第5話5
コウはこの世に、コウに良い感情を持って接してくるのは、ジョーンズとその妹しか絶対いないと思い込んでいる。
(だから…この俺に、何の用だよ!)
内心そう思い、もう黙っているのも限界が来てコウは、デュエルスタンバイとばかりにアキ王子の方を向き話しかけた。
しかし、アキ王子もコウに向くと何か言いかけた。
そして2人が同じタイミングで、同じフレーズで話しかけ、声がダブル。
「あの…」
戸惑うコウ。
そして、アキ王子も苦笑いした。
苦笑しても、アキ王子が美しいのは変わりない。
どうであれ、そこはコウも認めざるを得なかった。
「お、王子からどうぞ…」
コウはそう言い、気まずく前を向いた。
いくら出来損ないのクソバカ息子と悪名高いコウでも、最低限の礼儀位出来る。
しかし、王子の目所か顔さえ見ない無礼はしっかり働いている。
「ああ…じゃあ。やっぱり、私の顔、前から知ってたんだ?…コウと私は、以前何処かで会った事あった?」
アキ王子は、コウの横顔を見詰めて声が優しい。
しかしコウには、優しいのが何故が分からないし、これには何か罠があるかもと思い込み返事の口調がかなり素っ気無い。
「いえ…今日初めてアキ様のお顔を知りましたし、お目にかかるのも今日が初めてです…」
コウは、自分が病気でアルファとしては機能しないので、誰よりも勉強して立派な公爵子息になろうとした一時期も子供の頃あった。
しかし、父がコウを連れて城へ上がる事や公務先に連れて行く事を恥だと嫌がっている事に子供ながらに気付いてしまった…
それから一切、城にも上がらなければ、公務の付き添いや手助けもしなくなり、野山で遊び回るだけになった。
それにコウがいなくても、父には立派なアルファの、2人のコウの兄もいた。
コウが長年、近くの城にずっといたアキ王子と面識が無くても当然だった。
ただコウは、国王にアキ王子と言うオメガの息子がいて、飛び抜けて眉目秀麗で、国王が自分の、どの子供より一番かわいがっていると言う噂は以前から知っていた。
「そうだよね。私がコウに以前会っていて、コウを忘れるなんてあり得ないだろうからね…」
「…」
コウは前を向いたまま、「忘れるなんてあり得ない…」という王子の言葉が、良い意味なのか悪い意味でなのか計り切れなくて返事に惑う。
コウの成分の多くは、ひねくれと疑心暗鬼で出来上がっているのだ。
それに、コウの気のせいか、いつの間にかさっきより、アキ王子の体がコウにくっついている気がする。
それに、ひたすら前を向いていても感じるアキ王子の美貌の圧が近くて…
コウの額や体から、イヤな脂汗が滲んできた。
そして又、右親指の爪を噛みそうになり、貧乏揺すりがしたくてたまらなくなる。
(だから…だから…俺に何の用だよ!)
コウはもう発狂しそうで、思わずそう叫びそうになるのをひたすら抑えていると…
コウの内心と違い、穏やかな雰囲気の王子が苦笑いして呟いた。
「コウがさっき馬で逃げたから、てっきり私はコウに嫌われてると思ったよ…」
(はぁ…やっぱ、さっき逃げた事が気に入らなかったか…まぁ、当たり前か。王子なんだから…)
コウはそう思い、最初は適当に誤魔化そうとした。
大抵普段はそうやる。
しかし何故か今回は、素直に理由を告げてしまった。
コウ自身不思議だったが、コウの口が勝手にそう動いた感覚だった。
「あっ…あれは、人は大抵私を見たら賊だと思ったり、大抵何か私がやらかして人の気持ちを害してるので…てっきりアキ様も私に対して御気分を害されたかと思いまして…」
コウは、ナメられないよう髪型も公爵子息と思えないやんちゃ系の短髪で、その上いつも安物のラフな平民の様な格好を好んでしていたので本当によく誤解される。
だが今更、これ以上自分をどう変えればいいのか分からないし、考え過ぎたせいで疲れていた。
コウは、これ以上話しを長引かせるのも面倒くさくて、テキトーにアキ王子に頭を下げて許しをサッサと請おうとした。
しかし…
「私が、コウを見て賊だと思ったり、気分を害するなんてあり得ないよ…」
王子が、コウの横顔を見詰めて囁く様に言った。
「えっ?!」
コウは、聞き間違いかと思った。
ジョーンズかその妹か、たまに執事長しか、コウに対して肯定的な事は言わないから。
コウは、まだ王子の顔すら見ず、自分の耳の性能をも疑っていると、王子がコウを見たまま微笑んだ。
「じゃあ…コウは、私を嫌ってないんだね?」
「はぁ?あっ……えっと…はい…」
コウは、前を向いたままボソボソっと言った。
ただしコウが、あくまで一国民である立場からそうだと言う話しだが。
噂通り完璧な自国の王子様を嫌う理由など無い。
(やりー!やっと、これで終わりだな!)
コウは、もっと叱責されると思ったのに、以外とアッサリ話しがカタが付いたと思い、やっと王子から開放される…と、一瞬ホッとし喜ぶが…
それからしばらく、コウがいくら王子が立ち去るのを待っても、王子は腰を上げなかった。
コウとアキ王子は夜空の下、又前を向いて沈黙した。
又、なんとも言えない、2人の静寂が訪れた。
(なっ…何だよ?!まだ何かあんのかよ?)
コウは、王子の事が読めなくて、頭が錯乱しそうだ。
溢れ出す額の汗が、コウの右こめかみから首に一筋流れた。
やはり絶対、夜中に邂逅するのは、モンスターの方が気が楽だとコウは又思う。
だがやがて、アキ王子が、又コウの横顔に喋り始めた。
「コウ…コウはここで何してたの?」
コウはまさか、星を見ながら母を思い出していたなんて死んでも言いたくなかった。
「あっ、別に…ただ横になってボーっとしてただけです…」
「そう…」
アキ王子は、優し気に笑うと、急にコウから夜空に瞳を向けた。
「見てコウ…あのピカピカと一番光る綺麗な星!」
そして、アキ王子が夜空を見上げ、声を弾ませ一つの星を指さした。
それは、コウが亡き母と見上げて、母があれはコウだと言った懐かしい星だった。
コウは、デジャヴュに不思議そうにしながらそれを見上げた。
しかし、アキ王子はそんなコウの横で煌めく星を見詰めて、又優美な微笑みを浮かべ言った。
「今日、川辺で馬車の窓からコウを初めて見た時、私にはコウがあの星のように輝いて見えたんだ」
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