鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

第一章

第1話 孤高の鉱夫

 眼下に広がる幻想的な雲海。

 人の活動可能範囲を超えた標高六千メデルトの山中に、岩と鉄が衝突する甲高い音が鳴り響く。

 天空ともいえるこの地で、重力に逆らうことを拒否するかのような重いツルハシを振りかぶり、何度も何度も岩壁を削る。


「おっ! 竜石だ!」


 それにしても、今日は希少鉱石がよく採れる。

 竜石は主に高級な武器や防具の素材として使われ、高値で取引される鉱石だ。


「品質もいいぞ。高値で売れそうだ」


 イーセ王国の最南端カトル地方に位置するクラップ山脈。

 標高八千メデルトの山々が連なる、世界最大の山脈と呼ばれている。


 このクラップ山脈の主峰フラル山は頭一つ飛び抜けており、標高九千メデルトを超える世界で最も高い山だ。

 フラル山は良質な鉱石が採れることで知られており、王国内でも有数な鉱石の産地だった。

 さらに、標高五千メデルトを超えると高価な希少鉱石が採掘される。


 この希少鉱石だけに狙いを定め、フラル山の標高六千メデルトでツルハシを振る。

 俺の名前はアル・パート。

 十八歳のしがない鉱夫だ。


 六歳の時からもう十二年間、この山で鉱石を採掘している。

 空気は薄く、いるだけで死に近い過酷な世界。

 そんな場所でツルハシを振る人間は俺しかない。


「かなり良い石が採れたな。そろそろ切り上げるか」


 採掘した鉱石は竜石、緑鉱石、赤鉱石。

 それらをまとめて帰宅の準備をする。


「エルウッド、帰ろう」

「ウォン!」


 俺は鉱石を二つの籐かごに入れ、天秤棒を肩に担ぎ山を下る。

 ちょうど夕焼けの時間帯。

 山の上から見る夕焼けは何千回見ても感動だ。


 紅く染まる夕焼けの中、採掘場から標高五千メデルトにある自宅へ帰ってきた。

 この自宅は過去に採掘した跡地の大穴を利用して、数十年前に両親が作ったそうだ。

 大穴を厚い板で塞ぎ、立派な扉や窓も建て付けてある。


 以前はここに両親と暮らしていたが、俺が八歳の時に両親は他界。

 それ以降、俺はこんな天空の世界に一人で住んでいる。

 いや、狼牙のエルウッドと一緒だ。

 エルウッドは俺が生まれる前から、両親と一緒にここで暮らしていた。


 狼牙はEランクのモンスターだ。

 しかし、モンスターの中では珍しく、人が飼うことができる種族。

 大型犬と同じくらいの体格をしている狼牙は、極めて知能が高く、犬と同じで古い時代から人間のパートナーとして飼われてきた歴史がある。

 ただし、狼牙は犬よりも生息数が少ないため、貴族や商人など富裕層しか飼えないのであった。


 エルウッドはそんな狼牙の中でも、額に角がある銀狼牙という超希少種で、その存在を知る者はほとんどいない。

 狼牙は訓練すれば人語をある程度理解すると言われているが、このエルウッドは完全に人語を理解している。

 そんなエルウッドは俺にとって唯一の家族だ。


「エルウッド、夕食にしよう」

「ウォン!」


 俺は夕食を作り始めた。

 自宅には部屋が三つあり、リビングと寝室と倉庫として利用している。

 もちろんキッチンも完備だ。

 さらには風呂もある。


 室内の岩壁にはいくつか細い空気穴が空いており、空気の循環は問題ない。

 また、雨水や雪解け水を取り入れる穴があり、流れ込んだ水は室内の貯水場と、風呂場に貯まるようになっていた。

 そのため、こんな山中でも水に困ることはない。

 これほどの標高でも快適に暮らすことができるのだった。


 暖炉に薪をくべ、蝋燭に火を灯し、テーブルに食事を並べる。

 今日のメニューは角大羊メリノの香草焼き、野菜を煮込んだスープ、乾燥パン。

 エルウッドは干し肉と生野菜だ。

 明日は街へ降りる日だから、残りの食材を全て使い切った。


「エルウッド、今日は豪華な食事になったな」

「ウォウ!」

「おかわりもたくさんあるぞ」

「ウォウウォウ!」


 保存食の角大羊メリノの干し肉に、香草と乾燥パンの粉をまぶし、オリーブオイルでじっくり焼く。

 カリッとした歯ごたえが病みつきになる。

 乾燥パンは水分が抜けているため、保存は効くが石のように硬い。

 そのためスープに浸して食べるのだが、これが驚くほど美味い。

 こんな山の上でも、食事を不満に思ったことはない。


 八歳の時に両親が死んでからもう十年。

 俺は一人でこの生活を続けている。

 両親が死んだ時、下山して街で暮らすように説得してくれた人もいたが、ここでの生活に満足している。

 俺にとってはとても居心地のいい場所だった。


 食事を終え食器を片付け、明日の準備。

 明日は週に一回の街で鉱石を売る日だ。


「エルウッド。今週はいつも以上に鉱石が採れたから売上が楽しみだよ」

「ウォン!」

「もしかしたら、少しだけ贅沢ができるかもしれないぞ?」

「ウォウォウォ」


 エルウッドが笑っている。

 鉱石を売った金でたまの贅沢が、俺の唯一の楽しみだった。


 俺は蝋燭に息を吹きかけ、完全なる闇となった室内で一日を終えた。

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