第21話21

「貴方は、このままここで食事をしていて下さい」


 コウがそう向かいにいるアキ王子に静かに言うと、まだ食べ物の残った皿のあるテーブルに両手をつき椅子から立ち上がった。


 「コウ!私も一緒に行く!」


 アキ王子も立ち上がった。

 しかし、コウは何かを警戒しているようで、頑なにそれを拒否した。


 「貴方は……ここにいて下さい。いいですね」


 コウはそうアキ王子の瞳を見て言った。

 アキ王子は、コウのその真剣な眼差しに、座ったまま一瞬胸をドキっとさせて固まった。

 その間に、コウはスタスタと客とやらがいるカウンターに向かってしまう。

 しかし、アキ王子が黙って食堂にいる訳も無く、コウの後を追いかけて着いて来た。

 コウは、カウンターのある部屋に真っ直ぐ続く廊下で、背後の王子の気配を感じて大きなため息を一つすると、王子の方を振り帰り言った。


 「だから……貴方は食堂に……」


 するとアキ王子はコウでは無く、コウの向こうにあるカウンターのある部屋の入り口の方をじっと見て黙り込んだ。部屋の扉は開いていて、カウンター付近の大きなランプの明かりが照らし出す人間を凝視していたのだ。

 すぐにコウも慌てて前を見た。


 「コウ様……やっと追いつきました…このような時間にご無礼をお許し下さい」


 そう言って姿勢と角度良く立ったまま一礼しコウと王子の前にいたのは、コウの父のアルフレイン公の屋敷のトップの執事長で、アルフレイン公が何より信頼するウェラーだった。

 ウェラーは、アキ王子が初めてコウの実家、アルフレイン家を訪れる日、屋敷を抜け出そうとしたコウを引き止めた男で、白髪交じりの背の高いスレンダーな初老の男だが、本当に有能なアルフレイン家の家令だ。

 いつも屋敷では隙の一切無いスーツ姿だが、今はラフなズボンと上は下ろしたフードの付いた茶系のマントを着ている。

 途端に、コウは目付きがきつくなり口調も荒く言った。


 「ウェラー……こんな所に何しに来た?俺を連れ戻しにきたのか?」


 ウェラーは、一度コウの背後のアキ王子をチラっと見て会釈すると、知らないはずなのにまるで王子がコウに着いて来ているのを知っていたかのように全く驚くでも無く、コウに視線を戻すと冷静に答えた。


 「いいえ。コウ様。わたくしはコウ様と共にハイリゲンに行き、コウ様の手助けをしたいと思いここに参りました。どうか今少しお時間を頂きわたくしの話しをお聞き頂きたいのです」


 それを聞き、コウは驚愕した。

 コウには冷たい使用人が多かったあのアルフレイン邸で、確かにウェラーは時にコウとアルフレイン公の親子ケンカ間に入ってその場を納めたり、コウの2人の兄とコウの待遇にウェラーだけは差を付け無かったりしてコウには優しい方だった。

 しかし、あくまでアルフレイン公に一生忠実な家令だと思っていた。


 「はぁ?!俺とハイリゲンに行く?あのクソオヤジの屋敷はどうする?屋敷はお前がいないと回らないだろ。それに、あのクソオヤジも、お前がいないと…」


 ウェラーは、軽く頭を下げるとその姿勢のまま続けて言った。


 「コウ様。無論わたくしは執事長を退職して覚悟を持ってここに参りました。どうかこのウェラーを一緒にハイリゲンにお連れ下さい。必ずや、必ずやコウ様のお役に立ちますゆえ!何卒、今少しわたくしにコウ様とお話する時間を下さいませ」


 「はぁ?!何言ってる?帰れ!」


 確かにコウには、この旅の間もハイリゲンに着任しても優秀な側近を側に置く必要がどうしてもあったし、喉から手が出る位欲しかったが…

 コウは、他の宿泊客が食堂や部屋にいるのを忘れてつい大声を出した。

 そこに、状況を見かねて王子がコウの背後から声をかけた。


 「コウ……話しだけでも聞いてやっては…」


 コウは、王子の進言にハッとして振り返りはしなかったがコウにしては珍しく一瞬考えたようだったが、それでも結果やはり頑ななままウェラーに言った。


 「あのクソオヤジは、俺にハイリゲン追放さえチラつかせたら俺が土下座して今までの事を詫びるとでも思ったんだろうが……お生憎様だな。帰ってあのクソに言っとけ!コウ様の追放地への旅は、この上無く順調だとな…」


