳴を上げる。 


「エルウッド! どうしたんだ!」


 エルウッドが突然人に噛みつくなんて初めてのことだ。

 エルウッドは噛みついたまま男を離さない。

 男は地面を転げ回る。

 辺りは騒然とした。

 騒ぎを聞きつけた騎士が、笛を吹きながら走ってくる。


「貴様ら! 何をやっている!」

「くそっ!」


 男は走って逃げようとする。

 しかし、エルウッドは離さない。


「君はさっき門を通った受験生じゃないか。ん? こいつは」

「離せ!」


 男の顔を見て騎士の表情が一変。


「こいつはスリだ! 君、何か取られてないか?」

「あ! 財布がない!」

「やはりな。この狼牙が気づいて飛びかかったのだろう。主人想いの賢い子だ」


 騎士が財布を取り戻してくれた。


「今の時期は受験生を狙ったスリが増える。嫌な思いをさせて申し訳ない。試験頑張ってな」


 気遣いの言葉をかけてくれた騎士は、スリの男を引っ張っていった。


「エルウッド、助かったよ。ありがとう」

「ウォン!」


 お礼を伝えると、嬉しそうに尻尾を振るエルウッド。

 しかし、まさかスリに遭遇するなんて。

 都会は怖い。


「お兄さん、大丈夫だった?」


 突然一人の少女が話しかけてきた。

 スリの直後だ。

 仲間かもしれない。


「お兄さんも入団試験?」


 無視してこの場を離れようとしているのに、構わず話しかけてくる少女。


「さっき話してるのが聞こえたからさ。お兄さんも騎士団受験するの?」

「……そうですけど」

「そんな堅苦しく話さないで! ウチも入団試験を受けに来た仲間なの!」


 少女は百五十セデルトほどの小柄な体型をしていた。

 赤髪で癖のあるショートヘア。

 黒く丸い大きな瞳は、まるで小動物のような印象だ。


「ウチの名前はリアナ・サンドラ。よろしくね」

 

 こんな小さな少女が受験って、騎士団は年齢や身長に制限はないのだろうか。

 でも、レイさんは十五歳で騎士団に入団したと言っていたし、年齢は問題ないのだろう。


「ちょっと! 無視しないで!」


 少女が叫んでいた。

 しかし、俺はどうしても拒否感が否めない。

 スリにあったばかりだし、この子には盗み聞きされている。


「ウチも宿を探してるんだ。どう、一緒に探さない?」


 雰囲気はセレナに似ていて元気な子だ。


「……俺はアル・パート」

「やっと喋ってくれた! ねえ、アル。一緒に宿探そ?」


 大きな旅の荷物も持っているし、警戒しなくても大丈夫だろう。


「分かった。一緒に宿を探そうか」

「そうこなくちゃ! ねえアル。この子は狼牙?」

「そうだよ。エルウッドっていうんだ」

「エルウッドもよろしくね!」

「ウォン」


 エルウッドが頷く。


「アルはイエソン初めて?」

「うん。リアナは?」

「ウチも初めて。だから緊張しちゃって……」


 俺はここで警戒心を解いた。

 王都で緊張している同志を見つけたからだ。


「分かる! 俺も田舎から来て緊張してる。スリにもあったし」

「やっぱりキョロキョロしちゃうよね! でも、それだとナメられちゃう。都会は怖いよ」


 田舎者同士、一瞬で意気投合した。


「アルはどうして騎士団に?」

「知り合いに勧められたんだ」

「へー、そうなんだね」

「リアナは?」

「ウチはザイン・フィリップ様に憧れてるんだ。ザイン様の元で働きたいの」

「へえ、ザインさんって人気あるんだな」

「ちょっと! アンタ失礼よ!」


 二人で話しながら、南門に近い商業区まで来た。

 門から近いこともあり、旅人相手の宿泊街になっている。


「ウチの予算は銀貨五枚が限度かな」

「俺も同じく」


 本当はもう少し余裕がある。

 しかし、節約することに越したことはない。


 俺たちは一軒の宿屋に入った。

 宿の主人に騎士団試験で来たことを伝えると、二十日間は宿泊することを勧められた。

 試験結果の発表に時間がかかるらしい。


 料金は一人部屋で一泊半銀貨四枚。

 二十日分だと銀貨八枚になる。

 リアナは諦めようとしたが、特別に二十日間銀貨五枚でいいとのこと。

 宿の主人も昔騎士団を受験したことがあり、今は受験生を応援しているそうだ。

 俺たちはここに泊まることにした。


「じゃあ、アル。次は入団試験の受付へ行こ」

「受付ってどこに行けばいいのかな?」

「アンタ本当に何も知らないのね。よくそれで試験受けに来たわね」

「う、うるさいな……」

「ちょっと! アンタのそういう態度良くないわよ!」


 リアナは文句を言いつつ、説明してくれた。

 面倒見がいいようだ。

 きっと長女に違いない。


 リアナの説明によると、受付は騎士団の出張所でも可能らしい。

 俺たちは南区の騎士団出張所へ行き、入団試験の受付を済ませた。

 これで後戻りできない。

 あとは全力で試験を受けるだけだ。


 受付を済ませ出口へ向かうと、ちょうど数人の騎士とすれ違う。


「アルじゃないか!」


 突然、先頭にいる騎士が声をかけてきた。


「ザ、ザインさん! お久しぶりです!」

「そうか、ここにいるってことは……入団試験に来たのか」

「はい! そうです!」

「今年の試験は倍率が高いと聞いている。お前は大丈夫なんだろうな?」

「可能な限りやってきました。入団できるように頑張ります!」

「お前のことだから大丈夫だと思うが、全力を出すのだぞ」

「はい! ありがとうございます! ザインさんも一番隊隊長就任おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」


 挨拶を交わすと、ザインさんは奥の部屋に入っていった。


「ちょ、ちょっと! ちょっとアンタ! ザイン・フィリップ様と知り合いなの? ねえ! ズルくない?」

「少し面識があるだけだよ」

「ああ、ザイン様格好良かったなあ。はあ、こんな距離で見られて幸せだなあ。私も一番隊に入りたいなあ」


 完全に舞い上がっているリアナ。


「まずは受からないとね」

「ちょっとアンタ! バカじゃないの! 現実に戻さないでよ! バカ!」


 言い争いながら宿へ帰る。

 王都イエソンの初日の夜は、リアナと宿の食堂で食事をした。

 リアナの騎士団への意気込みを延々と聞かされただけだったが。

 そして、実際にザインさんを目撃したことで、ザインさんへの愛が爆発したようだ。

 その姿は、もはやただのファンと化していた。


 ◇◇◇


 その夜、王城の騎士団団長室にて。


「団長、アル・パートが王都に来ました」

「……そうか。どこにいた?」

「南区です。そのまま南区の宿で宿泊しています」

「分かった。宰相殿に報告しなければ……」


 団長と呼ばれた女騎士は窓際に立ち、南区の方向を眺めていた。


 ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る