第9話
校庭には、決闘の為のリングが設置されてる。
教室いっこ分くらいの正方形で、四スミにはでっかい支柱が立っていた。
イノリと藤川先輩は、その真ん中で対峙する。
リングのすぐそばには、髪の長いハンサムと、スポーツ刈りの生徒が立っていた。
ハンサムの方が手を上げて、アナウンサーばりの活舌で喋りだす。
「審判は私、生徒会副会長・蓮条幸也と、風紀委員・白井早瀬が務めます。勝敗の決着は、通例通り10カウント制を採用、ダウンして十秒立てなければ敗北とします。また、戦闘不能であると審判二人が判断した場合はノックアウトとなります。勝負を棄権するときは「参った」と宣言してください――魔法バトルにご法度はありません。が、わが校の生徒として誇りのある戦いをするよう、心がけてください」
よどみなくルールの説明をした蓮条先輩に、イノリと藤川先輩が頷いた。
「結構です。では――これより、桜沢祈と藤川誠之助の決闘を始めます」
開始の宣言に、わああ、と生徒たちが歓声をあげた。
四人の風紀委員が支柱に近づいて、結界装置をONにする。
キイイイン、と金属が擦れるような音が響いて、リングを囲むように結界が現われた。
あれは安全と、逃亡防止のために張られるらしく、決着がつくまで解けねえんだって。なんか怖ええよな。
「桜沢くん、頑張れ!」
「一年なんか、やっつけろ藤川さん!」
みんな、好き勝手に怒鳴ってた。応援の量は、半々くらい。ぶっちゃけ、面白ければ何でもよくて、とにかく叫んでる感もある。
「イノリ、負けるな!」
俺も、負けじと声を張り上げた。
決闘は、始まったら見てるしかできねえ。俺は、固唾を飲んでリングを見た。
リングの真ん中では、イノリと藤川先輩がにらみ合っている。
気合十分で、格闘技っぽい構えをする先輩と、ゆったりと自然体で立っているイノリは、対照的だった。
先に動いたのは、藤川先輩だ。
「我が身に宿る大地の元素よ。岩をも砕く力を我に与えたまえ――」
そう低い声で詠じると、顔の前で拳を打ち鳴らす。カッ、と暗褐色の光の帯が現われて、拳にぐるぐる巻き付いた。
イノリが、身構えるように右手をかざす。
先輩は低く身を屈めて、ダンッ、とコンクリの床を踏み切った。
あっという間に懐に飛び込むと、すげぇ勢いでワン・ツーパンチを繰り出す。
イノリは、素早くバックステップしてパンチをかわした。ブウン! と鋭い音で、先輩の拳が空を切る。
が、空振りの反動のまま、すかさず三発目を打ってきた。
「せいっ!」
上体のひねりを使ったパンチが、イノリに振り下ろされる。
ガコンッ!
重い打撃音が響く。
吹っ飛ばされたコンクリの破片が、四方八方に飛び散った。
先輩の拳は、コンクリに深々と刺さっている。
「イノリッ!」
間一髪、イノリは避けていた。すげえジャンプ力だ。後ろ向きの幅跳び選手権があれば、間違いなく一位、そんな感じでイノリは空を飛ぶ。
今度はイノリが仕掛けた。空中で、先輩に手をかざす。金色の、手のひらサイズの魔法陣が現われ、そこから鋭い突風が吹き抜けた。
ゴオオッ……! と唸り声をあげて、渦を巻く風が先輩に襲い掛かる。
風の通過したコンクリが抉られ、粉塵が舞った。
先輩は慌てず騒がず、オープンスタンスで立ち足腰を固めた。
「ふんっ!」
気合声を放つと、目にも止まらぬ速さでパンチを連発する。ドドドド! と重い音が続く。
先輩は、全部の風を殴りつけ、攻撃を相殺してしまった。
「うおおおお!」と俺の横の生徒が雄たけびを上げた。
「やべえ、藤川さん! さすが鉄壁のアタッカーだぜ!」
「桜沢くんも、一年で無詠唱か! しかもあのキレ、やるなあ」
あちこちで、興奮気味に喋る生徒の声が聞こえてくる。
俺は、手汗をズボンで拭い、リングの動向を見た。
二人は一定の距離をとり、円を描くように動いていた。
藤川先輩が低く構えながら、イノリに突進する。イノリは横に走りながら、先輩を迎え撃つ。唸りを上げる先輩のパンチを、風の盾で受け止めた。
「やはりやるな、桜沢」
「どぉも」
面白そうに言う先輩に、イノリがだるそうに返す。
イノリの戦い方は、そつがない。連発されるパンチを、バックステップで避け、風で受け流す。逆に先輩は、熱血一直線で、一撃ごとに全力でパンチを打っている。たぶん、スポコンの人なんだな。
一本気な体育会系のバトルに、ファンが声援を送っている。
「イノリ、頑張れ!」
俺も負けじと声を張り上げた。
ふと、前列の生徒会が目に入る。なぜか、八千草先輩がこっちを見ていて、ぎょっとした。
八千草先輩は、にやっと笑うとリングを振り返る。……なんなんだ?
