第10話:おもてなし
「今日は本当にありがとうございました。
盗賊共だけでなく、内通していた裏切者まで見つけていただき、お礼の言葉もありません」
村長と名乗る熟年の男が心身ともに消耗した姿で礼を言ってくれる。
まだこの世界の見た目と年齢に慣れていないから、俺が思っているよりも若いかもしれない。
「そんなにお礼を言ってもらわなくていいぞ。
俺達は盗賊共が元から持っていた物をもらえればそれでいい。
村から奪った物まで戦利品に寄こせと言ったりはしない。
旅の途中だから、盗賊共の賞金や奴隷代金までくれとは言わんよ」
ローグが漢気を出している。
この辺が悪漢・ローグと名乗るゆえんだろう。
俺から見ると、ちょっと図々し過ぎる気がするが、この世界ではこれくらい自分からアピールしないといけないらしい。
「ありがとうございます。
奪われた物は、ローグ様とドラゴン様に取り返して頂けたので助かりました。
ただ、喰い尽くされた食糧の不足が深刻だったのです。
このままでは、多くの女子供が売られてしまう所でした。
賞金と奴隷代金があれば、誰も身売りしなくてすみます」
「なあに、気にするな。
正義の味方、自由騎士ドラゴン様一行だからな」
ローグの奴に任せるしかないが、正義の味方ズラするのは恥ずかし過ぎる。
弱きを助け強きを挫くのは望むところだが、できる事なら人知れずやりたい。
押し出しが強くないと抑止力にならないという、ローグの言い分はわかるが……
「ドラゴン様、どうぞお飲みください」
盗賊団に夫を殺されたという女がエールを勧めてくれる。
夫を殺されただけでなく、操まで奪われた可哀想な女だ。
何と言って慰めればいいか分からない。
「気にしないでくれ、俺は酒が苦手なのだ」
嘘をつくのは好きではないのだが、これはしかたがない。
元の世界、日本で生きていた時に下戸だったのは確かだ。
この世界に召喚され、勇者になって状態異常耐性がついたから、飲もうと思えば飲めるのだが、欲しくもない物を飲んで村の大切な食糧を浪費する気にはならない。
「それは申し訳ございません、直ぐに別の飲み物を用意させていただきます!」
「気にしないでくれ、村長。
残り少なくなった酒を飲むのが心苦しいのだ。
楽しみの少ない辺境では、エールが唯一の愉しみだったりするのだろう?」
「お気遣いありがとうございます、自由騎士ドラゴン様。
確かにエールが唯一と言っていい楽しみですが、村の大恩人に飲んでいただけるほうが、我らもうれしいのです」
「すまんな、村長。
自由騎士殿は、物語の聖騎士様のように清廉潔白なのだ。
恩を着たままでは不安になってしまう、弱い立場の者の気持ちが分からんのだ」
軽い調子で村長に話していたローグが、態度を改めて俺に話しかけてきた。
「ドラゴン、辺境の弱い立場の村では、受けた恩を理由に、無理難題を押し付けられる事がとても多いのだよ。
村長達の不安を解消してやる気があるのなら、素直に歓待を受けろ」
「分かったよ、残り少ない大切な食糧を食べ、エールの飲むのが申し訳なかったのだが、そうしなければ不安だというのなら、よろこんで飲み食いさせてもらうよ」
「ありがとうございます、自由騎士ドラゴン様」
「それと、今夜は何人もの女が忍んでくるが、全員受け入れろよ」
「なんだと!
幾ら何でも酷過ぎるぞ!」
「ドラゴン、夫を亡くした寡婦の立場は物凄く悪いんだ。
女子供だけで生活できるほど、辺境の生活は楽じゃない。
村の中で商売女になりたくても、辺境では金を持った客もいない。
村の温情にすがって生きるか、何時誰に騙されるか分からない都市に出て、商売女になるしかないんだ」
「……それと俺が抱く事に何の意味がある」
「村の大恩人に抱かれて、恩を返すのに役立った寡婦は、盗賊達の賞金や奴隷代金の分配を多く受け取れる。
何より、自由騎士の情を受けた女に酷い扱いはできない」
「だから俺に抱いてやれと言うのか?!
だったら、俺が当面生きて行けるだけの金を渡してやれば済むだろう!」
「行き過ぎた情は、逆に仇になる。
ドラゴンに恨みを持つ奴に狙われるぞ」
「うっ」
「当たり前の範囲で収まる恩返しを受けてやるのが、力ある者の情だぞ」
「本当に良いのか?
嫌なら他の方法を考えるぞ」
俺は憔悴した顔で酌をする女に聞いてみたのだが……
「そうしていただけたらとても助かります!
私だけなら死んでもいいのですが、子供がいるのです。
夫の血を受け継いだ子供がいるのです。
あの子だけは無事に育ててあげたいのです。
街に出て商売女になったとしても、無事に育ててあげられるかどうか…‥」
「ドラゴン、街には商売女を食い物にする悪い連中がいるんだ。
何とか生き延びられた子供が、そんな連中に殺されるぞ。
いや、最悪の場合は、子供が商売女を食い物にする悪人に育つぞ!」
「……分かったよ、ローグの言う通りにするよ。
その代わり、俺の言い分も聞いてもらうからな!」
「分かっているよ、俺とお前の関係は持ちつ持たれつ、対等の取引相手だ。
こちらのやり方を聞いてもらう時は、そちらのやり方も受け入れる」
俺の世界の常識も受け入れてくれるのなら、仕方がない。
今回だけは受け入れよう。
曾祖父の時代には、据え膳食わぬは男の恥という言葉があったが、祖父の時代からはそんな言葉も風習もなくなったと聞いている。
近衛騎兵隊にいた曾祖叔父が、東北に訓練出撃した時に、駐屯した村で寡婦の接待を受けたそうだが、自分が同じ目にあうとは思ってもいなかった……
俺は寡婦達にどの程度の物を与える事ができるのだろう?
与え過ぎると俺を恨んでいる連中に狙われるというのは、あの国の事だろう。
自分達が最初に悪事を働いたくせに、何時までもしつこい奴らだ!
周辺国が攻め込んで来て民を虐殺しないのなら、直ぐにでも滅ぼしてやるのだが。
強大な力を持っていても、理性が有ると好き放題には使えない。
「自由騎士ドラゴン様、入って宜しいでしょうか?」
諦観の気持ちで、村長に案内された家で休んでいると、女が声をかけてきた。
「ああ、入ってくれ」
あ、三人だと、一度に三人も相手にしなければいけないのか?!
俺の良識が、倫理観が崩壊してしまう……
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