第11話:毒を食らわば皿まで

「鹿がいました、鹿が六頭もいました!」


 捜索を頼んでいる村人の一人が、森の中から大声で伝えてきた。

 多くの男が盗賊団に殺された中で生き残った、数少ない男手だ。


 これからは彼らが中心となって村を維持していくしかない。

 あるいは、女達が強くなるかだ。

 村に滞在している間に、少しでも手助けできればいい。


「一旦村に戻って解体をするぞ」


 ローグが堅実な判断を下す。

 俺が収納系の魔術を使える事は秘中の秘だ。


 この世界中の国から狙われる生活なんか送りたくない。

 それでなくても執念深い連中に狙われているのだから。


「そこにも解熱剤に使える薬草がある」


 俺は目についた薬草の原料を指摘する。

 知っていればいいか、知らないと大損する事になる。


「え、葛が薬草に使えるのですか?!」


 昨晩、一番情熱的だった女が驚きの声をあげた。

 一晩に三組九人は多過ぎる。


「ああ、数年物の大きな葛の肥大した根だけだが、根の皮を剥いて天日干しすれば、解熱、鎮痛、発汗の効果がある薬になる」


「花が二日酔いに効くのと、葉が止血に役立つのは知っていましたが、そんなに多くの薬効があるとは知りませんでした!

 食べる物が少ないので、村から行ける場所にある葛の根は、粉にして食べていましたし、葉や茎も布にしていました」


「そうだな、薬よりも食糧が先だからな。

 だが薬に加工した方が高く売れるから、他所から食糧を買えるのではないか?」


「そんなに高く売れるのですか?!」


「単体ではそれほど高くならないが、他の薬草を組み合わせて効果をあげれば、冒険者や軍人に高値で売れるぞ」


「教えてください、お願いします、作り方を教えてください!」


 こういう事があるから、ローグは女と情を交わせと言ったのか?

 助けた時には怯えていたのに、情を交わした翌日から慣れた態度になる。


「その心算で村に残ったのだ。

 心配しなくてもひと通りの作り方を教えるまでは残るよ」


 俺が女子供が生きていける状態にしたいと言い張ったら、ローグが提案してくれたのが、薬作りの伝授だった。


 単に金を与えるだけだと、逆に悪人を呼び寄せてしまう事は俺にだってわかる。

 金を長期保存できる食糧に変えても同じ事で、食糧目当ての連中を集めてしまう。


 俺が前金を渡して冒険者や傭兵と長期契約したとしても、ギルドも冒険者も傭兵も、全員が信義を守る人間ではない。


 だが、金を生む技術を伝授すれば、単に食糧が買えるようになるだけではない。

 技術がある者は殺されずにすむのだ。

 殺さず生き続けさせれば、死ぬまで金を稼いでくれるのだから。


「直ぐに掘り返させていただきます。

 あんた達、やるよ」


「「「「「はい」」」」」


 俺についていた九人の女が一斉に声をあげた。

 

「その必要はない。

 葛は俺が魔術で掘り起こすから、心配するな」


「そんな事までお出来になるのですか?!」


「まあ見ていなさい。

 薬に使うから傷一つなく掘り起こしてくれ。

 ディグ・アップ・クズ」


 毒を食らわば皿までという言葉がある。


 力を見せつけるのは恥ずかしいが、それによって素直に従ってくれるなら、今回に限っては、その方が良い。


 時に猛毒を作り出してしまう事もある薬作りは、勝手にやり方を変えられるのは、とても危険なのだ。


「「「「「すごい、すごい、すごい、すごい」」」」」


 女達が一斉に褒め称えてくれる。

 確かに、呪文一つで葛が地面から飛び出してくる光景は衝撃的だろう。

 俺も日本にいた時に同じ事を目の前でやられたら、腰を抜かすほど驚いていた。


「ひとまずこれを持って帰るから」


「「「「「はい!」」」」」


 完全に地中から姿を現した葛の根はとても肥大していた。

 それを魔力を持ち上げながら村に戻った。

 ローグも俺が頼んだ薬草を集めて来てくれていた。


「俺は少々厄介な薬草を集めてくる。

 後の事はローグの指示に従ってくれ。

 後は頼んだぞ」


「ああ、任せてくれ」


 ローグが軽い態度で引き受けてくれた。

 これくらいの方が残された村人達も安心できるだろう。


 食用や商品用に狩った獣は、力のある村人が先に全部運んでくれている。

 何も言わないでも、利用できるように解体加工してくれるだろう。

 薬に加工する分も、ローグが指示してくれる。


 俺は誰にも任せられない、魔術を使った薬作りのために、もう一度森に入った。

 季節がよければ、そのまま使える薬草や薬木もあるのだが、哀しいかな今は季節外れなのだ。


 俺がどうしても作らなければいけないと思ったのは、堕胎薬だ。

 盗賊団の被害を受けた村で、盗賊の誰ともわからない男の子供を生む。

 間引きをしない限り、村で孤立するのは目に見えている。


 孤立すると分かっていても、子供を間引けない女が出てくるかもしれない。

 だから、まだ妊娠している事も分からないうちに、堕胎薬を飲ませるのだ。


 十一月から冬までだったら、カワラナデシコの種子があるから、一日三度煎じて飲めば堕胎効果がある。


 七月から八月なら、ホオズキの根を掘り返してきれいに洗って天日干しすれば、堕胎効果のある酸漿根になる。

 全草を乾燥させた物も酸漿という堕胎効果がある薬になる。


 オウコチョウの木が種を付けてくれる秋ならば、その種を煎じて飲むことで堕胎効果が得られる。


 ギンギシと呼ばれる多年草も、地上部が枯れ始める十月頃に根を掘り返して便秘薬にする事ができるのだが、同時に堕胎効果もあるのだ。


 俺の知る堕胎薬は全て夏から冬にかけてしか利用できない。

 春には採取できないのだ。

 だから魔術を使って堕胎成分だけを森から掻き集めるのだ。


「不幸な女達のために、森の中から成分を集めて安全な堕胎薬を作る。

 メイク・セイフ・アボーション・ピル」

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