第24話 結果発表

「ワンチャン……あるよな?」


 アドリブだとは思えない完成度だった……と思う。

 伏線回収はちょっと強引だったけどできたし、客席も大いに沸いてくれた。

 純君の面白くなさそうな顔も、俺達が面白かった証拠だろう。


「……そうね。祈りましょう」


 ステージ上に横一列で並んだ八組のコンビは、投票の結果を待っていた。


「もし優勝したら伝説だよな、俺達」


 過去、アドリブ漫才で優勝したコンビは流石にいないだろう。


「桜井」

「ん?」

「不安なのはわかるけど、ちょっと静かにして」

「……サーセン」


 それだけ言うと、相方は再び目を閉じた。おしゃべりをする気はないようだ。

 俺はせわしなく動き回る運営さん達を一瞥してから、お祈りの態勢に。

 何も考えず、ただ集計の完了を待った。


「お待たせしました! 順位が確定しましたので発表したいと思います!」


 司会が言うと、客席から歓声が上がった。俺達は目を開ける。


「今回も大熱戦で、優勝争いは僅差での決着となりました! おっと。早くしろ、という声が聞こえてきそうなので……早速発表に移りたいと思います!」


 拍手がホールに響き、それが鳴りやむタイミングで司会はマイクを口元に。


「まずは残念第八位!」


 呼ばれるな呼ばれるな呼ばれるな……呼ばれるな!


「獲得票数四十二票! 酢醤油!」


 よし! まずは第一関門クリアだ。

 無言のまま、芹沢さんと視線を合わせて頷き合う。


「続きまして第七位! 獲得票数五十六票! アフロスイッチ!」


 名前を呼ばれてしまった二人はがっくりと肩を落とすが、すぐに一歩前に出ると客席に頭を下げた。

 準決勝三位のアフロスがこの順位とは……ちょっとした波乱だ。


「さぁ! お次は第六位! 個人的にはもっと上位かと思っていましたが……」


 ややタメを作ると、その口が動く。


「獲得票数八十票! えれくとりっく! のお二人ですっ!」




 表彰式が終わると、空き教室に戻ってきた。

 向かい合わせに座った俺達の表情は暗く、会話はない。

 六位入賞。

 アドリブでこの順位なら万々歳のような気もするが……。

 目指していたのは優勝のみ。俺達は……負けたんだ。


「よくやったよ、俺達は」

「そう、ね」

「今までのやり取りが見え隠れしててさ」

「うん」

「あと、あれよかったよ。液体スープのくだり」

「……お店なのにカップ麺?」

「そうそう。カップ麺、じゃなくてちょっと高いカップ麺って細かい表現がいい感じだと今でも思う」

「うん」

「……」


 まるでお通夜だ。会話が続かない。


「確かに善戦はしたと思うけど……負けは負けだもの。海外だろうとどこでも行ってやるわよ」


 決して短くない沈黙を破った芹沢さんは、


「向こう、日本よりいい所かもしれないし」

「まぁ、そうだな」

「漫才よりも、もっと夢中になれる事に出会えるかも」

「……おう」

「……お父さんの言う事もわかるしね」

「というと?」

「あたしには漫才の才能なんてないって……気付いてたし」

「そんな事はないでしょ」


 詳しい事はわからないが、少なくとも俺は芹沢さんを面白いって思うし。

 途端、白い歯を覗かせた相方は。


「これを機に、スパッと引退! お疲れ様でした!」


 何て言えばいいんだよ、俺は。


「別に」

「うん?」

「……別に、漫才とか。本当はそこまで本気じゃなかったし」

「……」

「ただ、他にする事がなかったからやってただけだし」

「……」

「やっぱ、あたしのルックスを生かした事を始めようかな」

「モデル、とか?」

「そこまで身長ないし、そうね……アイドルとか顔出し配信者とかいいかもね」


 それはそれでいい、とは思う。

 むしろ、その方が人気者になれるのでは、とすら感じる。

 ……だけど。


「「……」」


 再びの沈黙。

 芹沢さんは、静かに俺の名前を呼んだ。


「……桜井」

「ん」

「あたし……あたし、ね?」


 もう、これ以上感情を抑える事ができなかったのだ。

 少女の瞳はどんどん充血していき、やがてポロポロと涙が溢れ出す。


「あたし……やめたくないよっ」


 本音が零れた。絞り出すように、芹沢さんは続ける。


「……なんでっ、やめないといけないのっ? ねぇっ?」

「……」

「どうして、好きな事をさせてもらえないの?」

「……芹沢さん……」


 俺には、少女の名前を呼ぶ事しかできなかった。


「あたしっ、漫才がしたい! まだ漫才がしたいよっ!」


 言い切ると、芹沢さんは顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。

 俺の頬を、一筋の光が伝う。

 思う事は、ただひとつ。

 芹沢さんの力になってあげたい。

 芹沢さんに漫才を続けさせてあげたい。


「芹沢さん」

「な、なによぅ」

「……スマホ、貸して」

「な、なにする、のよ」

「いいから」


 顔をぐしゃぐしゃにした少女からスマホを受け取る。


「電話帳だけ見せてもらうからな」

「……?」

「ちょっとここで待ってて」


 立ち上がると、袖で涙を拭って廊下に出る。

 後ろ手でドアを閉めながら電話帳を開き、迷わず通話を開始した。

 ほんの数コールで、


「どうしました、笑顔?」

「すいません。芹沢さんのスマホを借りています」

「……どちら様でしょうか?」

「……相方、と言えば分かりますか?」

「……一体、何でしょうか?」


 電話の相手、芹沢さんのお父さんは、正直話しにくいタイプの大人だ。

 だけど、不思議と言葉が飛び出してくる。


「お話したい事があります。今、どちらでしょうか?」






●読んでくれてありがとう!

 文字数と区切り的に想定よりも数話ほど長く続きそうです。

 

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