 そう言うとコウは、食堂では無く部屋に戻ろうとウェラーに背を向けた。

 だが、ウェラーも食い下がる。しかも、いつもは冷静な執事長が少し声に余裕無くなっていた。


 「コウ様!どうかこのウェラーを一緒にお連れ下さい!どうか!どうか!わたくしの話しを少しで良いのでお聞き下さい!」


 だがコウは、ウェラーを振り返らず低い声で突き放した。

 

 「ウェラー……それともお前、俺の所に潜り込んで、俺の行動を逐一報告しろとあのクソに言われたか?」


 ウェラーの表情が歪み、必死で訴える。


 「決して!決してそのような事はございません!ただ、ただ、わたくしはコウ様のお役に立ちたいのです!」


 しかし、コウは、突然アキ王子の左手を握り王子を引っ張り言った。


 「部屋に戻りましょう」


 「コウ!」


 王子の静止の声を無視して、コウは王子を引っ張り二階の部屋に戻って行った。

 ウェラーはこの場はどうしようも無く、ただその場に佇みその後ろ姿を呆然と見送った。


 部屋の鍵を開け中にコウが先に入り、入り口近くの棚の上に置かれたランプの下部分のボタンを押すと仕掛けで簡単に灯りが付いた。

 そして次にコウはアキ王子の手を離そうとしたのだが…

 何故か今度は逆にアキ王子がコウのその手を強く握って離さなかった。

 振り返ったコウが、困惑したように王子を見た。

 そして王子はコウに呟くように言った。


 「コウ。本当にウェラーの言ってる事、全然信じられない?」


 コウは、怖い位表情無く低い声で即答した。

 

 「ええ。俺に好意を持つ人間なんて簡単に存在するとは思いません。いつどこに行こうがそうですし信じてません」


 だがそれを聞き、アキ王子は首をゆっくり左右に振るとそっと微笑んでコウに告げた。


 「でも、私は、私は、コウの事が好きだよ。愛してるよ」


 「…」


 コウは、ランプの薄灯りに照らされたアキ王子の美しさに言葉を失った。

 そして更にどう返事すればいいのかが分からなかった。コウには、本当に未だに恋愛感情と言うモノが分からないのだ。

 その上ウェラーの行動も、本心なのか何か裏があるのか理解が出来ない。頭の中がぐちゃぐちゃになって、コウは思考が停止した。

 そしてコウの空いていた方の手が、コウの手を握るアキ王子の手をゆっくり剥がした。


 「俺、今日はもう寝ます!」


 コウは、間の距離を取って並ぶ2つのベッドの右側のベッドに、着ていた白シャツを脱ぎ捨て上半身裸になるとそちらの中に潜り込んだ。

 だが別に他意は無く、コウは冬以外上半身裸でいつも夜ベッドで寝るので、いつもの癖が出ただけだ。

 そのまま放置された王子は、王子に対して背を向けて横になるコウを見詰めながら、空いているもう一つのベッドにそっと腰掛けた。

 薄手の白い掛け布団から出ているコウの筋肉質な、けれどしなやかな肩と腕の上部の三角筋が、暗い部屋のランプの灯りに照らされてアキ王子の目に艷やかに妖しく映る。

 

 (コウは、自分からアルファのフェロモンが出てないと言うが、オメガの私はアルファのコウの番になりたいと確実に体が疼くし、私はコウの体を愛してる。確かに私の方が体は大きいが、コウのその腕で私を抱き締めてくれないかなと常にずっと思っている。でも私がコウを愛してるというのは、ただそれだけじゃないんだ…)


 アキ王子はそう心の中で呟くと、もしかしてまだ下の階にウェラーがいるかもと、そっとベッドから立ち上がりランプの灯りを消し部屋を出た。

 

 

 





 

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