「おい、桜沢! そろそろケリをつけろ!」
艶のある低い声が(男ならこんな声に{以下略})、イノリに檄をとばす。
イノリは、ちらと会長を振り返る。眉間にしわがよっていて、嫌そうだ。
「無茶言わないで下さいってぇ。俺、ぜんぜん初心者なんすよ」
「知らねえよ。てめえも生徒会なら、意地見せやがれ」
傲岸に顎を突き上げて、八千草先輩が煽る。イノリはため息を吐いた。
「は~、わかりましたよぉ」
イノリは、両手をかざすとマンホール大の魔法陣を呼び出した。リングの床を、ぐるぐると舐めるように風が動きだす。みるみるうちに、電柱くらいの竜巻になった。
竜巻は、コンクリの床を根こそぎにしながら、藤川先輩を飲み込もうとする。
「何と――受けて立つ!」
藤川先輩は、渾身の構えを見せる。
いや、構えてどうにかなるのか、竜巻だぞ!?
どよどよと生徒たちが騒めいた。
「うおおおお!」
藤川先輩が、竜巻に向かって今までにない連撃を繰りだした。ボボボボボボ……! と拳が風を打ち、渦を切り開いていく。そんなんありか? しかし、先輩はパンチを打ちまくり竜巻を無事に通過してしまった。
「す、すげえ!」
大歓声が沸き起こる。
藤川先輩は、さすがに息が上がっていた。が、ファイトは五倍状態でイノリへと向かっていく。
「行くぞ、桜沢ーっ!」
叫びながら、拳をふりあげる。
イノリは、力を使いすぎたのか、ぼうっと立っている。まずい!
「イノリーッ!」
叫んだ、そのとき。
ひゅるるるるる。
がん、ゴン、がんっ!
風を切る音に、次いで凄まじい落下音がした。
「ぬおっ……!!」
藤川先輩が、重く呻く。そのはずで、倒れこんだ先輩の上に瓦礫がいくつも降りかかっていた。
「ええーっ?!」
予想もしない光景に会場がどよめいた。
ハッとしてイノリを見れば、手をかざしている。
まさか、風で操って、瓦礫を落としたのか?
「ぐっ!……まさか……竜巻は、瓦礫を当てるための、布石か……?!」
「あ、そうっす」
けろっというイノリに、先輩はなにか噛み締めるような顔になった。そして、目を伏せる。
「ふっ……そうか……」
そう言い残し、気絶した。
次の瞬間、結界が解かれる。
白井さんが先輩に駆け寄り、気絶しているのを確認すると、副会長がイノリの側に立つ。
「勝者は、桜沢祈! これにて、決闘の終了を宣言します!」
わあああああ! と大歓声が起きた。
担架が運び込まれ、先輩を乗せて行ったり大騒ぎになった。
熱狂の中、イノリは副会長に背を押され、リングを下りていく。
俺は、その背をじっと見送っていた。
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