第22話 でかいのは乳だけか!
最初は偶然だと思った。
ただ、ネタが被っただけだ、と。
でも、ナジミーズの「牛丼屋」は、えれくとりっく! の「牛丼屋」と瓜二つで。
……こんな「偶然」はあり得ないと断言できた。
「パク、られた?」
「……そうとしか、考えられないわね」
「何のために?」
自分で言って気付く。
純君の態度が答えなんじゃないのか?
「俺達を潰すために……同じネタを?」
このまま「牛丼屋」を披露しても、お客さんは混乱して笑ってなどくれないだろう。
もし運営に訴えたとしても、どちらがオリジナルかなんて判断はできない。
最悪二組とも棄権か……失格?
「とにかく。牛丼屋をやるって選択肢は、あたし達にはないわね」
「どうすんだよ」
「今、考えてる」
「そうだ! コンビニか将来の夢をやろう!」
ネタの完成度はかなり劣るけど……我ながらナイスアイディアだ。
「無理よ」
「どうして?」
「……ネタの重複は禁止されてるもの」
「まじかよ」
俺達には、ネタは三本しかない。
その内二本はすでに使ってしまっていて、最後の一本も……。
「ストリート漫才でネタを見られたんでしょうね。迂闊だったわ」
「そんな事言ってる場合かよ! このままじゃ……」
待機している他のコンビからの視線なんて、気にしている状況じゃない。
「……漫才、やめる事になるんだぞ!」
「……わかってる」
「まだ、何か方法があるハズだ」
「……考えましょう」
そうして、俺達はこの状況を打破する方法を考えたが、お互い何も口にしない。
……時計の針は止まる事なく着実に進んで。
視線をステージに移すと、純君と莉子ちゃんが千人の賞賛を受けていた。
俺達が受けるはずだったそれだ。
十六年の人生の中で、一番腹が立った。
殺したい、とは言わないけど、一発は本気で殴ってやらないと気が済まなそうだ。
「「……」」
七組目の名前が呼ばれ、ネタが始まっても、俺達は活路を見出せない。
そして、無情にも時は流れていき。
「「ありがとうございましたぁ!」」
ついに、俺達の順番が回ってきた。
「さぁ! いよいよ! 最後のコンビとなりましたぁ!」
司会が高らかにそう言うと、芹沢さんは大きく息を吐き出して。
「……棄権しましょう」
「諦めるのかよ?」
「そうなるわね」
あまりに軽く、興味無さそうに言うもんだから……俺はムカついた。
「そんな簡単に諦められるような夢なのかよ」
「……」
「どうなんだよ」
俺が詰めると、芹沢さんは眉を吊り上げ、苛立ちを露に口調を強める。
「じゃあ、どうすればいいのか教えてよ! この状況で何ができるって言うのよ!」
確実な手段ではない。
ただ、このまま戦わずして負けるのは気に食わない。
俺はついさっき浮かんだ「馬鹿げた」アイディアを実行に移す覚悟を決めた。
「当たって砕けてやろうぜ」
「……どういう?」
「もう出せるネタがないならさ、作ればいいだけじゃん」
「?」
いつ、どこで?
そんなん、簡単だろ?
「これから、ステージで……アドリブ漫才をする」
「……しょ、正気?」
芹沢さんが困惑するのも当然だ。
アドリブで四分漫才なんて正気の沙汰じゃない。だけど。
「他に選択肢、ある?」
「……ない、けど」
「選んでくれ。このまま何もしないのか、それとも精一杯足掻くのか」
ニワトリのネタの時のように即興で、かつ奇跡的に面白いネタができれば勝機は……あるハズだ。
「無茶よ」
「難易度がバカ程高いってのはわかってる」
「……スベって恥をかくだけだわ」
「何もしないよりよくね? ワンチャンはあるでしょ」
「絶対、途中で詰まるわよ」
「そしたら、また俺にビンタしてくれ。何とか面白くしてみせるから」
そろそろ、俺達の名前が呼ばれる頃だ。
「な? やってみようぜ?」
「……無理よ。絶対に無理」
芹沢さんは否定的な言葉しか口にしない。
陰キャの俺がここまで頑張ってんのに、それはないだろうが。
「さぁ、ラストはえれくとりっく! 盛り上がっていきましょうっ!」
司会が俺達の名前を呼ぶと、大きな拍手が巻き起こる。
もう、一刻の猶予もない。
「ごめん、やっぱり無理よ」
「……却下」
——俺は相方の手を取った。
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと桜井っ!?」
その場に踏ん張り、動こうとしない芹沢さん。
「だーっ! もういい加減にしろ! このチキン野郎!」
「だ、誰がチキン……や、野郎って何よ! あたし女なんだけどっ!」
「細かい事はどうでもいい! とにかく行くぞ!」
「無理っ! 行かないっ!」
この期に及んでまだダダをこねるお姫様に、俺のネジはぶっ飛ぶ。
「うるせぇ! でかいのは乳だけか!」
「なっ!?」
「根性見せろ! 上手い事なんて言えないけど……とにかくやるんだよ!」
「お、おっぱいは関係ないでしょーがっ!」
あー、もうっ! どうにでもなれ!
そう叫んだ芹沢さんと二人、ステージ中央のスタンドマイクに向かって駆け出した。
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