第6話 一気に色々説明しないでくれー!
俺の目の前には、イケメンのシャインくんと、上下黒ずくめの少女フリータが立っている。
二人は今、野球のバッテリーのように打ち合わせをしている。
効率よく俺に組織と仕事について紹介するために。
人に何かをこんな形で教わるのは、何年ぶりだろうか。
あの頃は……楽しかったかな?
なんか、今と大して変わらない気がする。
あまり記憶がないからなぁ……。
そりゃあ、もう数十年前のことだ。
覚えているわけがない。
それとも、俺の覚えが悪いだけ?
そう思っているうちに二人の打ち合わせは終わったらしく、こちらを振り向いた。
「では、始めさせていただきます。
今回は資料がないので、口頭で説明させていただきます」
いつもは資料があるのか。
「また後日。その資料をお渡しします」
アフターサービスまでばっちりだな。
「では早速……。まず、私達の組織の名前からです」
おお! どんな名前だろうか!
秘密組織の名前ともなると、期待が高まってしまう。
「非公的精鋭密使策略組織」
「
フリータがそう付け加える。
組織だけ日本語なのか。
「通称、『
「…………」
言葉が出なかった。
何を言ったらいいかわからないが、ここは何を言うべきでもないだろう。
ここはぐっとツッコミを我慢して、話を先に進めてもらおう。
「我々NEETが請け負っている仕事は、主に密輸です」
「バイトが成し遂げたことよ!」
「他には
今回はバイトさんに関係のある密輸業についてお話します」
なんだがこうして聞くと、とんでもない組織に入ってしまった――強引に入れられてしまった――気がしてくる。
「密輸には基本的に四種類の人間が関わっています。
細かく言えばもっといますが、今回は省きます」
思ったより多いのか、少ないのか。四種類かあ。
「この四種類の人間をまとめて、『密輸人』と私達は呼んでいます。
そして、密輸人の中で運搬を請け負っている人間を――」
シャインとフリータの動きがシンクロする。
左手を腰へ、右手を右目の前へ、手のひらはこっちに向いている。
そして腰を右へ突き出し、一昔前の女子高生が写真を取る時のような、そんなポーズをして
「密ッ☆運搬人!」
声をそろえて言った。
一言一句、ずれることなく。
一挙手一投足、まったく同じように。
「と、呼んでいます」
「
シャインが何事もなかったかのように続ける。
メンタルお化けすぎないか!?
ダメだ。突っ込みを入れてはダメだ。
自分の中にある欲求を必死に抑え込む。
「続いて私の仕事。依頼人への引渡しや交渉などの窓口を担当している」
シャインとフリータの動きがシンクロする。
さっきと同じ動きのため、描写は省略する。
「密ッ☆受付人!」
「と、呼んでいます」
このタイミング以外、ずっと真顔で立っているフリータ、怖くない?
こういうときは目が泳がないのだから不思議だ。
「さらに、運搬人と密輸品を守る」
シャインとフリータの動きがシンクロする。
描写は省略。
「密ッ☆守護人!」
「これには二つの形式がありまして。
一つは同伴型。運搬人と共に行動します。
もう一つは遠隔型。遠くから見守り、いざというときに助けるものです」
動きのせいで頭に入ってきにくいが、なるほどな。
「そして――」
「そして! 私が請け負っている、最後の砦! 最後の切り札! 頼れるエース!」
省略。
「密ッ☆同行人!」
二人して――特にフリータが――決まった、みたいな顔をしたから腹がたちました。
いや、それを通り越して呆れた。
いやいや、それすらも越えて。
残った感情はあきらめだった。
「それぞれに必要な能力がありまして」
それにしても、シャインのこの謎の冷静さは素直に尊敬するなあ。
おでこから下と中身がイケメンなだけはある。
「受付人には、交渉能力といざというときの戦闘能力。
守護人には、もちろん戦闘能力が必要です。
そして運搬人には、逃走能力と臨機応変な対応力、やはり戦闘能力が必要です」
どこをやるにしても戦闘能力が必要ってか。
なんとハードな現場だろうか。
事件は会議室では起きないな。やはり、現場で起きる。
虹色の橋を封鎖されても渡りきるような能力が、運搬人には必要とされるのか……。
「そしてそして! 私の役職、同行人はなんと……!
戦闘能力と特殊能力が必要なの!」
「特殊能力ねえ」
今更ながら、超能力者が実在するなんて驚きだよな。
そんなファンタジーやメルヘンじゃあないのだから。
「では、この流れでNEETの訓練について触れておきましょう」
お! 所々で話題に出ていた訓練についてか。
しかし、組織名がNEETとは……。
働いているのに、働いたら負けっぽい感じだな。
「バイトさんの最初の任務は、本部へ向かってもらうことです。
そこで、正式な加入手続きと適性試験を受けていただきます」
「本部って、どこにあるんですか?」
「それは後ほど……」
頭の整理が出来ていないが、まだ情報が入ってくるのか。
そもそも、いきなり四種類も紹介しないで欲しかった。
人間の脳が一度に覚えられるといわれている限界値じゃなかったか?
とりあえず、忘れてしまっても仕方がないと思っておこう。
新人のうちはミスをするものだ。
「適性試験の内容は、その場のノリと雰囲気で決まりますので、頑張ってくださいとしか言えません」
「飲み会かな?」
シャインのイケメン真面目フェイスでそんなこと言われるとシュールすぎる。
「それを突破しますと訓練が始まります。
訓練内容は、戦闘訓練。交渉訓練。逃走訓練。そして……特殊訓練です」
「特殊訓練……」
この流れで出てくるってことは、超能力に関連しているってことだよな。
テンション上がってきた。
「ただ、その特殊訓練は意味がない可能性のほうが高いのです。
現に、これによって特殊能力を開花させたのは、たったの
「ま、まさか……?」
「そう! 私がそのうちの一人にして初代!
体のサイズを小さく! 体重を軽く! そして体を折りたためるの!」
できることだけ羅列されると、ガラケーの歴史みたいだな。
「同行人は今までなかった部署ですが、彼女の出現により急遽新設されました。
ですので、他に同行人は存在しません」
部署とは。じゃあ実質三種類じゃん。
フリータの後輩に誰かがなるときは訪れるのだろうか。
「もう一人の話は……またいずれ」
そこでシャインは、ポケットからスマホを取り出す。
「バイトさんの携帯を貸してください。これで本部への道を送ります。
もちろん、他の人には見られないようにしてください。
私達を狙う者は、多いですから」
それは暗号とか、特殊な道具とかで送るわけじゃないんだ。
やっぱり秘密保持の意識薄くない?
まあ、それはそれとして。
今はちょっと体を動かせない。
「どうしました?
それもあるが、それじゃない理由のほうが大きい。
「バイトさん……? まさか……!」
「おっさん……」
フリータの目から、全力の哀れみが伝わってくる。
目が同情している。
「この時代に携帯を持っていないのですか!?」
そう、お察しの通り、俺は携帯を持っていなかったのだ。
ガラケーもスマホも。
持ったこともなければ、触ったこともなかったのだった。
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